08. 欲しいものを掬いあげよう


朝は早く起きて、食事を取って、身支度を整えて、出かける。
まずはアカデミーに行って、イルカ先生の机に課題を提出する。

イルカ先生は、火影様が紹介してくれた『講師』で、
サクラもアカデミー時代に教わった先生だそうだ。
中忍で、教え上手。指導は丁寧でわかりやすい。
知識を増やすために協力してもらってる。

忍術を教える学校だなんて、最初に聞いたときは違和感を持ったけど、
実際に来てみると、ここでは常識として存在している施設なのだとわかった。
知識を取り入れ、技術を磨く子供たち。
その動きは余裕で見切れる程度だけど、忍術に関しては知らないことが多いので、興味深い。

動きを見ながら、多分彼らは『戦う』ために訓練しているのだろうと思った。
『殺し方』だけが身に染み付いている私とは違う。

私は何者なんだろう……というのは、常にある疑問だった。
でも、考えれば考えるほど怖いだけで、わからなくなってしまう。
記憶を失った私に残されたのは漠然とした『知識』だけ。
それは、まるで水面に浮かんだ花びらのように繊細だ。
下手な波風を立てると沈んでしまうから、慎重に掬い上げなくてはいけないのだ。
だから、普段は封印するようにしている。


演習場に行って、少し身体を慣らす。
そのあとは、任務の集合場所に向かう。

任務というのは、下忍の子供たちに混ざっての芋堀とかお遣いとか掃除とか、雑用みたいなものだ。
でも、働かないで暮らすわけにはいかないので、これでかまわない。
最初はみんなそんな任務からこなしていくのだそうだから、対等に扱われているのだとだけ思う。

人手があるに越したことはないような任務だから、下忍の子供たちは私がいることに不満を言ったりしない。
むしろフレンドリーで、知らないことが多い私に、いろんなことを得意げに教えてくれる。
担当上忍の先生の見張るような視線を感じてはいるけれど、気にならない。
自然体で過ごして、警戒が解かれるのを待つだけだ。
そうしていろんな人と接触するうちに、だんだんいろんな人に顔を覚えられた。


日によって違うけれど、午後になってその日の任務が終わると、
私は火影様の応接室に顔を出し、拷問室に連行される。
もちろん拷問されるわけではない。
誘導尋問の時間だ。

会話でその道のプロに誘導してもらって、
記憶・知識・常識などの知っていること・覚えていることを情報として探り出す。
さっきも言ったけど、記憶や知識というのは繊細だから、自分で下手に掘り返せないのだ。
自分に残されたものを分析することは、自分を分析することにもなる。
あと、巧妙に張り巡らされた言葉の罠に引っかからないことで、嘘のない潔癖の身だと証明することにもなる。
……まあ、嘘を吐こうと思えば吐きとおせる自信があるところが怖いのだけど。


尋問の時間が終わると、特別な指示や予定がなければ、再び演習場にいく。
ひとりで黙々と修行に打ち込むこともあれば、誰かと約束したり偶然鉢合わせして一緒に修行したりする。

これが結構貴重な時間だったりするのだ。
ネジと会ったり、サクラに会うと居合わせた知り合いを紹介してもらえる。
知識だけでなく、いろいろな忍術に触れられて楽しい。
珍しがられて、ある意味では重宝されるし。

一人で修行しているときに、思いついて、一つ能力を作った。
『服従者の義務』の付属みたいな能力で、そんなに意味は無いのだけど、
その分、楽に生み出せそうだったし、あってもいつか役に立つかもしれないと思った。


『服従者の権利』 操作系能力

練をしている間に意識的にこの権利が適応される。
自分に対する服従者を定め、その服従者が五感の範囲内で感知できる際、

第一条。服従者は命令者(この場合自分)に危害を加えることが出来ない。

第二条。命令者(この場合自分)は服従者に自分が受けたことのある『命令』を課すことが出来る。

ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
また、自分に対しての『命令者』を服従者にすることはできない。


……役に立ってくれるといいんだけどなあ。
とりあえず、今は学ぶことが多すぎて、創造的に戦闘に有利な新しい能力を作り出す余裕が無いけど、
本格的にEランク以外の任務をもらえるようになったら、考えようかと思う。

