09. 赤色だけを覚えている


「任務……ですか? それもAランクの」
「そうだ。機密文書の運搬にネジと二人で当たってもらう」

私の『命令者』に設定されているネジは、たしか上忍だ。
Aランク任務を受けるのにふさわしいんだろう。
けれど、私はEランクの任務しか請け負ったことがない。
急に大役を預かっていいのだろうか?

「前に話をしたと思うが、現在木の葉は深刻な人手不足に陥っている。
出来ることなら早くお前が使えるということを確認したい。
実力は申し分ないはずだ。必要最低限の知識は備わっただろう」

人手不足の話は、何度も聞いた。
数年前になにか大きな事件があり、たくさんの被害が出たらしい。
それでも木の葉の権威を保つためには今までと同じ量の任務を受ける必要があるそうだ。
……木の葉の里が属する『火の国』が大国、と言われても実感は湧かないけれど。

ある程度の実力と体力がある忍は働き通しだと聞いた。
だから、今回の任務は、基本のはずのスリーマンセルでもフォーマンセルでもなく、ネジと二人なのだ。
こんなふうに二人や、個人で任務に当たることも多いと聞く。

私は、忍術は使えなくとも、移動や幻術返しには困らない程度に訓練してある。
ネジと一緒にいれば、いざというときにチャクラを使うことも可能だ。
そして少なくとも体術は一定のレベルに達していると言われていた。
かつ、暗殺術――つまり悟られる間もなく人の命を奪う術は、火影専属の特殊暗殺部隊にも匹敵する、と。
この世界に『絶』がなく、私はオーラも気配も足音も消すことができるから、特に都合がいいんだけど。

「火影様、敵に遭遇した場合、躊躇いなく殺す許可をいただけますか?」

私はこれまでの日々で、自分について理解してきていた。
結論として、私は暗殺向きだ。
暗殺術に詳しく、誰かと戦闘訓練する際、意識を向けるのは人体の急所ばかり。
正しく一瞬で命を奪うような方法を脳裏に浮かべている。
鋭利な指先で怪我をさせてしまわないよう、手加減するのに必死だ。
――実験の結果、意識的に自分の身体を操作できると認識したときはさすがに寒気がした。
念を使わなくてもある程度身体を強化できたり、痛覚を鈍らせたり、
爪がナイフよりも鋭利で殺傷力のある武器になったり、などなど。人体兵器と言っても過言はない。

逆に言えば、正々堂々と長引くような勝負で、まっとうに戦いに『勝つ』のは苦手だ。
私の意識に勝敗はない。あるのは生死だけだ。
元の私はどんな人間だったんだと聞きたくなる。
過去の自分に囚われるつもりはなかったが、根本的なことは変われないだろう。
だから現在の私を総合的に評価して、戦闘においては特性に則って得意分野を伸ばすことにする。
常に自分に課しているリミッターを外せば思う存分動けるということになる。
基本的に忍術が使えないのだから、相手に忍術を使う間を与えないのがベストであると踏んでいる。

なぜ火影様に許可を求めたのかといえば、偏に失望されたくないからだ。
ここは『隠れ里』という、里自体が軍事養成のためにあるような場所なのに、
私には生活している人が至極「まとも」だと感じた。
――ここでも、元の私の常識はどんなだと聞きたくなるのだけど。
とにかくその分、平気で人を殺そうとする自分自身が恐ろしい。
忍について知識の深くない私には、戦闘になったときに殺すべき相手かどうかを見極める余裕はない。

火影様は一瞬私の精神状態を案じるような訝しむような眼をした後に、
――調べれば調べるほど私は危険人物だからだ――
目を閉じて思考を一巡させてから回答した。

「許可しよう」

私に対して言いたいことはたくさんあったかもしれないけど、簡略化した、という感じだ。
火影様も忙しい。あまり長居は失礼だと思い至った。
最後に、くれぐれも文書を開かないことなどの注意事項と、健闘を祈るという言葉を賜って、私はその場を辞した。



「巻き込んでしまってごめんね」
「なんのことだ」

苦笑いすると、ネジは奇怪そうな顔をした。
薄々感じ取ってはいたけれど、私の性格はネジには理解しがたい分類らしい。
里で知り合いの少ない私にとっては、一番の状況の理解者はネジだ。
だから、打ち解けたいと思うのだけど。

移動しながら、話をする。
五日で国を二つ越えなくてはいけないらしい。国の規模がわからないからなんとも言えない。
大名の屋敷で託された、秘密文書と言われた『巻物』を持っているのは当然ネジだ。
最初、データを送信するのじゃダメなのかとも思ったけれど、此処では通信技術が発達していないらしい。

