二月の憂鬱


「バレンタインなんて メンドくせぇ」

教室で騒ぐ女子を見て、幼馴染のシカマルが言った。
なぁ? と同意を求められて、あははと苦笑いをする。
そんな私の机の横には、
シカマルに渡す予定だった紙袋がかかっているのだから、まったく持って笑えない。

私は少々女の子らしさの欠ける性質らしく、去年は大量生産でクラス全員に配ったが、例年貰うほうが多いくらいだ。

そんな私が、乙女心というものを総動員して、
今年は本命一本に絞って気合を入れてきた。
のだけど、その意気は早々に挫かれてしまった。

彼に他意があったわけじゃないことくらいわかっている。
あれはシカマルの常日頃からの口癖だ。
だから、気にするほうがおかしいくらいで、渡してしまえばいいのだけど。
タイミングを逃してしまった、と言うか。

想いとはデリケートなものだ。
普段とうってかわって臆病になってしまう。

だってシカマルは、あれで結構賢いのだ。成績は酷いけど。
私が大事に紙袋をかけていたのが見えただろうし、その意味がわからなくはないだろう。
やめておけと、本人に忠告されてしまったのでは、どうしようもない。

やっぱり、しょうにあわないんだ、今なら引き返せる と、悪魔だか天使だかがいつでも私の中で囁いている。

とにかく学校では人目があるということもあって、
実はね……と話を切り出すことがついにできなかった。

そして放課後。
義理チョコ目当てで声をかけてくるナルトやチョウジをはねのけるたび、
いっそ、ラッピングを開いて何食わぬ顔で中身を配ってしまおうかとさえ、思った。
甘さは控えめだったりとか、シカマル仕様にいろいろ考えたのに。

作っている間は、喜んでもらえたら嬉しいとか、そんなことばかり考えていたけど、
実際に渡すとなると別問題だ。
キャアキャアと騒いでいるサクラやいのは、
どうにかサスケに渡してきたのかな。受け取ってもらうことができたのかな。
ヒナタも二人に背中を押されて、ナルトに渡してきただろうか。

幼馴染というポジション以上の何かを望もうとしたのがそもそもの間違いだっただろうか。
自分で食べるのもむなしいけど、捨てるのも気がひける。
誤魔化してでもいいから、受け取ってはもらえないかな。
捨ててしまえば、この日のために用意した決意とか勇気といったものさえ粉々に砕けてしまいそう。


自分と賭けをした。
帰り道の公園で、彼を待った。

日が暮れるまでにここを通らなかったら、
もしくはもう通った後だったなら、諦めよう。
中学生には少し低いブランコに座る。
二月では、空気がまだ冷たい。

もしもシカマルが……

「真珠?」

果たして私は、賭けに負けたんだろうか、勝ったんだろうか。
と、実際に彼の顔を見て思った。後悔のようなものが胸を競りあがってきたのだ。
なにしてんだよ、と彼は私に歩み寄る。
どこかに隠れたてしまいたい、という衝動さえ起こった。

「……それ、誰かに渡すんじゃなかったのか」

シカマルは私の紙袋を指した。
ほら、やっぱり気づいていた。
アンタの一言のせいで渡せなかったのよ、とは口に出さない。

「シカマル、貰ってよ」
「フラれたのか?」

すぐにそういう思考に結びつくのだから、笑っちゃう。
どうせ私は誰にでもフラれるような女ですよ。
自嘲を含んで、答える。

「そんなとこ」
「誰に」

彼は紙袋を受け取らず、神妙な顔で眉を寄せた。

「誰でもいいでしょ」

ここで、『あなたに』と言えるほど可愛い性格をしていたらどんなによかっただろう。
すでに自己防衛の心が強まっていて、私は真実を隠してしまうつもりらしかった。
シカマルは、話を聞く態度で、隣のブランコに腰掛けた。
その学ランを視界にいれないように、私は視線を外した。