ちなみに、今は『水面歩行の業』に取り組んでいる。

残念ながら、チャクラを"放出する"というのは放出系だとして、
チャクラで"吸引する"という感覚は私には理解できなかった。
だから、『木登りの業』はどう頑張ってもできなかった。
チャクラとオーラは違うのだから、出来ないことがあるのは当然なのだけど、さすがに少し凹んだ。
専用の念能力を作ってカバーしようかとも思ったけど、
能力はそう安易にほいほいと生み出せるものではない。
木登りくらいだったら他の方法でどうにかならないこともないのだ。

だけど、『水面歩行の業』に関しては違う。
最初は驚いたけど、みんなが当たり前に水の上を歩けるのだから、
いつか任務で水の上を渡るときに、出来ないと置いてかれてしまう。

私にもチャクラがあって、それをコントロールできればいいのだけど、
すでに念を習得してしまったせいか、
オーラとは似ていて全く違う『チャクラ』を、自分の身体に知覚するのは不可能だった。
オーラが邪魔をするのかもしれない。二つを区別できないのだった。

仕方なく、『水面歩行の業』は放出系の修行だと思って取り組んでいる。
私は操作系で、六性図では放出系の隣だ。
だから、こちらは不可能ではないはず。
ただし、足からオーラを放出して水の上で自分の体重を保ち、
さらに走ったりするとなると、純粋な放出系でもかなり困難な技術だと思う。
ゆえに苦戦している。
オーラの総量が少なくてはどうにもならないから、
普段から纏をしているのはもちろん、絶と練の修行も欠かせない。

他にもこんな『壁』があるのかと思うと、さすがにため息が出る。
自分の特性を生かそうと決めていても、最低限のことをするだけでこれだ。
せめて『操作系』を上手く生かせないだろうか。


ふとそんなことを火影様に相談すると、ひとつだけ解決策を示してくれた。
私の中に眠るかすかなチャクラを呼び起こして、使わせてくれる方法。

要するに、命令されればいいのだ。

たとえば、幻術をかけられたとする。
視界が支配されてしまっていても、
ネジか火影様に『解除しろ』と言ってもらえれば(その声が届けば)、身体が勝手に幻術返しを発動させている。
『服従者の義務』は、私の意思ではなく命令者の意思に従うのだ。

それができるとわかって、救われた気分だった。
自立できない依存的な能力だけどね。
それに、使っているのは鍛えてもいない脆弱な私のチャクラなので、多用は出来ない。
いざというときに切り札として使ったら、それで使い果たしてしまう。
現に、火影様に『命令』されて幻術返しをしたあと、尋常じゃない疲れに襲われた。
その後一日中、絶をして待っても回復する兆しはなく、ベッドに倒れこむといつもの三倍眠り込んだ。
だから、やっぱり『水面歩行の業』などは自力で会得しなくてはいけないわけで。


アカデミーの授業が完全に終わる時間になると、イルカ先生のところに行って新しい課題を受け取る。
『ひらがな』と『カタカナ』はハンター文字に近かったからすぐに覚えてしまったけど、
漢字については、巻物を読みながら辞書を引いて、少しずつ語彙を増やしている段階だ。
その巻物を通じて、『術』の基礎知識も学んでいる。

こなしているのはアカデミーの教材だが、イルカ先生は私の覚えが早いというので、
額宛を貰える日は近いかもしれない。と、勝手に思っている。

また、お互いの常識の相違を埋めるために、用語を説明する表も作った。
念に関することをはじめとして、私が言っていることを理解されないということは良くあるのだ。
ハンター文字の一覧表も作って手渡したから、
火影様や勉強熱心で好奇心旺盛な知り合いたちはだいたい読むことができる。


それから家に帰って、勉強して、食事を取って、シャワーを浴びて、黙想をして、眠る。


私の一日はだいたいそんな感じだ。



里に来て二ヶ月以上が経ち、水面歩行の業もなんとか出来るようになった頃、
私は再び火影様に呼び出された。



 main 
- ナノ -