一回戦の相手はサクラだった。
たしかに妥当な人選と言えるのかもしれない。
森の中に空いた広場のような場所で、
見守るのはホカゲ様、シズネと呼ばれた女性、ネジの三人。
その他に姿を見せない監視役が二人。
ルールは、お互いの腰に括りつけた小さな鈴を奪った方が勝ち。
形式は少し違うが、シノビになるための試験もこの鈴を使うらしい。
「互いに手加減は無用。忍術、幻術、体術、忍具の使用も自由。
ただし止めの声がかかったら即座に動きを止めること」
「心配なさらなくても、私はオートで止まりますよ。そういう能力ですから」
すると事情を知っている三人は苦々しい表情を作った。
事情を知らないサクラは首を傾げている。
自分の能力が広く知れ渡るのは良いことではないので、必要がなければ他言しない約束をしてもらっている。
「では、開始」
ホカゲ様の合図で私たちはお互いに向ける意識を強めた。
間合いは10メートル強。手の内は全くわからない。
さて、どうしようか……と、サクラの様子を観察しながら考えた。
纏は淀みないけれどオーラの総量が多いという印象も受けない。
コントロール重視なのだろう。
戦闘に出てくるということはそれなりに戦えるということだ。
能力は……、系統は……、
隙を見せているつもりはないが、突っ立っているだけの私に痺れを切らしたのか、
最初に動いたのはサクラだった。
地を蹴り、距離を縮め、小さな武器を投げて私の動きを定めようとする。
そういえば……、
「そういえば火影様、忍具の使用は自由とのことでしたが、あの娘に武器は返したのですか?」
「いや。返してないな」
素晴らしいタイミングでこんな会話が聞こえてきた。
まあ、武器を持っている方が有利とは限らないからよしとする。
サクラが投げたものをいくつか受け止めたけど、投げ方がわからないから後ろに捨てておく。
それから、サクラは手の指を組んで形を作った。制約と誓約だろうか。
「肢曲?」
に、似てる。
でも、いくつかの残像が現れたという点では一緒だけど、
数が固定されているし、オーラを感じるから、具現化系の能力なのかもしれない。
そもそも、サクラは肢曲を使う人間のイメージとかけ離れていた。
だって肢曲を使うのは――、
((そこで一瞬、何かの映像が素早く脳裏によぎった気がしたけど、
無意識の内に途切れ、すぐに別の方向に繋ぎなおされたことに私は気づかなかった))
――肢曲は、暗殺術の一つなのだから。
まあ、此処で軍人的存在の『シノビ』がそれを教えられていても不思議はないのかもしれないが。
攻撃を避けるくせに、私があまりにも無抵抗なものだから、サクラは狙いに躊躇いがあるようだった。
何もかも珍しいから、思わず観察癖が働いてしまうのだ。
それは良くないな。と思って、サクラがほんのわずかに油断した隙を見て背後を取った。
サクラは私の動きが追えなかったようで、この身体はとりあえず体術として優秀だ。
その瞬間に鈴を奪えるかと思ったけど、そのとき、腹に鋭い蹴りが入った。
見た目に反して衝撃はない。
「6割……、かな」
「え」
全く動じない私に対してサクラは動揺を見せた。
堅で強化した部分を吹っ飛ばすには少し威力が足りなかったのだ。
私自身は強化系ではないけれど、流を磨けばこれくらいはできる。
オーラのコントロールは得意みたいなのだ。
サクラが無意識に手加減していたこともあるが。
表情が変わったサクラは、掴まれていない方の手で新たな武器を取り出した。
私はそれを避けるとともにサクラの頭上を飛び越えて背後に回った。
今度はサクラも素早く反応して振り返ったので、大人しく間合いを取るに留める。
「さて、ラウンド2。今度は手加減しないでね?」
声を掛けて、今度は私が動いた。
さっきのサクラに乗じて、今度は私が本物の肢曲を見せてあげるつもりだった。
案の定、サクラは私の残像にぐるりと囲まれて軽くうろたえた。
「そんな、印も組まずに!」
印とはさっきの指の動きのことだろうと理解する。
此処では念能力、つまり忍術が一般化されているのだから、
制約と誓約も共通のものになっているのだろう。
「肢曲は念……忍術じゃないよ」
思わず口を出す。
戦闘の目的は私の常識と此処の戦闘的な相違と特性を知ることだから、
お喋りが必ずしも悪いとは言えない。
現にサクラも乗ってきた。
「幻術?」
「その定義がわからないけど、暗殺術の一つなんだ」
暗殺、というと明らかな警戒が向けられたので補足する。
「ホカゲ様がさっき挙げた中では、敵を惑わすという用途的には幻術かもしれないけど、
単なる足運びの応用だから体術っていうのに分類されると思うよ。ちなみに念は使ってない」
「念?」
「チャクラ、は使ってない」
サクラのために訂正をした。
私は昨日まで念=忍術に位置すると思っていたのだけど、
忍術と同列に、幻術という操作系のようなものや、体術という強化系のようなものが存在するなら、
忍術というのはそれ以外の系統……念よりも狭い範囲のものを示していたのかもしれない。
だからこの言い方が一番妥当だと思ったのだ。
会話の返答も待たずに、私はサクラの背後から
鈴を奪、おうとしたとき、強いオーラを纏った拳が飛んできた。
懸命なことに、サクラは肢曲を見極めようとはせず、来るとわかっている場所に意識を集中させていたようだ。
一打目を避けると、勢いがつきすぎて地面にぶつかったそれは、大地に亀裂を入れていた。
サクラは強化系のようだ。その一撃は素晴らしいけれど……。
がら空きになった体側に蹴りを入れる。すると、簡単に崩れ落ちた。
「流がなってないね。そんなにあからさまにオーラを集めたんじゃ、
どこから攻撃が来るのか一目でわかっちゃう。防御にも回らないし」
サクラはすぐに立ち上がったけど、
その隙に、首元にさっき拾っておいたナイフのような武器を突きつけた。
もともとの武器がナイフだったと思われることもあり、嬉しいくらい扱いやすかった。
「ねえ、このナイフ」
「クナイのこと?」
「クナイっていうのね。とても手に馴染むの。一般に売っている物?」
「そうだけど……、」
動けないサクラに対して私は嬉々として好き勝手な話をした。
「サクラ。貴女、きっと強化系ね。硬は素晴らしいけど、堅や流を知らないのかしら。特に流。
攻撃にばかりオーラを集中させるから、それ以外の部分を突かれたら終わってしまうのよ」
「ちょっと待って、硬とか堅とか……何の話?」
「私のところではそう言うの。硬は攻撃、堅は防御、流はその調節、とでも言えばいいかしら」
それから肢曲の話をして、
サクラのあれが「分身の術」というものだったことを知ったところで、ホカゲ様が止めの号令をかけた。
気づいたらルールも無視して勝手な講評を始めてしまっていた。
「一回戦、勝者ティア」
模擬戦にしても組み手にしてもあまりに緊張感のない試合だったけど、
形だけちゃんとホカゲ様が締めくくった。
あんまりの内容だったから、その後反省して、ホカゲ様が帰った後にサクラと二人で組み手をした。
でも、何度やっても勝つのは私だった。
サクラが優秀だとわかっているけれど、動きが遅く感じる。私が目敏すぎるせいだろうか。
その日の終わりに、サクラは一本のクナイを私にくれた。