03.(二日後)


朝に目覚めたら、拘束が取れていた。
床に縛りつけられた状態でいつのまにか眠ってしまうくらい、罰には馴れていた。
私がぐずだからイライラさせてしまうことは多い。

空腹は辛くならなかったが心は痛い。
もう封印が完了してしまったのなら被害者がわかったところで私にはどうすることもできないから、ナタが受けた依頼については忘れなければいけない。
一族の在り方として正しいナタを責める資格もないから、罪悪感を抱えながら日常に戻るしかない。
ナタが無事でいてくれることだけを信じて願う。

ちょうど明日は満月で、友達に会う楽しみもある。
街にパンを買いに行こう。
無駄な抵抗だとはわかるけど、ナタに貰ったお金はしばらく手をつけないでおけるかな……。

約束の林に現れたコルルちゃんの表情は私以上に暗く、緊張が浮かんでいた。

「何かあったの?」
「……ティアちゃんは呪いにも詳しいんだよね?」
「うん、それが本業だから。資料も多いし……」

コルルちゃんが私の一族の仕事について話題にするのは珍しかった。
嫌われやすい仕事でも、関係ないって態度で接してくれる。
私が勝手に薬草や日常的に使える魔具をあげたことがあるくらいだ。

「誰か呪うの?」
「違うよ……。友達の様子が変なの。術が使えなくなる呪いなんてある?」

咄嗟にナタの持っていた珠が思い浮かんだけれど、そんなはずないと考えを打ち消す。あれは一つしかないのだ。
前金の額を考えれば、きっと貴族同士の争いか何かだと予測できる。
一時的・永続的に術を使えなくする呪いは他にもある。

「いくつか知ってるよ。からだのどこかに変わったことがないかな。熱が出たり、苦しかったり、衰弱していたり、からだが重かったり、痣ができたり、目の色が変わったり……」
「無いの。いつもどおり元気なのに術だけが出ないの」

呪いは相手を苦しませるものだ。
苦しみが何もないなら、それは呪いというよりは封印だろう。
封印なら、痣かなにか浮かび上がるものが多い。少なからず儀式もしたはずだ。

「変化が起きる直前に、何か変わったことをしなかった?」
「初めて会って仲良くなった人がいて、飴をもらったんだって。舐めてる途中に大きな音がして飲み込んじゃったって言ってた」

飴……に見える魔具を知っている。
ナタなら、近づいて仲良くなって、砂糖を塗っておいた珠を飴と偽って、わざわざ驚かせて丸呑みさせるくらいのことはするだろう。
本当にナタの受けた依頼なら、余計なことをすればナタを裏切ったことになる。
でも、私はコルルちゃんのことも大切だ。

「その呪いにかかったはコルルちゃんの知り合い? 家族か友達? 大切な人?」
「うん、大切な友達なの」
「……その人の心臓のところに手を当ててみて、しばらく経って自分の魔力が減ったような感じがするなら、残念だけどそれは特別な封印なの。もう治らない」
「治らない!?」

いつかわかることだから、知っていることを教えないのはとても罪悪感があって、私にはできなかった。

「それだけじゃない。この封印は"術"だけでなく"魔力"を封じるの。体に魔力がなければ、せいぜい100年生きられるかどうか……」

これがきっかけでコルルちゃんは呪術師を恨むかもしれない と思った。
許してほしいとは言わない。
もともと呪いの一族、恨みを買う一族だから仕方ない。私は加害者なのだ。

「本当に治らないの?」
「その珠は体内に留まって半永久的に全部の魔力を吸収し続けるの」
「じゃあその珠を体から取り除けば治る?」
「珠の在処は心臓すぐ近くなの。心臓と一緒に刳り貫いてしまうわけにはいかないでしょ?」

それはお母さんが決して解けない封印として作ったためだ。
たとえば珠が肩にあるなら、吹っ飛ばして腕を一本失えばそれ以外は助かる。けれど心臓ではだめだ。

「……人間界ならなにか方法があるかな」
「え?」
「前に話したでしょ、魔界とは全然違う技術や道具があるの。人間は魔物よりも体が弱いし魔法もないのにいろんな方法で怪我を治すんだ」

私は人間界に行ったことがないから知識が乏しい。
[もしかしたら]を否定することはできなかった。

「あるかもしれないし、ないかもしれない」
「お願いティアちゃん。前に言ってた転送装置を作って……!」

転送装置。
それはコルルちゃんを会いたい人に会わせるために作ろうとしたもの。
でも作ってはだめだとコルルちゃんが言ったのだ。
10年を見込んでると言ってから3年。いつか気が変わるかもしれないと思って部品を少しずつ作ったり、研究は続けているけど……。
もしも人間界で呪いを解く方法が見つかったら、呪いを解いてしまったら、ナタは失敗したってことになる。私はナタを裏切ることになる。
もしも方法が見つからなかったら、ただ転送装置を完成させて動かしてしまっただけになる。それはコルルちゃんが望まなかったことだ。

「コルルちゃんはそれでいいの?」
「うん。転送装置はよくないものだと思うけど、ガッシュが大切なの。王様が魔法を使えなくて100年しか生きられないなんてとっても困ることだよ」
「王様……!」

依頼の対象は王様だったのか。
王様を呪うなんて……ナタの覚悟した態度が納得できた。
実行してもしなくてもリスクを負っていたのだ。

王様……見たことも会ったこともないけど、やさしい王様。
コルルちゃんの友達だと聞いたときから、魔界をよくしてくれるって信じていた。
そんな人の魔力を封印するということは、魔界全土に関わる問題だ。
依頼とはいえ、そういう咎を負う一族とはいえ、……大変なことだ。

まだ私たちと同じくらいの年のはずだから、寿命にはかかわらない。
けれどあと20年もしたら……魔力がない分の"老い"が始まってしまうはずだ。
そして老い続けたら100年も保たず死んでしまう。

何より、コルルちゃんが悲しむ。

「……わかった。協力してほしいこともあるから、王様にお会いすることってできるかな」
「うん。私も自由に会えるわけじゃないけど、事情を話してみるね」

王様に会ってみて決めよう。嫌な人だったら完成できなかったってことにしよう。
それで、良い人だったら、できる限りのことを乞い願おう。
王様を人間界に連れていくのか、王様以外の人だけで方法を探るのかわからないけど、
転送装置のことを王様に話して協力してもらうことになるだろう。

ナタが喋らなかったから依頼主のことは知らない。
実行者のことを聞かれても絶対に喋らない、それだけは守ろう。一族に属する誇りにかけて。
たとえ殺されかけても、私の命だけで何かを守れるなら安いものだ。

コルルちゃんが"しおりねーちゃん"に会えるなら、私はそれだけでいい。



 main 
- ナノ -