《承》三年、桜の散る頃


三年生になって、専門課程に進むと、私は偶然並木君と同じ選択をしていた。
研究室の顔合わせで並木君を見たとき、自分の目を疑って、代わりに神様を信じた。
話すことなんてないと思っていたのに、思わぬところで接点が出来たのである。
急激に親しくなる、なんてことはなかったけれど、ちょくちょく話をする機会はあった。

並木君はよく研究室でお弁当を食べていた。
一年生の頃は昼になるとどこかに消えていたから、どうしたんだろう?と思った。
たしか彼は一人暮らしだと誰かに話していた。
彼女の手作り?と、当然誰もが思い浮かぶことを尋ねられると、並木君はなぜか一人で大笑いしていた。

たまたま昼に研究室で二人きりになったことがある。
私はいつも聞き耳を立てていたにも関らず、話題をそのお弁当に求めたのだった。

「おいしそうだね」
「ああ、うまいよ」
「えーっと、並木君が作ってるの?」

これまでの情報を組み合わせて、出来れば彼女じゃないといいな、という願望も込めてそう聞いた。

「……なんでそう思った?」
「なんとなく。並木君って一人暮らしでしょう。それとも、彼女の手作り?」
「俺じゃない。でも、作ってるのは男」
「えっ!」

私は思わず並木君のお弁当箱の中身を凝視した。
お手本みたいにきれいな色合いで栄養バランスの整った美味しそうなおかずが並んでいる。
並木君は苦笑した。

「律儀な奴なんだ。高校時代の名残で、二人分も三人分も変わらない、栄養が偏るだろって言って作ってくれるから、毎日取りに行ってる」
「わあ!すごいね、大変。でも、おいしそうだもんね」
「食ってみる?」
「いいの?」

並木君は自慢げに、おかずを選んで私のお弁当箱の中に入れた。
お礼を言って、箸で口の中に運ぶと、まろやかで秀逸な味わいが広がった。

「美味しい!」
「だろ? この味に慣れたら他の弁当食えないぜ」
「たしかにね。こんなの初めて食べた。凄い!」
「言っとくけど、俺の弁当はおまけだから、コイツの彼女の弁当が一番気合入ってるぜ」
「そうなの? っていうか、彼女いるんだね、その人は」
「ああ」

その二人を思い起こしているのだろう、並木君の穏やかな表情を見て、私はなんだか悟ってしまった。
一年生の頃、並木君がお昼のたびにどこに行っていたのかとか、三人の人間関係とか。
でも浅ましいことに、私はこの機会に本人の口から聞いておきたいことがあった。

「並木君は、彼女いるの?」
「いないぜ。別に今んとこ欲しいとも思わないけどな」

私を牽制するかのような言葉は、並木君の口から放たれたからこそ、本心なのだろうと思った。
彼女募集中なら並木君は一瞬で売り切れてしまう。
内側に入り込めたらいいのに、と思った。
しばらく沈黙があった。

「並木君のお弁当は、おまけじゃないよ。こんなに丁寧に詰めてあるもん。
ついででも、毎日作るってすごいことだと思う。それは並木君のことが大切だからでしょう」

信頼して、感謝して、そんな素敵な関係が羨ましいと思った。
私たちが同じように心の中に踏み込むのは難しいかもしれないけど、
この大学でも並木君にとって心を許せる人が見つかるといいのに。

「ありがとう」

呟きに驚いて並木君を見ると、少しだけ耳が赤かった。
それから、私たちは少しずつ話をするようになった。



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