02.(三年後)


街から遠く離れて私たちの集落はある。
迷いやすい森の奥にひっそりと住んでいるのだ。

地下倉庫の、鍵のかかった二つ目の扉。
引き出しの中からこれまた鍵のかかった箱を開け、何重にも巻かれている布を解くと、飴玉ほどの透明な珠が現れた。

「はい。これが触れた魔物から魔力を吸収する珠だよ」
「飲み込んだら?」
「珠は体内に吸収されてから心臓のすぐ傍に付いて、半永久的に魔力を吸い続けるの。一日もすれば完全に魔力を封印してしまう」

魔物は魔力が強いほど老いず、長生きする。
大人になると数百年ほとんど姿が変わらない魔物もかなり多い。
だが魔力を封じてしまえば、せいぜい100年生きられるかどうかだ。

「そうか。相変わらずあの人が作った魔具はでたらめな性能だな」
「お母さんは天才だもの」

その娘であることが誇らしいのはたしかだが、彼がそれを褒めるのは珍しい。
よっぽど機嫌がいいのか、やましいことでもあるのか。
従兄に頼ってもらえたことが嬉しくて浮かれていたけど、一抹の不安が駆けた。
私の魔力を吸って、珠はうっすらと紅色になる。

「でも、一体誰に使うの? その封印は呪術師(あなた)にも魔具屋(わたし)にも解けないのよ」

呪いが解けないなら交渉の材料にはならないし、
これだけでは直接死に至らせることはできないから殺すには遠回りだ。
母だってこれは王杖(ワンド)を参考に道楽で作ったはずだ。

「うるさい。お前は黙って道具を差し出せばいい」

どうしてそこでむきになるのか。
考え過ぎかもしれないけど、一度気になってしまった。

「……母さんの形見の一部だから、安くないよ」
「わかっている。事前報酬としてもらった額をお前に渡す」

かまをかけたつもりだったのに、無愛想に渡された麻の袋はずっしりと重かった。
驚いて中身を見ると、硬貨が金色に輝いていた。"事前報酬"にしてはあまりにも多い。

「ねえナタ、やっぱりこれはとっても危険な依頼なんじゃ……」
「危険じゃない呪いの依頼なんてないだろう。それだけ貰ったんだから黙れ」
「でも……特別に嫌な感じがする。こんなにいらない」
「一人で生きていけないくせに、仕事を選ぶのか!」

大きな声にビクッと萎縮する。
私は一族の落ち零れだ。呪術を扱う一族に生まれながら、誰かが苦しむ姿を見ることに耐えられない。
一度だけ呪いが成功したときの体験がトラウマになって、二度と人を呪えなくなった。

ナタは一族で唯一私にかまってくれる、たまに会いにきては仕事をくれる。
彼がいなければ私はとっくにのたれ死んでいただろう。
小さい頃から知り合いの、大切な従兄で幼なじみだ。

「ごめんなさい。な、ナタが心配なの。心配させて」
「直接人を呪う覚悟もない出来損ないが僕に指図するな。野垂れ死にたいのか」


ナタ曰く、私の性質は母が精神教育に力を入れなかったせいらしい。
母は人を呪うことに興味がなかった。その道具を作る研究にばかり才能を発揮した。
私は母の遺した知識や道具を活用した魔具師としてどうにか食いつないでいる。
――その道具で人が苦しむかもしれなくても、一族から出て行くこともできないし、他に食べていく方法がない。出来損ないで、半端者で、はぐれ者。そう言われて当然だ。
ナタや一族のみんなは一人でも誰かを呪うことができるから、私の道具はわざわざ使ってやっているという感じだ。
肩身が狭くても、天才だった母の研究を繙いて発展させることは好きだし生きがいを感じる。

態度こそ厳しいが、ナタは殺す呪具とかはめったに注文しない。しても材料とか。
たまにそういうものを頼まれると私が顔面蒼白になるから、めんどくさいみたいだ。
母が作った特別な道具は私しか把握していないが、一族に伝わる術はナタがすべて自分でどうにかできる。彼は一族のエリートだ。

「……事前報酬を貰ったからには後戻りできない。完遂しなければ一族の名誉を損なう。依頼について深入りすればお前も共犯になるだろう。お前の取り分がそれで足りないわけないから、これで帰る」
「待って、」
「――"バテンド"!」
「うぐっ」

ナタの縛りの術で口も閉ざされ身動きができなくなった。
私が使える魔法はとても弱い術だから、抵抗できない。

「しつこいな。しばらくここにいろ」

嫌。駄目。お願い。不安なの。いやな予感がするの!
なぜ事前報酬を全部私にくれるの? しばらく生活に困らないように?
叫びも懇願も無情に、ナタは倉庫の扉を閉ざした。



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