04. 得るために捧げるもの


サクラとの買い物を終え、用意されたマンションの一室に案内され、私は一息ついた。
「上がっていって」と言えるほどマンションに物があるわけではないので、玄関で別れることとなった。

服は殆どサクラに選んでもらった。
自分が昔どんな私服でいたのか思い出せなかったからだ。
喜んで選んでくれたけど、私は感性を一から作り上げていかなきゃいけないと思った。
それから、傷を隠すために薄手の黒を下に着なくてはいけない。
食器や食料なども最低限購入した。

サクラは私が『記憶喪失で、役に立ちそう』ということだけ聞いているらしい。
話せば話すほどサクラは頭が良いことに気付く。
ホカゲ様がそんな優秀な弟子を遣わせてくれたのは、私を信用しているからか、その逆か。
……いいや、信頼は自分で掴み取らなくてはいけない。

買った物を整理した後、私は一つの水を入れたガラスのコップを机に置いた。
水見式をするためだ。
自分の系統もわからない、なんて状況を打開したかった。
系統がわかったからって、何か思い出せるとは思っていないけど、念能力を作り出すことはできる。

練をすると、水に浮かべた葉っぱが揺れた。
操作系か。
操作系の能力は大きく二つに分けることが出来る。
武器などの媒介を操作して人に攻撃・作用させる能力と、直接人や動物を操る能力だ。

私はどちらにしよう。
別に今すぐに決める必要はないけど、今考えておかない理由も無かった。
戦闘の際に実用的な念能力は必要だ。

とは言っても、私は自分の基本戦術さえ知らない。
武器にナイフと大量の暗器があったが、それだけだ。
マニュアル的な使い方はわかるけど、それを生きる術にしようとは思えない。
そういえばネジに預けたまま返してもらうのを忘れている。
でも、返してもらってもどうするというわけじゃないから、放っておいていいかもしれない。

ホカゲ様に与えられる予定の仕事も、どんなものかわからない。
故に、どんな能力が必要かわからない。
武器を返してもらわないことにするということは人を操る能力になるけど、詳細はホカゲ様と相談した方がよさそうだ。
どんな能力なら都合がいいか、どんな能力が求められるか。

迷った末、そんな実用的なものとは別に、私はとりあえず信用を得るための一つの能力を決めた。大抵の念能力者が2,3個の能力を持っている。
別に余計なものがあってもいいだろうという考えだが、内容的には「どうしてわざわざ」と思われるようなものだった。


『服従者の義務』 操作系能力

オーラを纏っている間は反射的にこの義務が適応される。
命令者を定め、その命令者を五感の範囲内で感知できる際、

第一条。服従者は命令者に危害を加えることが出来ない。
また、看過することで命令者に危害が及ぶ危険を見過ごすことが出来ない。

第二条。服従者は命令者に与えられた命令に服従しなければならない。
ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条。服従者は第一条および第二条に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない。


これは得体の知れない自分への牽制だった。
ある日突然記憶が戻ったときに、もしかしたら私は、
現在の日々を忘れていて、恩を仇で返すようなことをするかもしれない。
そのときに反射的に体が動くように。約束を守れるように。

私は昨日自分の体を見て、考えが変わっていた。
出来るだけ長くこの里にいたい。
きっとその方が幸せだから。
自分を操作してでも、有益な存在になってみせる。

そのためにも、早く基本戦術を整えなきゃいけない。
思い出そうとしてもどうしようもならないから、誰か手合わせしてくれないだろうか。
修行したい。しなくてはいけない。
ホカゲ様かサクラに相談してみようか。

その日はそこで思考を打ち切って、シャワーを浴びて布団に入った。
服を脱いで鏡を見るのはやっぱり躊躇われたから、明日布か何かで覆ってしまおうと思った。
ベッドではなく布団、というのが変な気分だったけど、我侭だと思った。


