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ロマンチズムグッバイ


シリウス・ブラックと私は所謂、許婚という関係である。純血主義の家に生まれ、穢れた血を嫌い蔑むことが正義だと偏った知識を学び育った私のなかで、娯楽といえばマグルが描いた絵本を読むことだった。放浪癖のある叔父がこっそりくれたそれは、線のひとつひとつがまるで生きているように温かく、鮮やかな色彩がお気に入りだった。何時間も何日も何年も幾らじっとみつめても動かず形を変えず、美しいまま生きる挿絵に、私は惚れ込んだのだ。

「さあ、レイ。挨拶なさい」

父親に連れられて訪れたブラック家の大きなリビングで彼に会った。美しい容姿は流石ブラック家の長男というところだろう。夜のような真っ黒な髪、雲に隠れた月明かりを彷彿とさせる灰色の瞳。

綺麗

「一目惚れ」そう表現するには、彼の家のリビングは淋しく暗く、あまりにも翳った記憶だ。ただ、そこにある瞳だけは私の脳裏に焼き付いている。まるであの挿絵のように、そこを動かずただじっと、一生美しいままのそれ。

「俺お前のこと好きじゃない」
「それでもどうぞ。これは家同士が勝手に決めたことだもの」
「そういうところが嫌なんだよ!澄ました顔で"将来予定されている結婚は私の意思じゃありません"だ」

綺麗な顔を歪めて「ゲェェッ!」と下品な音を出す彼にやれやれと肩をあげる。どうしようもない素行の悪さだ。

「オリオン様はお怒りだった。それに怯えた両親が私に何と言ったか分かる?」
「それは…」

ある日突然。いや、その兆候は日に日に増していたけれど、シリウス・ブラックは家出した。寮の談話室で交わされた会話を聞く限り、ポッター家にお世話になっているらしい。

「グリフィンドールに組み分けされた時点で嫌われ者だったの。それが許婚まで家を裏切るなんて」
「素直にスリザリンにすりゃ良かったんだ」

シリウス・ブラックがグリフィンドールに組み分けされた!おまけに許婚のレイまで!組み分けの儀式がすべて終わり切る前に、城中が大騒ぎだった。あの純血主義の二つの家が!グリフィンドールに組み分けされたぞ!……吠えメールを大量に受け取ったのは察するところだろう。

私とシリウスがソファに座って向き合う談話室。その傍に常にある暖炉の火は日中を通して消えることはない。夜、最後の生徒が寝室に戻るまで暖かい火は灯ったままだ。数年遅れて入学した妹がいるスリザリン寮は、寝室の窓から湖の暗闇を見渡せると聞いた。「月明かりに照らされた小さな泡が、水面に向かって流れていくの。絵本のなかの世界みたいに綺麗で。お姉様好きでしょう?」家を裏切るのかと責め立てる両親の側で、妹だけは私を信じてくれていた。きっと両親の言う通り、最後に私は家を裏切るだろうと気づいていたのに。愛されるというのは、時に寂しくて擽ったくて、神秘的で、理解し難い。

「私ね、ここを卒業したら魔法界からさよならするんだ」
「は?」

予想していなかったのだろうか。シリウスと同じく、私もかなり分かりやすい方だと思っていたけれど。リリーが家から持ってきてくれた絵本の挿絵を思い出す。叔父様がくれた絵本のように、色鮮やかで不思議で、動かず、それでいてずっと眺めていられるほどに生き生きと美しい。小さい頃、よくこの絵本を読んでもらいながら眠りについたと話す友人は、さながら絵本のなかの住人のように綺麗だった。ジェームズが惚れ込むのも理解できる。

「マグルと生きるの。小さな本屋さんのある町でマグルのように過ごす。そりゃあ魔法は便利だから偶に使うかもしれないれけど」
「………お前、ほんっと絵本が好きだな」

魔法界から離れる。由緒正しい魔法使いの家系で、ブラック家の長男の許婚。そんな私の発言に、目をまん丸にしていた彼は、次第に可笑しそうにくすくす笑い始めた。細められた灰色が私を真正面から捉える。綺麗、いつだって美しいそれは、家出をしてから何かに解放されたかのようにより一層輝きを増していた。どんな魔法を使っても一生掴まえることは出来ないだろう、それに私をずっと映してほしい。一生変わらぬまま、何時間も何日も何年もずっと。

「私も選んでほしかったなあ」

小さく呟く。彼は私という純血主義の魔女ではなく、マグルやマグルと共存する仲間を選んだ。私も、選ばれたかったななあ なんて。

「……お前の好きな本のタイトル」
「え?」
「お前が片時も離さず抱き締めてた絵本だよ」
「ああ、」

キラキラと輝く挿絵に描かれた小さな女の子は、サイズの合わないボーダーハットに顔が隠れてしまいそうだと嘆いていた。片手には棒切れ、もう片方にはママのローブ。雨の晴れ間を狙って棒切れを空に突き上げれば、タイミングよく現れた虹に「魔法が使えたよ!」とぴょんぴょんとその場で跳ねて喜ぶ姿が、ページを捲るのが勿体ないほど綺麗に描かれていた。『魔法使いになりたかった子』海外の絵本は、きっと単純な訳で決められたんだろうタイトル。それをシリウスに告げる。

「お前は根っからの純血主義だ」
「そうだね」
「だからお前が嫌いだ、俺は」

魔法を使えた女の子は、景色の綺麗な丘に立つ城で、王子様に魔法を掛けた。恋をしたのだ。理想的な王子様に、なんでも手に入る 誰もが憧れるそんな魔法が使える子。リリーが教えてくれた。マグルの女の子は、大体が一度は魔法が使える自分を空想していたのだと。可愛いねってリリーの柔らかい髪を撫でたことを思い出す。私はそんな、女の子の憧れが詰まった魔法が使える、選ばれた女の子のひとりだ。だから私はね、シリウス。

「私は好きだよ、私のこと」
「だろうな」

魔法は完璧だ。たくさんの工夫をしなければ快適に過ごせないマグルの生活は窮屈で、魔法は望んだそれを一瞬で叶えてくれる。そしてマグルは存在するかも分からない魔法というものに魅了され、追い求め、こうして絵本に願いを込めた。大好きだよ、マグル。魔法を望むあなた達がなによりも愛おしい。
魔法を奇跡だと喜ぶマグルの血が、もし完全にこちらに混じってしまったら?そうなってしまえば彼等はこんなに綺麗なものを作り上げる意味を失うかもしれない。だから、マグルはマグルのまま、私達は私達だけの世界で生きたほうが良い。

「傲慢だな」
「それでいい。魔法を知らないからこそ綺麗だもの」
「分からないね」
「分からなくていいよ、シリウス」

私の返答に陰った灰色。いつまでも綺麗。攫ってくれる準備はしているのに、私がこの世界に拘るばっかりにいつまでも"親同士が勝手に決めた許婚"のまま。それでいいよ。

「私が家を離れた後、いつかどこかで会えるといいね」
「本屋だろ。絵本棚の前」
「楽しみにしてるね」

私が魔法を知らず、魔法に憧れるただの女の子だったなら。きっと私とシリウスは恋をしていただろう。さよなら、私の愛する綺麗な瞳をした挿絵のように美しく純朴な男の子。一目惚れなんて言葉、不確かな魔法のようでなんと心地良いんだろう。


灰色の不機嫌な瞳が、数秒 私を捉えたあとそっと視線を外した



独自の感性で純血主義を掲げるシリウスの許嫁のお話
(そんな許嫁相手にちょっとばかり、いやかなり厄介な恋だと悩むシリウス)


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