03.わたしの返事なんて、決まっていた


思わぬ助けが入った。

深緑色の忍び装束を着た少年の登場に、わたしは思わず「え」、と呟いた。
なぜなら彼にはひどく見覚えがあったからだ。
夕方にやってるアニメ『忍たま乱太郎』に出てくる
六年生で保健委員長の善法寺伊作に、あまりにも瓜二つだった。
声を上げてしまうなんて、わたしがわたしじゃないくらい動揺している、と自覚した。
『忍たま乱太郎』は、小さいころから好きだった番組だ。
わたしのすこぶる優秀な記憶力が、どれだけ似ているかを語りかける。

非現実的な出来事に、ここが現代ではないと自覚したときの数倍も鼓動が高鳴る。
忍び装束を着ているのだから、少なくともこの世界には忍者がいるということだ。
深緑色の忍び装束というのがさらに運命を感じさせる。外見も声もよく似ている。

“清らかに祈るとき汝の望む時空が開かん”という謳い文句をもう一度思い出す。
これがわたしの望んだ時空だろうか?

男たちはわたしのお供が帰ってきたと思って、喚き立てる。
それにしても、伊作君(仮)が忍者、もしくは優秀な忍たまだったとしても、
果たしてひとりで大丈夫だろうか、と、喉の刀を近づけられながら思った。

すると、背後でうめき声がするとともに刀が外れる。
振り向くと、わたしを脅していた男は気絶して地に転がっていた。他の男も次々と倒れていく。
伊作君が注意を引いている間に、彼の仲間が男たちの隙を突いたのだ。
すべての敵を倒し、動きを止めてわたしを安心させるように微笑んだその人は、
やはり深緑色の忍び装束を纏っており、女性も羨むようなサラサラの髪をしていた。
すなわち、忍たま六年生で作法委員長の立花仙蔵にきわめてよく似ていた。
こんなことってあるんだろうか?

「お怪我をなさってませんか。姫様」
「え、ええ……」
「でも、さっき足を痛めてると仰せでしたよね? お見せください。僕は保健委員なんです」

覚えのある単語。
寸分違わぬ人物像に、声が震えた。

「あなたがたは忍術学園の?」
「ええそうです。よくご存知でいらっしゃいますね」
「……服装が」
「ああ、色で見分けなさったんですか?」
「しかし陸奥の国の姫様が忍術学園をご存知とは」

疑い深くわたしを見たのは仙蔵君(仮)だ。
姫様と呼ばれた時点で嫌な予感はしていたが、二人はわたしと男たちとの会話を聞いていたらしい。
あの恥ずかしいアドリブを。

「違います。わたしは姫ではありません」
「え?」
「触れるには畏れ多い女だと思わせなければ貞操の危機だったのでああいう嘘をつきました」
「でもその格好からして、姫でなくとも高貴な方なのでしょう?」

どうしよう、こんな衣装じゃ身分を否定する材料にならない。
たしかに世が世なら……という話はあるのだが、この時代でのわたしはただの孤児に等しい。

「……事情があるんです」
「その事情というのを話していただいても?」

わたしは悩んだ。時空の間の話をしたとして、
未来(もしくは少し違う場所)から来たという話をしたとして、彼らがわたしの話を信じるかどうか。
話し方にもよるだろうし、信用は100%でなくてもいい。ただ、話すことがわたしにとって有益か否か。
迷っていると、伊作君が言った。

「とにかく怪我の治療が先です。足を見せてください」

伊作君は救急箱を取り出した。
わたしは了承して足袋を脱いで足を伸ばた。
着物の裾を持ち上げれば、患部は赤く腫れ上がっていた。
骨を損傷しているみたいですね、と手早い治療を施される。
冷やして、副木をされて丁寧に包帯を巻かれる。
その間に仙蔵君は気絶した男たちを木に縛り上げていた。

「ところで、あなたがたの名前を聞いてもいいですか? わたしは藤森真珠と申します」
「僕は忍術学園の六年生、善法寺伊作です」
「同じく、立花仙蔵と申します」

これで確定されてしまった。
わたしの知識とは多少誤差があるとしても、揺るがない事実だ。

「助けてくださってありがとうございます」
「いえ、忍として当然のことをしたまでです」
「でも命の恩人です。この恩は一生忘れません」
「勿体のないお言葉を」

お礼を軽くかわす仙蔵君。
礼儀正しい人たちだ。さすがは六年生。
しかしながら、その敬意は不適切だ。

「――わたしに身分はありませんから、敬っていただく必要はありませんよ」
「それをいうならあなただって僕たちに敬語を使ってるじゃないですか」
「それは、命の恩人だからで……」

わたしにとっては癖のようなものだ。
初対面の人に軽口を利くような教育は受けていない。
普段からわたしは同級生にも丁寧語を使うことが多い。
身内に対してすらも丁寧語で会話することがある家だったのだから。
けれど言葉に懸ける意味は人によって異なる。
どうやったら雑談できるくらい人と仲良くなれるのだろうか。
その術をわたしは知らない。

すると伊作君が言った。

「僕にはとてもあなたが平民の娘とは思えません」
「私もそう思います。装いだけでなく、平民ではありえない気品と覇気があなたにはある」

たしかに、肌の手入れや見目や所作には気を使わされていた。
わたしに染み付いた習慣や動作、性質がある以上、誤解をとくのは難しいだろうか。
事情を一から十まですべて話せば少しはわかってもらえるだろうけれど。

逆に、事情を話して相談するとしたらこの二人しかいない。
誰も頼る人のいない世界で、生きる手段の乏しい世界で、彼らのことは信頼できる。

「事情がある、と先ほど言いました」
「ではその事情をお聞かせ願いたい。私たちで力になれるかもしれません」
「……そんなに大それた問題じゃないのよ」

あまりにも真摯な態度に、話すことを躊躇ってしまう。
彼らが城のお家騒動などを想像しているとわかったからだ。
城内に敵がいて命を狙われるから逃げてきた、とかね。
そういう護衛はたしかに忍者の得意分野だろう。
けれど実際のところ、今のわたしには、
仮に彼らの力を借りても、お礼をする財力も権力も伝手も持ち合わせていない。
むしろ、明日からどうやって生きていこうかしら、という段階なのだ。

「ただ、どこにも行く当てがないんです」

声を落としてそう告げると、ふたりは微かに目を瞠った。
たしかめるように質問される。

「お供の方は?」
「最初からいません。これも嘘です」

嘘を数えるのは心苦しい。
わたしが偽りだらけの人間だと告げているようで。
すると、ふたりは互いに顔を見合わせて、頷いた。

「では一度僕たちと共に忍術学園に行きましょう」
「え、いいんですか?」
「どんな事情があろうと、あなたほどの人を邪険にすることは出来ない。
一時的に保護くらいはできるでしょう。
優秀な忍たまや先生がいますから、安全であることはたしかです」
「これからどうするにしても、あなたの格好で町を歩くには目立ちすぎます。
ちょうど僕たちも学園に戻るところですから、よければ一緒に行きませんか」

こんなに都合の良いことがあっていいんだろうか?
わたしの返事なんて、決まっていた。

「はい。よろしくお願いします」



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