私はホカゲ様とも"契約"した。
これで、服従者である私は命令者である貴女の命令に従う義務を負ったことになりました。
そういうと、ホカゲ様は最初の日と同じように私にペンを投げてきた。
「動くな」という言葉を添えて。
当然、動けなくなった。
瞬きも出来ずに、剛速球のごとく飛んでくるペンの先端を見つめていた。
さすがに堅で防御するくらいは許されるだろうか?
そう思って、顔にオーラを集めた。
すると、まさに寸前のところでネジがそのペンを掴んだ。
視界の端でそれを捕らえた。
私の念は思ったより強力で、『動くな』と言われたから黒目さえ動かせない。
心臓が動いていることだけが救いだ。
命令はまだ解除されていなかったから、声も出せず、ネジにお礼も言えない。
それに気づいたのか、ホカゲ様が「もう動いていい」と命令を解除した。
「ありがとうネジ」
「ふむ、話は本当のようだな」
ホカゲ様はあくまで冷静に頷いた。
ネジは鋭くそれを睨んだ。
「悪意しか感じられない」
「そうなるように投げたからな。だが、あれくらいで傷がつくと思ってはいなかった」
「まあ確かに、傷になったとしても大したものではなかったと思います」
オーラを纏わされたペンなら致命傷の可能性もあったわけだが、
単なる剛速球というだけだったから、動けなくてもオーラで防ぐことが出来たわけだ。
そもそも他に酷い傷跡ならいくらでもあるから今更一つ増えても変わらない。
ネジは私の顔を奇怪そうに見た。
「それから、命令解除は"解除する"って言葉だけでも大丈夫ですよ」
「わかった」
私は攻撃されたということに対して悲観していなかった。
死の恐怖があったわけじゃない。これで信用が買えるなら安いものだ。
むしろ、止めてくれたネジの優しさに感動しているくらいだ。
「じゃあ次は水見式の説明ですね」
「ああ」
「まず、念の系統は六つあって、それぞれ強化系、変化系、放出系、操作系、具現化系、特質系といいます。
特性は名前の通りだと思ってくれればいいです。
オーラで肉体や物を強化したりするのが強化系、オーラの性質を変えるのが変化系、
オーラを放出して攻撃したりするのが放出系、人や物を操るのが操作系、
オーラを物質化するのが具現化系、このどれにも当てはまらないのが特質系」
一気に説明して大丈夫だったかな?と一瞬思ったけど、
二人は興味津々で聞いてくれているようだった。
私は説明を続ける。
「あくまで得意分野という枠組みでしかないので、
たとえば強化系なら強化系の能力しか使えないというわけではなくて、
だいたい変化系と放出系の能力が80%、操作系と具現化系が60%、特質系は0%くらいの精度で使えます。
これは六性図というものを書いたときの位置的な関係で決まります。
特質系は、位置関係でいえば40%ですが、特質的な要素を持ち合わせていなければ常に0%です」
私は空中にオーラで六角形を作って、それを指して説明した。
普段当たり前だと思ってることを改めて説明するのはなんだか妙な気分だ。
ここでもう一つ疑問を持ってみる。私が念を覚えたのはいつごろだろうか?
「水見式は念の系統を検査する方法で、
コップなどに水を入れて、葉っぱのような軽いものを浮かべます。
それに両手をかざして練をして……」
「練?」
「ええと、ようはコップ、水、葉っぱにオーラが当たるようにするんです。実践してもいいですか?」
「ああ。……シズネ」
ホカゲ様は傍に控えていた女性に声を掛けた。
それに応えて、彼女は部屋から出て行く。
そして、すぐに水見式の用意を持って戻ってきた。
「口で説明するよりも早いので、やってみますね。見ててください」
そういえば、ホカゲ様は凝が得意ではないようだけど大丈夫だろうか。
どちらにしろ、ネジがいれば問題ないか。
私は昨日部屋でやったのと同じようにグラスに手をかざして練をした。
すると、無風状態の部屋で水に浮かべた葉っぱが揺れ動く。
「!」
それを見て、部屋にいた三人は反応を示した。
水見式を知らない人が見ればたしかに特殊なことに感じるのかもしれない。
操作系の反応は少し地味かもしれないけど。
「ええと、私は操作系なので葉っぱが揺れます。
強化系だと水の量が増えて、変化系だと水の味が変わって、
放出系だと水の色が変わって、具現化系だと不純物が現れて、特質系はその他の変化と言われています」
「……シズネ、お前もやってみろ」
「はい」
シズネさんが近づいてきたので、私は場所を譲った。
チャクラを掌に集めればいいんですよね?と聞いてきたので、
多分そういうことになるんだろうと思って頷いた。
その優秀な人は高い精度で"チャクラ"を手に集めてクラスに翳した。
そう、あれが"チャクラ"だ。"オーラ"ではない。
唐突にそう思った。確信だった。
「なにも起こりませんが」
「一応、舐めてみてください」
「無味です。……何か不具合があったでしょうか」
ホカゲ様の表情を横目で見ながら不安げな顔をする人を見て、思った。
やっぱり、と。直感的に感じたことを口にする。
「いいえ。一見、問題はありませんでした。
だから多分、やっぱりチャクラはオーラと違うものなんだと思います。」
「違う?」
「まったく別の物みたいです。それを証明するために、
今度は私があなたたちのオーラの質を判別する方法というのを試したいんですが」
ただし、これを認めてしまうということは、私の存在をさらに危ういものにするということだ。
唯一残っている私の常識が間違っているわけではない。
なぜなら、私は水見式を行うことができたのだから。
けれど、此処の人たちは似ている力を持っているのに、水見式ができない。
似ていて、異なるなんて。
存在の定義が違うなんて。
私はどれくらい遠い場所から来たのだろうか。
私は何者なのだろうか。本当に彼らと同じ定義の人間なのだろうか。
生物としての根本的なものが、違ってはいないだろうか。
「シズネ」
「はい、すぐに持ってきます」
用意された紙は、どう見てもただの紙に見えた。
オーラも感じない。
それでも、水見式に使うのはすべてどこにでもある何の変哲もないグラス、水、葉っぱだけど、
この紙はチャクラに反応する特殊な材質で作られているらしい。
「練の要領ですね?」
私は紙を指に挟んで練をした。
当然、何も起こらない。
「ネジ、白眼で奴のチャクラが見えるか?」
「ああ。不備があるようには思えない。だが、たしかにチャクラとは少し違うようにも思える」
「"オーラ"か……」
ホカゲ様は感慨深そうに思考したあと、私を見据えて言った。
「どちらにしろやることは変わらないな。
自分の能力を正確に把握し、こちらの忍に対抗する戦闘術を磨くことだ。
そして同じように我々はお前を見定め、力量を測らねばならない。つまり、最初の任務は演習だ」
「演習……。具体的に何をすればいいんですか?」
「模擬戦闘だ。対戦相手はこちらで用意する」
「わかりました」
そしてその日の午後に第一回戦を開始すべく、演習場という場所に移動した。