07. 見えない背景に筆を下ろす


「どうだった?」

私はサクラと別れてからホカゲ様のところへ立ち寄った。
一日中サクラと手合わせしてみて、わかったことがいくつかあるからだ。
今日の試合はあくまで自分について調べるためだったのだから。

対戦を見ていたネジはすでに報告を済ませたらしい。
聞いてみたかったのだけど、此処にいないのだから仕方ない。

「私が見た限り、殆ど体術しか使っていなかったようだが?」
「ええ、私は自分のことが良くわからないから感覚に任せるしかないし、
サクラは私に合わせてくれたんだと思います」

私が何者だかわからない上に、躊躇いがちな攻撃をしてしまっていたから、さぞかしやりにくかったことだろう。
自分のことを自分で分析しながら動いていたから、ついつい控えめになってしまった。
いっそのこと、サクラに向かって挑発でもすれば、サクラは全力で戦えたかもしれない。
体術としては  特に後半は本気でやっていたようだが。

「ところで、サクラは此処でどのくらいの実力なんですか?」
「上忍、中忍、下忍という分類では中忍だな。私の弟子で、医療忍者だ」
「医療忍者……?ということは、戦闘の専門ではないと?」

もちろん知らない単語だったけど、組み合わせで大体の意味は推測できる。
医者と戦って互角というのは私にとってあまり好ましくないように思えた。
念で言えば、自分を治療する能力は強化系だが、他人を治療する能力はどうだろう。
弟子のサクラが『医療忍者』ということはホカゲ様も『医療忍者』なのだろうか。

「それでも、一人前に戦える。お前は、体術ではサクラに勝ったか」
「はい」

サクラは動きが綺麗で、たぶん強化系で、オーラのコントロールも上手いのだが、
此処では凝の出来る人が少ないせいか、凝への対策が疎かだった。
指摘したように、攻撃を繰り出す部位にわかりやすくオーラを集中させるものだから、
こちらとしては避けやすいしカウンターを出しやすい。

しかし、それはサクラが悪いというわけではないということもすぐにわかった。
むしろ、私の目や動きが良すぎるのだ。
ほとんど無意識に繰り出される動作や、頭に浮かぶことに、一瞬我に返って恐ろしかった。

「私…気づくとサクラの急所ばかり狙っているんです。
がら空きの体側に蹴りを入れるとかなら、いいんですが、
目で追うのは心臓、頚動脈、こめかみ、……。
ネジが止めてくれなかったら、少しの弾みでそれらを掻き切って殺していたかもしれません。
武器も持っていないのに、おかしいですよね。できると思ったんです。
そんな妄想、私は何者なんでしょう?

暗殺術も自然に使えました。それが暗殺術だとわかったし、
むしろそっちのほうが得意なのかもしれません」

記憶が残っていないから、戦闘は体の覚えていることに任せた。
その結果、私はこの身体の恐ろしさに気づいたのだ。

「ネジは、お前が一度定めた狙いをわざと外していると言っていた」
「そのとおりです」
「闇で生きていたというわけか」
「そのようです。報告を受けているかもしれませんが――」

そう言って、私は自分の着ていた服に手をかけた。
今この部屋に潜んでいる人は、私の部屋を見張っていた人と同一人物だろうか?
上着を脱いで、黒いアンダーウェアを捲り上げると、変色した肌が露になった。
この壮絶な身体にはホカゲ様でさえも息を呑んだのだ。

「見てのとおりです。全身こんなふうになってます。
こんな身体だから、きっと過去は悲惨なものだと思います」
「そうか……」
「だから、私は帰るのも思い出すのも恐ろしい。此処で役に立ちたいと思っています」

自分について知るたびに、その思いは強くなる一方だ。
この里の最高責任者であるホカゲ様に思いを主張して悪いことはないだろうと思う。
ホカゲ様は一瞬黙り込んだので、その間に上着を拾って、纏った。

「……お前の気持ちはよくわかった。私の見解を話そう」
「はい」

「まず、身体の動きは申し分なかった。十分ここでも通用する。

念という術も非常に興味深い。
私はこれでも火影になる前は様々な国を渡り歩いたが、全く聞いたことがない。
ここ数日間手を尽くして調べたが、情報は得られなかった。
それを惜しみなく齎すというなら、有益だと言える。
お前がどこから来たのかはわからないが、な。

私とネジを自ら『命令者』としたこと、その覚悟は信頼に値すると受け取った。
これからは引き続き、お前が持つ術の知識をこちらに提供し、また、逆にこちらのことを学ぶことに時間を費やして欲しい」
自分の正体についての謎は悲しかったけど、それは妥当な意見だったので、喜んで頷いた。

「はい。実験的なことにもある程度協力したいと思います」
「うむ、様子を見て今日のように模擬戦闘を行うこともあるだろう。常識の相違については、アカデミーの講師をつける」
「アカデミー?学校ですか?」
「ああ、だが今から入学するには年齢がな。制限はないが、やはり必要以上に浮いてしまう」
「そうですか」

私に今絶対的に欠けているのは、知識だ。
記憶を失って、常識さえも通用しない。
ここの戦闘に使われるのは、念ではなくて『忍術』。
それを扱うのは、ハンターではなくて忍。
常識とされる情報も持っていないようでは、任務に臨めない。

その基礎的な知識を学ぶために学校に通うというのはいい案のように思うのだけど、
ホカゲ様の言い草だとアカデミーというのは私よりもずっと年下の子供が通う場所のようだ。
ただでさえ異端なのに、そんな場所に馴染む自信はない。
というか、馴染めない自信があった。

「文字さえ読めれば、少しは独学でなんとかなると思うんですが……」
「文字が読めないのか?それならやはり事前にアカデミーの教材を用意させた方がよさそうだな」
「そうしてくださるとありがたいです」
「忍術については無理に習得する必要はない。
忍として一から鍛えるよりも、今の能力を活用したほうが良さそうだ。
だが、戦いの場で相手の能力について予備知識があるに越したことはない」
「はい。そう言っていただけるとありがたいです」

たしかに、チャクラはオーラと違うものだと証明してしまった以上、
念が使えるからといって忍術が使えるというわけではない。
私は念使いとしては、ほどほどの実力があると思うのだが、
一から忍術というものを学んで、すぐに使えるレベルに達するとは思えない。
忘れてしまった念能力を開発するだけで精一杯だ。

「それから、少しずつ任務にも参加してもらう。手伝いという立場でな。
始めは簡単なものだが、『命令者』であるネジがいる班に混ぜることが多いだろう。
まだお前の実力が実際にどの程度なのかわからない。
が、アカデミーで学ぶべきことをすべて理解したらひとまず額宛を与える」
「額宛?」
「この里の忍である証だ」

その言葉に、私はごくりと唾を飲んだ。
沸きあがったのは歓喜だということを明記しておく。
すこし頑張れば、正式に此処に居場所を用意してもらえる。
未来は、ひたすらに明るかった。

サクラに貰ったクナイを、ポケットの中で強く握る。
それを手に取ると安心するのは、もともとの持ち物のナイフと似た形状だからだろうか。

私はゆっくりと床に片膝をついた。
ホカゲ様に対しては敬語を使い、絶対に服従することを決定事項にしていた。その確認だ。
この行動に意味があるのかはわからないが、少なくとも覚悟は念の威力を上げる。

「私は、あなたの御心のままに」

思えば、今私が身につけているものは服も武器もすべて『此処』のものだ。
私は、これからこの木の葉の里の民になりたい。

そして、私の生活が始まった。



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