01.(原作後)


林の中を満月が照らしていた。
黒い外套の裾を握りしめながら、友達を待つ。
くるんとした桃色の髪の女の子の笑顔が見えて、私を呼んだ。

「ティアちゃん!」
「コルルちゃん……よかった、また来てくれた」

ほっと溜め息をついて、顔と髪を隠していた頭巾を取る。

「変なの、満月の日にはいつもここで会うって約束じゃない」
「だって"王を決める戦い"があったあとだから、変わってしまってないか心配だったの。
無事で戻ってきてくれてほんとうによかった! おかえりなさい」

コルルちゃんはこの魔界の王様候補の100人の子供の内に選ばれて、人間界に行っていたのだ。
"王を決める戦い"は、王様になりたいわけじゃなくても棄権できない。
選ばれるだけで名誉だし王様になれるかもしれないけどとても危険だから、
やさしいコルルちゃんには辛くて大変な場所だったかもしれない。
コルルちゃんは複雑そうに笑った。

「ただいま」

世間の事情に疎い私は、好奇心に誘われて聞いた。

「新しい王様が決まったんだよね、コルルちゃんは会ったことある?」
「うん。王様になったガッシュは友達なの。やさしい王様になってくれるよ」
「コルルちゃんの……。じゃあ私好きだわ」
「なにそれ!」
「だって私コルルちゃんが大好きだもん」

私の一族は呪術やその道具の研究をしている。
外見的特徴がわかりやすく、恨みを買うことが常だから、人目を忍ばなければいけないくて、学校にも通っていない。
コルルちゃんが私と知り合いだって誰かに知られてほしくないから、こんな林の中で会っている。
私の家はとても遠くて迷いやすい場所にあるし、一族の掟で招くことができない。
仕事や研究をしなきゃいけないっていうのもあって頻繁には来られないから、満月の約束は私の支えだ。

「あの、聞いていいかな……。人間界ってどんなところだった? 王を決める戦いではどんなことがあったの?」
「……人間界では、本に書いてある呪文をパートナーの人間に読んでもらわないと術が発動しないの。人間は魔法を使えなくて、魔力で動く道具もないけど、代わりに電気で動く道具がたくさんあった。前にティアちゃんにもらった"魔力を込めると光る灯り"に似てるけど、灯りは電気で光ってるんだって」

ふむふむ。魔力がない代わりに雷とかのエネルギーを溜めて利用しているのね。
映像を出す"テレビ"、引かなくても動く乗り物"車"などもあったそうだ。
職業柄 魔力で動く似たようなものが作れないかと想像が膨らんでとても楽しい。

「家族も知り合いもいなくて最初はとっても寂しかったけど、私、ねーちゃんができたんだ。
しおりちゃんって言って、とってもやさしいの。
しおりねーちゃんのおかげで、人間界はあったかいところだったよ」

コルルちゃんがやさしいって言うんだから本当に良い人だったんだろう。
その"しおりちゃん"のことを思い出しているコルルちゃんは幸せそうなのに寂しそうだった。

「"しおりちゃん"に会いたい?」
「うん。王を決める戦いなんかなければ、ほんとはずっと一緒にいたかった。家族だから……」

それがいつも私に『嬉しい』をくれる、コルルちゃんの願い。
コルルちゃんは研究やパンよりも嬉しい気持ちを私に教えてくれた大切な友達だ。
内緒のことも、なんでも喋ってしまえるくらい信頼している。
私みたいなぐずにはなにも返せないと思っていたけど、喜ばせることができるかもしれない。
会いたい人に会わせるっていうプレゼントができるかもしれない。

「あのね、10年待ってて」
「10年?」
「人間界に行ける"転送装置"があるの。作るのには時間がかかるし作動させるのも問題が多いけど、10年でどうにかする。仕組み的に、私たちだけじゃ無理かもしれないけど、"王を決める戦い"に参加した100人の中に、もしもコルルちゃんと同じように誰かに会いたい魔物がいるなら、そういう魔物に協力してもらおう」
「転送装置……それは『ファウード』っていうのの中にあったっていう装置のこと?」

ファウードにあった転送装置は"王を決める戦い"のときに使われたから、コルルちゃんは見たことがあるか、誰かに話を聞いたことがあったのだろう。

「うん。あれは私のお母さんが数百年かけて作ったものなの。資料はあるし仕組みも教わってるから、頑張れば同じ物を作れるよ」

母はせっかく作ったものを動かす機会がほしかっただけだと思うが、ファウードを管理する一族は母の申し出を了承すると共に"王を決める戦い"のときに利用することを思いついた。
"王を決める戦い"の間は人間界と魔界の境を越えやすくなっているから動かせたということもある。

一番の問題はエネルギーと耐久性だ。
ファウードが行き来したときよりも、王を決める戦いが終わって魔界と人間界の交わりがなくなった今発動させるのは難しそうだ。私程度の魔力なら全力を注いでも1000倍では足りない。まぁ私が弱いってこともあるんだけど。
それに魔界と人間界を無理やり移動するときは大きな負荷が掛かる。そうとう丈夫な魔物でも生身では厳しいだろうから、コルルちゃんを移動させたかったら並外れて強固な乗り物を用意しなければいけない。

「私頑張るから、ね、待ってて」
「あえる……。しおりねーちゃんに、また会える……」

コルルちゃんはただ呆然としていた。
けれどその表情にだんだん喜びの色が差したから、私はとっても嬉しかった。
しかし、コルルちゃんはあるとき はっと顔色を変えて言った。

「……だめ」

震えてる?

「だって……私たちだけじゃ動かせないんでしょ? 他の魔物も人間界に行くんでしょ?
良い魔物ばっかりだったらいいけど、正しい使い方しかされないとは限らないじゃない。その装置が悪用されたら危ないよ。しおりねーちゃんをまた魔界の争いに巻き込むのは絶対いや」

コルルちゃんは泣きながら歯をくいしばっていた。

「でも、ちゃんと信用できる人を選べば……」
「逃げられない戦いだってあるよ。戦いから逃げられなくて、私、しおりねーちゃんを傷つけたの。怪我させたの。もう誰も傷つけたくなくて、しおりねーちゃんと別れたのよ」

コルルちゃんの目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。

「しおりねーちゃんが行かないでって言ったけど、寂しがってるかもしれなくて心配だけど、もう会わない。もともと会えないって思ってたんだから……!お願い、その装置を作らないで。誰にも言わないで」

その切羽詰まった言い方に、"王を決める戦い"がどんなに厳しいものだったかの片鱗を見た気分だった。喜ばせようと思ったのにとても悲しませてしまうなんて、なんて私は駄目なんだろうと落ち込む。

「苦しめるようなこと言ってごめんね。でも……どうせすぐにできるものじゃないから、私はもしものために準備しとくよ。コルルちゃんが良いって言うまで完成できないようにするから。いつか気が変わったら教えて」
「――うん。ありがとうティアちゃん」


それから三年後。



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