「私はまともな任務は初めてだから、迷惑をかけてしまうかもしれない」
「足手まといになる、と?」
「まだわからない。ならないように努める。最悪の場合は『命じて』くれれば、盾にも道具にもなれると思う。」
「なら、どうしてそんなことを言う?」
「……なんとなく、かな」

自分でも矛盾していると気づいて、誤魔化す笑みになった。
けれど、たどたどしくても思いは、意見は伝えなくてはいけない。
表現しなければ、発信しなければ、自分がなくなってしまいそうだから。

「たとえば、この任務は私だけじゃ受けられなかった」
「火影様がお前の実力を認めただけだ」
「違うの。そういうことじゃなくて、機密文書の運搬は『信用』されないと無理なのよ。
謎だらけの部外者の私だけでは、いつまでも一人前になれない」

だから暗殺に向いていると言われても、『暗部』にはなれない。
里の重要機密を知っていいほどの身分じゃないのだ。

これでも私は信用されるために自分にわかるすべてを明かして、手を尽くしてきたつもりだ。
そのために能力を一つ作ったりもした。
けれど、できることをしたからって結果がついてくるとは限らない。
しないよりは、マシな結果を得られているはずだけれど。

『服従者の義務』があるから、私には火影様の命令を裏切ることができない。
けれど、そもそも『念』というのは此処ではイレギュラーな事柄なのだ。
信用されるために作った能力だけれど、
念の存在と、そして私が明かした私の能力を、信用してもらうことが前提条件なのだ。

それでも、火影様はそれなりに私を信用してくれているだろう。
あくまでも私の見立てでは、だが。
けれど彼女はこの里の長である。組織のトップに立つ者は、警戒を怠るべきではない。
簡単に危険因子を招き入れて、組織自体を危険に曝すようなことは絶対にあってはならない。
それは、わかっている。だから、頑張るだけだ。

「ネジには悪いと思ってるの。
第一発見者だからって、貴方が私の面倒を負う義務はないはずなのに」

私が信用されるためには、身近に『命令者』がいるほうが都合がよかった。
ネジなら大丈夫そうだと勝手に思ったから、その考えを実行した。
その結果こんなふうに二人で組んで任務に行かされることになった。
彼には普段組んでいる班があるというのに。いい迷惑だとわかっている。
謝ったところでどうなるわけでもないけれど、口先だけでも謝罪せずにはいられない。

ネジは低姿勢な私を厭うように前を見て走る。
それから口を開いた。

「俺は任務に従うだけだ。――敵がいるな」

ネジは文字通り白い眼で凝――白眼というらしい――をして、前方の森を探っていた。
広範囲に円をするのは疲れるので、探査は専門のネジに任せることにした。
人数を聞くと、八人だと答えた。全員分の気配を探す。数km先に見つけた。

その瞬間から、私は絶をして気配を消した。
『殺し』のスイッチを入れる。
暗殺の基本は不意打ちである。特に、相手が死を自覚できないくらいが望ましい。
事前にこういう方法を取ることをネジに伝えてあったので、ネジは頷いてそのまま進む。

密やかに、けれど少し本気を出して疾走し、気配を消したまま、敵の付近に辿り着いた。
実力ゆえに他の人員から少し離れた場所にいるような男。
なにかあっても把握が遅れる。気づかれないよう、一瞬で済ませる。
木の陰に隠れた男の背後に忍び寄って、無防備な首筋に渾身の力で手刀を叩き込んだ。
首の骨が折れる手ごたえがあり、男は一瞬で絶命する。
ルーチンワークともいえるほど、あまりにも慣れた動作だった。
地面に落ちる音がしては面倒なので、ゆっくりと幹にもたれかけさせて、他の敵が気づく前に姿を消し、次の敵へ。

警戒心のない寝室などならともかく、此処は戦場である。
まったく気づかれないで一人一人殺すというのは困難そうだったので、今度はもっと速く。
スピード重視で、すれ違いざまに二人の心臓を抜き取った。
異変に気づかれて、それでも各方法であと三人殺す。

その間に残りの二人はネジが倒していた。
ネジは、敵に動けないダメージを与えた上で、拘束して情報を聞き出していた。

――殺してない。

その事実は思ったよりも衝撃的だった。
即座に六つの死体を作った私と、怪我をさせても必要以上に命を奪わない――と私は感じる――ネジ。

私は、早くも血塗れた自分の掌を見た。
返り血を浴びない方法もあったのかもしれないけれど、そこまで考える余裕がなかった。
そういえば、私は私として初めて人を殺したのだ。
けれど、まったくそんな気がしない。殺人という行為に違和感がない。
むしろあの命を奪う瞬間、快楽に似た懐かしい感覚さえ味わったのだ。
それを自覚して、寒気がした。

ネジは赤い私の姿を見て、一瞬眉を顰めた。
苦笑いが出た。
けれど、私は上手く笑えているだろうか?



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