輪廻の女王(A2)


「生まれ変わり?」
「じぶんのさいのうに ほれぼれするわ」
「……そういうところが真珠だね」
「そう、わたしなのよ」

少女は唇で弧を描いて笑う。
幼い顔に、かつての艶やかな面影を残して。
生まれ変わっても、容貌は前世を引きずっているようだ。
こんなにも幼い姿は知らないが、たしかに姉に似ているかもしれない。

恭弥は無言で真珠を見つめてから、観念したように「座りなよ」と言った。
すかさず、「わたしもコーヒー」と注文する女王の品格。
不満そうに、けれどテーブルにカップが置かれた。
一つ目の質問は、動揺を押し殺そうとするかのようだった。

「四年前から生きてたっていうわけ?」
「せいかくには、にねんと さんかげつまえに このよに せいをうけたわ」
「なんでもっと早く会いに来なかったの」
「あかんぼうに なんて むちゃな ちゅうもんを」

真珠は顔を綻ばせて笑って、「わたしは あるこばれーの じゃ ないのよ」と釘を刺した。
生まれてすぐに自我が芽生えるわけではない。
首が据わらなければ起き上がれないし、歯が生え揃わなければ喋れない。
歩き出せたって、誰が可愛い一人娘に遠出を許そうか。

「わたしが うまれかわったのは ぜんせにかかわりのない ごくふつうのやしきなのよ。
なみもりから でんしゃで にじかん というところね。きょうは くるま で おくってもらったけど。
いくら てんさいぶりを みせつけても、せつめいや せっとくが どれだけ たいへんだったと おもうの」
「それでも、連絡手段くらいはあるでしょ。電話とか」
「おとろかせたかったの」

笑う真珠を、恭弥は殺気さえ宿して睨みつけた。
そんなこと、という低い声はまったく冗談が通じないふうである。

「きょうや、おこった?」

真珠はソファーをおりて歩き、恭弥の顔を覗き込んで、頬に片手を触れた。
間近にある姉の面影に恭弥は言葉をなくす。

「いいかたが わるかったわ。
あなた、そんなでんわ いたずらだと おもって、きる でしょう。
だから むねをはって ひとりで あいに これるまで まっていたのよ」

じっと眼を見つめてくる濡れ羽色の瞳に、
恭弥は真珠の手を振り払って、そっぽを向いた。

「勝手だね」
「ええ」
「勝手に死んで、勝手に生まれ変わって、勝手に決め付けて」
「すべて わたしの えご よ」

真珠は少しだけ切なそうに、恭弥の背中を見つめた。
いとしい弟に、必死に言葉をかけようとする。

「でも、わたしはうれしいわ。
きょうやは わたしのあとに ふうきの たいせいを ふっかつさせたのね」
「群れを咬み殺すのに都合がよかったから」
「きゅうせいふくが なつかしいわ。あなたの せいちょうした すがたを みられてよかった」

舌足らずのたどたどしさを補おうと努める喋り方。

彼女は、かつて並盛を統べていた。女王と呼ばれていた。
羞花閉月という言葉がふさわしいほどに美しく、艶やかだった。
才色兼備で、戦いにおいては無敵を誇っていた。
誰もが畏怖し、憧れ、その命令を待っていた。

それが、庇護されるだけの赤ん坊に、幼児に成り下がって、
短い手足と幼く可愛らしい容貌は無力の象徴のようになっていて……、
彼女自身のプライドが許さないであろう姿で、子ども扱いという屈辱を受けながらも、

「僕に会いにきたの?」
「そうよ」

真珠は人の心を射抜くまっすぐな瞳が変わらない。
どんな姿でも、どれだけ時が経っても。
躊躇いもなく愛の言葉を口にする。あいたかった、と。

「だきしめてもいいかしら」
「――逆でしょ」

恭弥は抱えあげるように、真珠の背中に両手を回して持ち上げた。
どうしても幼児をあやすような格好になってしまうが、かまわず力を強くして肩に顔をうずめる。

「くるしいわ」
「うるさいよ」

かつて、姉と呼んだ人は、おとなしく腕の中におさめられるような女性ではなかった。
まさに高嶺の花という言葉がふさわしい存在で、敵う気がしなかった。
それでも姉は、年の離れた恭弥を何よりも最優先していた。
いたずらに笑って唇を落とされることもあった。
けれど、なまじ血のつながりがあるせいで、それ以上でも以下なかった。

それでも、守りたかった。
勝手に死なれて、四年間、どれだけ空虚だったことか。
どれだけ信じられず、どれだけ喪失感を抱いたことか。
どれだけ世界の雑音を壊しても満たされなかった。

真珠はおとなしく黙って、静まっていく恭弥の心音を聞いていた。


しばらくして、恭弥はゆっくりと真珠を離した。

「じゃあなに。苗字や名前も変わったわけ」
「そうよ。こせきじょうはね。うまれたしゅんかんの けっていだもの」

けれど真珠は新しい名前を名乗ろうとはしなかった。
戸籍上、ということは、新しい名で恭弥に呼ばれるつもりはないのだろう。

「でも、なまえは わたしたちなら さいばんでも おこして、かえられるし、
みょうじは あなたが わたしを もらってくれれば、もとどおりよ」

恭弥が真珠を嫁に貰えば雲雀の姓を得る。
呆気に取られる恭弥に、真珠は自信たっぷりと微笑む。

「じゅうごねんほど まって。うつくしく じゅくしてみせるから。
まあ、べつの こころに きめたひとが いるなら、そくしつに なってあげてもいいわ。
ぎゃくに、あいじんが なんにんいようと かまわない。わたしの あいは そんなものじゃ ないのよ。
はらちがいとはいえ、きょうだいじゃそうはいかなかったけど、もう えんりょしないわ」

少女は妖艶な笑みを浮かべた。
手招きして恭弥に顔を近づけさせると、その頬に口付けた。
目を瞬かせた恭弥に、鈴を転がして笑う。

それから、ふいに時計を見て、もうかえらなきゃと言った。
突然のことに説明を付け加える。

「くるまで おくってもらった って いったでしょう。
とおいし、さいしょだし、よるによていがあるから、きょうはこんなところよ」
「連絡先くらい教えていきなよ」
「ふふっ。いえへの れんらくは だめよ。わたし、ねこを かぶってるんだから。
もうすぐ ちかくに ひっこす よていなの。さみしがらないで。すぐに またあいにくるわ」
「……馬鹿じゃないの」

からかうような言葉を切り捨てながらも、それから、恭弥は真珠を校門まで送った。




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