輪廻の女王(B1)


高い位置をリボンで二つに結わえた髪と、蝶々のような黄色いワンピースの裾が、
歩くたびにひらひらと揺れる。


真珠が再び並盛中を訪れると、正門を通った時点から、やはり視線を浴びた。
幼児が中学校をうろついているのは目立つ。
前回よりも親しみやすい服装のせいか、ざわめきは内容がわかるほど遠慮なく大きい。
他人の視線に臆するようなことはないが、いちいち声をかけられるのも面倒なので、迷わず進む。

今回も、わざと恭弥にアポは取っていない。
応接室にいるかもしれないし、いないかもしれないのだろう。
閉まっていても鍵くらい開けられるし、
教員や生徒に恭弥の名を出せば不自由はなさそうだから、待っているのでもかまわない。
慌てて帰ってきてくれるというのも好ましい。慌てる姿が見たい、というのは意地悪だろうか。
学校を欠席している可能性はほぼゼロと考えていいはずだ。

「おーい、チビがこんなところで何やってんだ?」

見上げると、野球部のユニフォーム。
荷物を抱えているから、これから部活なのだろう。
人好きのする顔立ちの好青年だ。

身長差がありすぎて首が痛くなる――というのは、生まれ直してからいつも思っていることだ。
同年代といるよりも、年上ばかりと話すから、なおさら。
すると、少年――山本武はしゃがんで真珠と視線の高さを合わせる。
合格だ、と思って、真珠はにっこりと微笑む。

「ひばり きょうや に あいに きたのよ」
「……ヒバリの妹か?」
「ええ、そんなところ」

その名前にどんな反応を示すのだろう。
ある種、授業参観にでも訪れたような気分で、評判を探る。

「へぇ、あいつ妹いたのかー」

興味深そうな声を上げてから、
山本はにかっと笑い、真珠を『高い高い』のように持ち上げた。

「じゃあ応接室だろ?
部活まで時間あるし、すぐ近くまで連れて行ってやるよ」

あくまでも"近くまで"いうのが、風紀が敬遠されていることを示していたが、それはありがたい申し出だった。
恭弥に会いに来るにあたって、使用人にお嬢様として抱きかかえられて運ばれているようでは格好がつかないから、
見栄を張ってひとりで歩いているのだが、大人には些細な距離でも、幼児の足では遥かに感じる。

「そうね、おねがいするわ」
「おう」

少年からは邪心や悪意を全く感じなかったので、『だっこ』の形で腕に収まる。
面白いことに、その腕は明らかにスポーツ以外の目的にも鍛えられていた。戦い――それも、武器を使用するような。
恭弥の支配下に、強き兵士がいるのは好ましいことだ と真珠は思う。

「きにいったわ。ねぇ、あなた、わたしのものになりなさい」
「お、告白か?」
「げぼくにしてあげるといっているのよ」

半分冗談半分本気で言い放ったのは、前世なら許された、高圧的な言葉。
人を使うことも多かったが、それ以上に使われたがる人間が多かったのだ。
労力を惜しんでしもべを使うというのなら、少しは格好も付くだろうか。
幼児の不遜な態度にも、彼はうろたえることなく、朗らかに笑った。

「お姫様ごっこかー。お前、名前はなんていうんだ?」
「そういうときは じぶんから なのる ものよ」
「オレは山本武だ」
「やまもと たけし ね。わたしは――」

どちらが『本当の名前』なのかはわからないが、名乗ったのは前世の名前。
並盛においてはどこで恭弥の耳に入るかわからないので、今世の名前は封印しようと決めていた。
今の名前と、それを授けた両親が気に入っていないわけではない。
隠し通すのは、過去と現在を繋ぎとめるためのささやかなこだわりだ。


*
*
*


「山本! その子、どうしたの?」
「おー、ツナ。ヒバリの妹だってさ」
「ヒバリさんの!?」

ツナと呼ばれた少年は、一歩下がってじろじろと真珠を観察する。
「可愛い」「似てるかもしれない」と思う一方で、雲雀恭弥への怯えを反映した警戒を帯びていた。
真珠が愛想よく微笑んでみせると、その警戒は少し和らいだ。

少年の足元には、真珠よりも年少の赤ん坊がいた。
スーツ姿で、銃を持ち、赤ん坊らしからぬ理知の瞳が煌く。
真珠は"以前"写真で見た記憶がある。その人物は、間違いなくアルコバレーノ。
恭弥が『知っている』と言ったのは彼のことだろうか。
この少年も山本武も、裏社会にかかわりを持った人間である可能性が高いというわけだ。

「チャオ」
「こんにちは」

山本武に意思表示をして、一度地面に降ろしてもらう。『子供同士』に、山本は微笑ましい目を向ける。

挨拶は慎重に。どこから情報が漏れるかわからない。
マフィアにも善し悪しがあるように、それに所属するアルコバレーノも然り。
四年間もかかわりを絶っていたせいで、現在の裏社会の情勢には疎いのだ。
真珠が正体を知らせると決めた相手は限られている。
彼らに向けて、問いかける。

「あなたたちは きょうやの おともだち かしら」

『早く恭弥のところへ行きたい』とでも言って、逃げることは可能だ。
しかし、真珠は最愛の弟にとっての危険を見極めなければならないと感じていた。
年齢と容姿を盾に、可愛らしく首を傾れば、少年たちは困ったように顔を見合わせる。

「友達とかじゃなくて――」
「ヒバリはツナの部下だぞ」
「ぶか?」
「はぁ!? 何言ってんだよ!!」

ツナとアルコバレーノを交互に見て、眉を顰める。
かつて、最愛の弟に帝王学を授けても、誰かの下に仕えるような教育をした覚えはない。
たわごとにしても、聞き流すことができなかった。

「黙れ。ツナはマフィアのボスだからな」
「子供に何吹き込んでんだよ、リボーン!」
「まふぃあの、ぼす?」

なるほど、だからアルコバレーノがこの少年の傍にいるというわけか。
アルコバレーノが付いているのだから、マフィアといっても中堅以上であることは間違いない。
覇気のないその姿を見て、その権威が似つかわしくないと感じる一方で、"似ている"とも思った。
『リボーン』という名を聞いて、真珠は思い出したことがある。
たしか、かつて友人から聞いた家庭教師が、そんな名前だった。
この少年は、まるであの友人のように頼りなく見える。

「ボンゴレファミリーの10代目だぞ」

組織の名前を問うのは子供として不自然だろうか、と思慮していたところに、
飛び込んできた名称は予想以上に壮大だった。
同時に、複数の意味で納得もする。
それにしても、ボンゴレの当主――『次期』かもしれない――が、
日本人であり、かつ、並盛中通うとは、なんという数奇な運命だろう。
恭弥にその意志があれば、ボンゴレならば、彼が属するのにもふさわしいかもしれない。
頂点に君臨するのは恭弥がいいと思うなら、いっそ乗っ取ってしまえばいいのだ。

「お前もファミリーになるか?」
「かんがえておくわ」

今としばらくは表社会を満喫するにしても、
ボンゴレと協力関係を結んでおくことは後々にプラスになるかもしれない。

「じゃあ、オレも部活あるし、早いとこ行くか」
「ええ。そうしましょ」
「ツナ、オレはこいつを送る約束してるから」
「え……気をつけて、ね」
「妹を送り届けるだけなんだし、大丈夫だろ。多分」

残念ながら、それは保証しかねる。
気づいていながら、真珠は山本に両手を伸ばした。
山本がなんの疑問も持たずに抱き上げると、
そのとき、鋭い殺気とトンファーが彼の背後を襲った。


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