輪廻の女王(C1)


「お前が雲雀恭弥だな」

ディーノが応接室に入ると、そこには旧制服を纏ったターゲットがいた。
応接室のソファに座って書類の束を手にしている。それはいい。
その膝には桃色のワンピースを着た幼児が座っていた。
ふたりはまるでそれが自然な光景だといった様子で、ディーノを見上げた。
 
「誰……?」
「あら」

雲雀恭弥は怪訝な顔を、幼児――少女は軽やかな笑みを見せた。

「俺はツナの兄貴分でリボーンの知人だ。雲の刻印のついた指輪の話がしたい」
「ふーん赤ん坊の。じゃあ強いんだ」

雲雀が立ち上がろうとするのを察して少女はすみやかに膝から下りて距離を取った。

「僕は指輪の話なんてどーでもいいよ。あなたを咬み殺せれば……」
「なるほど問題児だな。いいだろう、そのほうが話が早い」
「ねえ」

話がまとまりかけていたところで、少女は声を上げる。

「きょうやは ぼんごれの しゅごしゃに えらばれたのね?」
「そうだが……お前は?」
「それで どうして へなちょこでぃーのが はけん されたのかしら」
「俺はリボーンにこいつの家庭教師を頼まれたんだ」
「ふうん……えらく なった ものね。
あなたが うちのきょうやに おしえをさずけられるかしら」

くすくすと侮りが含まれた笑みを向けられて、ディーノは困惑する。
初対面の、それもこんなに幼い少女にここまで言われる覚えはない。
"へなちょこディーノ"という昔の呼び名を知られているのもおかしい。

「お前、今までに俺と会ったことあるか?」
「さぁ。どうかしら」

以前、リボーンに雲雀恭弥の妹に会ったことがあるかと聞かれたことがある。
こうして対面しても、やはり記憶になかった。
――と 考え事をしている隙に、雲雀恭弥がトンファーで鋭い一撃を放つ。

「いいから、行くんでしょ。手応えは咬み殺してみればわかる」
「わたしは けんがく しているわ」






屋上で繰り広げられる、トンファーと鞭の戦いを真珠は給水塔の傍で見守っていた。
肌寒い季節なので、恭弥の学ランの上着を羽織らされている。

「つよくなったわねぇ」

その呟きは双方に向けたものだった。
かつて小学生だった最愛の弟と、かつて軟弱で臆病で不器用でミスばっかりだった留学先の同級生だ。
特に後者はキャバッローネファミリーのボスとして立派に部下を従えるようになっている。

あのまま生きていれば、
恭弥の牙にますますの磨きをかける役目を負うこともできたかもしれないと思う。
如何に前世で修得した技能があろうと、この短い手足では何もできない。
暇つぶしも兼ね、幻術を使って恭弥に訓練をつけようとしたこともあったが、
手応えのない幻術では避ける訓練にしかならず、それは恭弥の特性に合わない。

今は見守ることしかできない。
けれど、それでも十分かもしれない。
前世は捨てた。無い物ねだりはしない。
彼の成長の傍にありたくて、地獄をくぐり抜けてきたのだ。
何かに騙されるとき、忠告することくらいはできる。

その背中が愛しい。
早く、手が届くようになればいいと思う。

幻術を使えば、前世の姿を恭弥の前に現すこともできる。
恭弥はかつての私を慕ってくれていたから、そちらの姿で語りかけたほうがきっと喜ぶ。
今の私では物足りない分、あらためて好いてくれるかもしれない。

けれど、それだけはしないと決めている。
恭弥には「かつての私」を諦めてもらわなくてはいけない。
今は亡き幻影ではなくここにいる私の魂を愛してほしい。
姉としてじゃない、女としてのエゴだ。





そうして、ボンゴレリングの争奪戦が始まった。
訓練で生き生きしている恭弥を眺めるのが好きだった。
たまに、ディーノに幻術を見せて邪魔したりして、恭弥に怒られた。

他の守護者の戦いを見ておきたかったが、幼い身で夜の外出は難しかった。
けれどイーピンと仲が良いことにして、沢田家に泊めてもらうという言い訳のもと、
その戦いには都合をつけることができた。

ボンゴレ側の霧の守護者は女の子だった。
既視感のある髪型と武器だと思った。
試合のさなか、その姿が変わって"彼"が姿を現した。





「お久しぶりです、真珠」
「ひさしぶりね、むくろ」

彼と出会ったのはこの世ならざる幻想空間の中だ。
そこに到達する者は多くないので、親近感を持っている。

「六道骸とも知り合いなのか!?」
「がいやが うるさいわね」

会話の内容が彼らに漏れないよう、
幻術を使って直接彼に語りかけることにする。

「空間を作り出すとは、相変わらずのお手並みです」
「あなたに いわれたくないわ」

初めて彼に出会ったとき、年齢はまだこどもだったが、
その魂が覚えた絶望は大人も凌駕していた。

「生きて地獄を見た僕と、死して地獄を潜り抜けた貴女。
どちらの幻術が強力か試してみましょうか?」
「くだらないわ。さいのうの もんだいよ」
「それにしても無茶な蘇り方をして、まだ生きていたんですね」

その発言は嫌味ではない。
正直な驚き――感嘆ですらある。

「よみがえったわけじゃないわ」
「輪廻の環を歪めての転生」
「いやな いいかたね」
「死は魂の休息ですが、貴女は休めるどころか痛めつけた。
無理やり地獄を駆け抜け、魂はすっかり磨耗している。
記憶も才能もそのままに生まれ変わったために、前世から寿命のカウントはリセットされていない」

それを理解・判別できるニンゲンは希有だ。
この次元の会話をできることは奇跡のようなものだ。
……つまり、図星だ。

「教えてください、あなたの寿命はあとどれだけですか?」
「さぁ。あした じゅうで うたれて しぬかも しれないわ」
「本当に?」
「――にじゅうねんは もつわ」

それ以上の保証はできない。
もしかしたら30・40まで生きれるかもしれないし、もっと早く事切れるかもしれない。
美人薄命のさだめにあるのだ。

"次は恭弥より先に逝ったりしない"と誓った。
それが気の持ちようだけで叶えばいいのだけど、
たわいない願いほど、成就は難しい。
せめて次は後悔のないように、ひとときでも全力で愛を注いで生きたい。

その背に手が届く日を、待ち望んでいる。


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