《起》一年、桜の咲く頃


初めて彼を見たとき、どこかの芸能人が紛れ込んでいるのかと錯覚した。

並木君は、大学に入って初めて受けた講義に一緒にいた。
日本人なのに色素が薄くて、顔立ちが整っていて、見とれるほどかっこよかった。
同じ年にも関らず、別世界の人のような気がして、大学にはこんな人もいるんだ…とドキドキしていた。

それから同じ講義で顔を合わせることが多かったけど、話しかけたりはせず、一方的に目の保養にしていた。
好奇の視線を平気で背負っていた。おそらく並木君は私の名前など覚えていなかっただろう。

どこか神秘的で人を寄せつけない空気があって、自分から賑やかな集団に入っていくことはしなかった。
けれど、周囲が放っておかなくて、話を受け流していただけでも、
結果的に適度で良好な人間関係を築いていたんだと思う。
そこにいるだけで目を惹いたから、彼に寄っていく人は多かった。
けれど並木くんはどこかつまらなそうに世界を見ているように思えた。
彼が自分のことを話しているところを見たことがない。

いつもノートを取らずに講義を眺めていたけど、試験の成績は優秀で、
そういうところが、さらに神聖視させる要因でもあった。

そして、並木くんは決まって昼には誰の誘いも断って、どこかに消えた。
午後に見かけるとたいてい機嫌がいいから、彼女にでも会ってるのかもしれないと言われていた。

彼女 ――いるのだろうか。
いても不思議ではない。というか、こんなかっこいい人にいないはずがない。
どんな子だろう? きっと、すごく美人か、すごく可愛いんだ。
そう考えるとブルーになった。
見ているだけのつもりが、どうやら私は知らない間に感情移入してしまっていたようなのだ。

でも、これはきっと正常な感情だ。
並木君のことを騒いでいる女の子は多い。
私もその大勢の中の一人というわけだ。

踏み込まない方がいいと、そのとき誰か忠告してくれればよかったのに。

窓から入った桜の花びらが一片、掌に下りて嬉しくなる。
私はこの淡い花が好きだ。
朝は遠回りして桜並木を通るようにしている。


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