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あまい恋でいたい


触れてほしかった。愛してほしいなんて我儘は言わないから、私に触れていてほしいかった。

「太宰さんは憎い人です」
「おやレイ、数刻前まで僕のことを好いていると言っていた筈なのに憎いだなんて。一体どういう心境の変化なんだい?」
「そういうところですよ、太宰さん」

言いたいことを分かっているのにまるで純粋になにも知らないという顔をする彼に、飲みかけの珈琲を吹っかけてやりたいなんて野蛮な想像をする。いけない、いけない。うずまきの美味しくて温かい珈琲を粗末にするなんて有り得ない。

「私に触れてくれないんですもん」

じわりと目に溜まってそれに気づいてぐっと唇を噛んで我慢する。少しだけ血の味がして、それは酷く酸っぱく苦い味がした。嗚呼甘さが欲しいかもなんてお砂糖を掬ってカップに入れ混ぜる。

「君の異能力が僕を否定しているから、仕方がないよ」
「こんなに好きなのに」
「愛は感じているよ。そりゃあもうお腹一杯って具合にね」

向いに座る太宰さんが両手を大きく広げて"一杯"を表現するけれど、お腹一杯だと言っていたから、そこはお腹を摩る仕草が適当ではないだろうか なんて指摘は野暮だ。

「異能力はまだまだ開拓の途中だ。中途半端な君のそれと僕が触れ合った時…」
「私が消える、ですか」
「愛情とは時に人を呪い殺す。一緒に死ねるのなら歓迎したけれど、君ひとりが死んでしまうなら止めておこう」

学生の頃、私のことを好きだと言った男の子が居た。気持ちを受け入れた私にその子が触れた時、私は頭の片隅で「違う」と思った。その瞬間、あっという間に── その子は、消えた。文字通り消えた。そしてその時からあの男の子は最初から存在しなかったように居ないものになった。学級名簿からも靴箱からも何もかも、消えていた。

「存在を受け入れ そして拒む。其の異能力はポートマフィアとしては貴重だけれど」
「今の私は探偵事務所の人間ですから、要らない力です」
「そうだね」
「彼処では汚い仕事を沢山しました」
「うん知っているよ。良く頑張ったね」
「……、はい」

あの子に触れられた時、確かに分かったことがある。私は私への好意自体を受け入れることで其の根本を断つ事が出来る、と。そしていつの日か私が心から誰かを愛してしまった時、それは屹度 私の存在を無にしてくれるのだと。

「だから触れて欲しいんです」

沢山の人を殺めました。殺めると表現して良いのか、私にはもう分かりません。だって彼等は皆、存在さえ消えてしまっているのだから。

だから私も、

私もそろそろ、


「── … 駄目だよ」
「!」

僕は君を好いているから。だから今日を最後にはしないよ。

人間失格。その異能力と太宰さんの私に対するほんの僅かな好奇さえあれば、其処に私の気持ちを添えたのなら、彼の其れと反発する私の異能力は私を殺す。否、私を消してくれる。

「もう少し生きようか、レイ」

そう言った太宰さんの瞳があまりにも優しくて、愛おしくて、むず痒くなった気持ちを誤魔化すように少しだけ冷めた珈琲に口をつけた。

嗚呼、愛されているのだと 知ったから。

「なら私以外の女性と心中なんてしないでくださいね」
「仰せのままに」

…… お砂糖、入れ過ぎちゃったな。







(反省)
文スト独特の感じが出せなくて頭を抱えました