「サスケ、か……?」

何を考えていたのかと思ったら、そんな邪推を。
たしかにサスケは女子に人気がある。
だからって、みんながみんなサスケのことを想っているわけじゃない。
私やヒナタみたいな物好きだって、いる。

「まさか。サクラやいのを敵に回すなんて恐ろしい」
「じゃあ……」

と言って、また候補を探そうとするシカマルはしつこい。
いつもそんなに執着しないのに、私が恋してるってことがそんなに面白いのかなぁ。

「どうあっても喋らせる気?」
「……まあ、」
「じゃあ、これを受け取って、この場で食べてくれたら、白状してあげなくもない」

とにかく私は、一刻も早くこのお荷物を片付けて帰りたい。
意図は伝わらなくとも、目の前で本人に食べてもらえたなら、作ったかいがあるというものだ。
他人に渡すつもりだったもの、ということで、シカマルはいったん躊躇した。
しかし、私が黙っていると、ついに腹を決めたらしい。
「お返しなんてねーからな」とだけ言って、紙袋を受け取り、中身を取り出して包みを開けた。

「おー、凝ってんなー。お前こんなこと出来たんだ」
「似合わないことくらいわかってるわよ」
「や、そういう意味じゃ……」

私の態度はぎこちない。
へんな沈黙の中で、シカマルはチョコレートを口に運び、「うまい」と呟いた。

「ほんとう? 美味しい?」

ああ、と短い返事。
もぐもぐと一つを食べ終えて、本題に戻る。

「ネジ先輩、か?」

たしかに生徒会長のネジ先輩には、ファンが多い。

「あの人彼女いるでしょ」
「そうだけど」
「うん、それでも諦めない子はいるだろうけど、私は違う」

はっきりした返事には、さすがに嘘をついてないと判断したのだろう。
問答は続く。

「キバか?」
「違う」
「……シノ?」
「ううん」
「ナルトやチョウジに渡すんだったら、もっと甘くするよなぁ…」

あと真珠が面識あるのは…と、指を折って数える。
シカマルお得意の考察が始まっているらしかった。
それが分ってるんだったら、と思う。

「オレが知らないヤツ?」
「ううん、知らないはず無い」

シカマルは、さらに私から情報を引き出すべく、
契約のチョコレートをもう一つ口に入れた。

「あ」

呟きが聞こえるが、問う声は無い。
彼は思い至ったのだろう。
横顔を盗み見ると、わずかに赤い。
手で口元を押さえている。
つられて私まで赤くなりそうだった。

「まさか、」
「暗くならないうちに、私は帰るよ」

それ以上聞いていられなくなって、鞄を持つ。
シカマルだって言葉にするのを躊躇ったのだ。
彼は自意識過剰じゃないが、与えられた情報を正確に解析する能力は持っている。
その上で出した結論なら、信じるに値するだろう。

「――おい」
「何?」
「お返しは三倍返し、なんて、いのみたいなこと言わないよな?」
「言わないよ。言葉と気持ちがもらえれば、それで十分」

気を抜けば声が裏返りそうだった。
正確な意図を汲み取って、それを好意的に受け止めてもらえたのだとしたら。
心臓が鳴り続けていて、うるさい。
頬を赤らめて、ふっと彼が笑った。

「了解」

うん、じゃあねと応えて逃げ去った。
私は息が切れて走るのをやめたあたりで気づき、後悔した。

「『お返し』までの一ヶ月間、どう過ごせと……」

バカなことを言ったと、
気づいていたならシカマルもフォローしてくれればいいのに。
いや、その上で、お返しに費用がかからないほうを取ったのかもしれない。

ああもう、さすが私の惚れた相手。
良い根性してるじゃない。
とにかく明日からの日々を、どれだけ何食わぬ顔で過ごせるか、というのが戦いなのだ。

溜め息を吐いて項垂れた。




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