次の日、玄関の扉をノックしたのはネジだった。

「火影様がお呼びだ」
「ネジ、一昨日ぶりだね?もう会えないかと思った」
「事情を知っている者の方がいいだろうという配慮だ」
「そう…」

その配慮がとても嬉しい。
こんな些細なことに喜ぶなんて、今まで幸せじゃなかった証拠でもあるけど。

「私、貴方にお礼を言いたいわ。この里に招き入れてくれてありがとう。役に立つように頑張るわ」
「里の目の前にいたから報告の義務があっただけだ」
「ええ、でも結果的に感謝しているの」

最初に出会ったのがネジじゃなければ、現在の状況は少しでも違っていたかもしれない。
ifを語ってもきりがないけど、今に感謝するならネジに感謝しない手はない。

ホカゲ様の屋敷に向かいながら、ネジが思い出したように言った。

「そういえば、火影様から伝言だ。俺を『選ぶ』と。なんのことだ?」
「ああ、ホカゲ様は貴方を選んだのね」

二人目の『命令者』に。
成り行きとはいえ、私に関する事情を一番わかっていて、
“凝”が出来て、実力もあるネジを。納得の出来る決断だ。
私は早速契約を交わすことにした。

「ネジ、手を出してくれる?」
「なんだ」
「失礼するわ」

短く断りを入れて、私はネジの手を取り、床に片膝をついて、その甲に口付けた。
忠誠のキスだ。
瞬間、「何をする!」と言って、思い切り振り払われた。

「ごめんなさい、制約と誓約なの」
「制約と誓約?」
「こちらだとなんて言うのかしら。念能力を発動する前に行う、儀式みたいなもの」
「どんな儀式だっ!」

ネジは頭に血を上らせて、手の甲を擦っていた。汚くはないと思うんだけど。
私は『服従者の義務』について説明した。貴方を『命令者』にした、と。

「つまりね、これで私はオーラを纏っている間、無意識に、
貴方に危害を加えられないし、加わろうとすればを阻止するし、
見聞きした貴方の命令に従うし、それ以外は自分の身を守るわ」
「それがお前の術、なのか?」
「ええ、とりあえず一つ目のね。あとはこれから考えるんだけど」
「術を考える?」
「? なにか、おかしい?」

多分また文化の壁にぶち当たったんだと思うんだけど、
ネジはどう表現するべきか迷っているようで、言葉を濁していた。
私はとりあえず報告を続ける。

「昨日水見式をやったの。それで、自分の系統がわかったの。
えーっと、系統の分け方が違うから、水見式の文化もないわね?」
「ああ」
「ようは系統判断の手段なの。やり方についてはホカゲ様のところで説明するけど、
これで私は発の系統がわかったから、どんな術にするか決める段階に入れたのよ」
「一つ聞くが、“念能力”は自分で決めるもので、一人一人違うのか?」
「ええ、当然……じゃないの?」
「違う」

聞けば、此処での術というのは“受け継がれる物”で、
基礎は里全体が同じものを使うらしい。
というか、シノビを育成するアカデミーというものがあって、そこで習うらしい。
忍術は里ごとに特色があって、というかコノハ以外にも隠れ里というものがあるらしい。
また、一族ごと受け継いでいる技というものもあって、
ネジの眼も『血継限界』というものの一つだそうだ。

「うーん、軍事国家?なのかしら。念が兵器として使われているなんて。
統制されて、誰にでも使い勝手が良いように型にはめられているのね」

逆にハンターは物凄く個人主義だ。
個人の資格だし、基本的には個人の意志がすべてだ。
根本にある思考が違うのだろう。

「とにかく、制約と誓約っていうのは勝手に決めるけど個人には絶対のもので、
破ったら最悪念能力全体を失う可能性があるの。だからとりあえず私のこと信用してくれないかしら。
嘘をついている可能性は相変わらず否定できないけど、事実、私きっと貴方の命令に従うわよ」
「どうしてそこまでする必要があった?」
「どうしてって? 大丈夫。最悪の場合は、とりあえず絶状態になるから。
まあ、それでは貴方に簡単に殺されてしまうけど、しかたないね。
死ぬよりも嫌なことが起こった場合は、運が良ければ逃げることくらいできるかもしれない」



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