輪廻の女王(B2)


「あっぶねー!」

真珠を庇いつつ咄嗟に避ける山本の動きは中々のもの。
真珠への配慮が感じられぬほど攻撃に容赦ない最愛の弟は相変わらずだ。

「ひさしぶりね、きょうや」
「連絡しろって言わなかった?」
「よくここがわかったわね?」
「目立つ自覚くらいあるでしょ。校内をうろついてる幼児の報告なんてすぐ入る」
「なんでそれをっ、こっちに攻撃しながら言うんですか!?」
「なんとなく」

自分の安全は確保しながら、真珠は成長した弟の勇姿――少年たちの戦闘を満足げに眺めた。
それから、当初の計画を思い出して、大きく息を吸い込んだ。

「やめて、おにいちゃんっ! わたしのためにあらそわないで!」

不意を衝かれて、恭弥は体勢を崩した。
「ヒバリさんがずっこけた!?」という沢田綱吉の上げた声は聞かなかったことにする。
振り向いて、ギロリと睨みつけた瞳がかく語る。

《 誰 だ お 前 は 》

ツッコミどころ満載である。
まず、"お兄ちゃん"じゃないだろう、お兄ちゃんじゃ。
周囲に兄妹と錯覚させることくらい許容したとしても、その呼び方はない。口調が違う。
妖艶で高貴な振る舞いをする姉とのギャップが凄まじい。
人格はとっくに成人しているはずだし、そもそも恭弥の記憶にある"真珠"は、
女王のように気位が高く、可愛いよりも綺麗とか艶やかとか美しいという賞賛が似合う人物だったのだ。

「なんの真似?」
「だって、いってみたかったんだもの」

くすくすと笑ってから、恭弥を見上げ、
今度は、ただの幼児かと錯覚するような無垢な笑顔と高めの声で甘えて抱きついてきた。

「ねぇ、きょうやおにいちゃん!」

だからこれは誰なんだ と、恭弥はもう一度思う。
幼児らしいすべすべの頬、ぷにぷにの手のひら。
ひらひらした黄色いワンピースも、ツインテールの髪型も、真珠の趣味ではありえない。
もともと不可解な事例だからこそ、特徴を隠されると、
これは本当にかつて自分が敬愛した姉なのかと疑いたくなる。

「あら、にあわないかしら」

年齢に関係なく最高級の容姿だから、
たしかに可愛いとは思うのだが、正直、せっかくの姉の面影を損なわないでほしい。

「一体何がしたいの」
「かんたんなことよ」

そっと耳打ちされた言葉は、滑舌が悪いながらも、懸命に意思を伝える。
曰く、
『こうなったらキュートを極めようと思って。ないものねだりはしないわ。
今しかできないことだもの、子供なら子供の魅力を最大限に生かさなきゃね。
現状は変わらないんだから、いっそ開き直っているのよ。
二度目の人生が一度目と同じではつまらないでしょ』

それらを聞き終えて、恭弥は溜め息をついた。
この脱力感には覚えがある。

そういえば、たしかに姉はこんな感じだったかもしれない。
四年間も故人だったせいで、記憶の中の人物像はかなり美化されたものだったと気づく。
サプライズを好みとし、人の反応を楽しむような性格だったのだ。
ずっと封印していた、さんざん手の平の上で弄ばれた記憶が蘇る。
真珠の唇に艶やかな笑みが咲く。

「ねぇ、にあわないかしら」
「はいはい、似合うよ。それで、その遊びはいつ終わるの」
「あら ざんねん。つれないのね」

言葉とは裏腹に、恭弥の反応にご満悦のようだ。
思えば、真珠らしき子供の目撃報告を聞いてから探し回ったことなどもお見通しだろう。
連絡がないので、訪問を待つしかなかった期間の苛立ちさえも。

「いろいろと遅いんだけど」
「そうそう、ようやく ひっこしが かんりょう したのよ。
きょう も これからも、げこうじこくまで ずっと いられるわ」
「あっそ。住所は」
「ないしょ」

恭弥は不満げに鼻を鳴らす。そして照れたのか人目を考えたのか、真珠を一度地面に降ろした。
山本はすでに部活に行き、ツナは恭弥の目を逃れている隙にそそくさと下校していたが、
黄色いおしゃぶりを持つ赤ん坊だけはその場に残り、興味深そうにこちらを見ていた。

これが巡り合わせなら、良い機会かもしれない と真珠は思う。
リボーンに歩み寄り、恭弥に聞こえない程度の声でそっと尋ねる。

「へなちょこ でぃーの は げんき かしら」
「――知り合いなのか?」
「いいえ。きいてみただけ よ」

それは、ただの勿体つけた嘘。
しかしながらリボーンは、雲雀恭弥の妹がディーノの過去の異名を知る理由を想像できなかった。
その幼児は澄ました顔で、どういうことなのかと聞いても答えるつもりはないのだろう。
再び恭弥の元へ戻る小さな背中を見て、リボーンは『ディーノ本人に聞くしかないな』と定めた。

「あのさ、迎えくらいよこすから、ひとりで行動するのやめてくれる」
「あら。きょうやが むかえに きては くれないのかしら」
「別にいいけど。校内には下賎な群れもいるんだから、注意してよね」
「わたしにも ぼうえいしゅだんが ないわけじゃ ないのよ?」
「僕の攻撃も捌けないくせに」
「ほんとうよ。ほら」

真珠がそう言い放ったとき、リボーンからは見えたのは、
雲雀恭弥の顔が驚愕に強張ったことだけだった。
立ち位置が違えば、両の瞳が一瞬赤く煌くのが見えたかもしれない。

死して、罪に堕ちて、地獄道を歩み、そこで得た力の名は『幻術』。
恭弥は突然地面から生えた草木に拘束され、視界が戻ると同時に解放された。

「――ね?」
「その力、不愉快なんだけど」
「ふふっ 今まで幻術使いと戦ったことでもあるのかしら?」

真珠はリボーンに聞こえない程度に声を潜めていたが、残念ながらその赤ん坊は地獄耳だった。
――幻術使い。年齢を考えれば、力量がどうであっても異常だ。
落ち着き払った仕草も含めて、ただの神童ではすまない。
アルコバレーノではないことはリボーンが誰よりもわかっている。

雲雀恭弥の妹ということだが、能力的にも全く違うタイプだ。
そもそも恭弥が認識していない事項まで知っているのだから不可解だ。

「調べてみるか……」


――避けられない対面ならばいっそ自分から飛び込んでしまおう。
手がかりを与えたからといって簡単に辿り着くことはないだろうけれど。
願うのは、より幸福な日々。


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