02. 始まりそうな色を塗る


門番のような人たちに事情を説明したらしいネジは、私を里に入れる許可が下りるのを待っていた。
彼らも念能力者のように見える。
国境がそんな風に守られているなんて、此処はそんなに重要な場所なんだろうか。
面倒なことになると嫌なので、私は武器になりそうなものをすべてネジに預けていた。
その量は笑い事かと思うほどで、ネジは閉口していた。
現在私は完全に布製の衣服しか身に着けていない。

「それにしても、その服装は目立つな」

やっと一時的な許可が下りて、さあ行こうというときに、
ネジが不意に私の格好を眺めて、言った。
案の定、全身黒ずくめの装いは思い切り違和感を放つらしい。
私が余所者ということもあり、通りを歩けば人目を引いてしまうだろう。

「不都合なら脱いでもいいよ。中は殆ど下着みたいな格好のようだけど」
「脱げとは言っていない」

冗談のつもりで言ったら、厳しい口調で返された。
動きやすさを重視しているのか、私は暑苦しいようでそんなに重装備じゃなかった。
時間が与えられたら、まずは買い物をしようと思う。


実際に“里”の中に足を踏み入れて、思ったことは、違和感が溢れている、ということだった。
完全に見ず知らずの場所なのだ。
それどころか、そこは私が思い描く、今まで行ったことがあるのだろう、どの国たちとも違っていた。
何気なく道を歩いている人ごみの中には念能力者が多い。
しかし、念能力者にしてはどこか違っている、そんな念能力者ばっかりだ。
ネジを見たときも違和感を感じていたけれど、改めて街中の人々を観察すると、それが顕著だった。
それから――文字が読めなかった。

「ねえ、あれが此処の共通語なの?」
「そうだ。お前は違うのか?」
「言葉は通じるのに、文字は」

見たことがあるような、ないような。
ファッションやアートの一部になっているかもしれない文字だった。

「読めないのか?」
「全く。もしかして、紙幣も違うのかな?」
どうだろうな」

私たちは一旦立ち止まって、それぞれ荷物から現金を取り出して見せ合った。
案の定、それは似ても似つかないものだった。

「うわあ、どうしよう」

思わず呟いた。結構あると期待していたお金が紙くず同然だなんて。
お金が無ければ、生活できない。仕事を探すにしても、当面の資金が無ければ。
どこかに両替できる場所はないかな? 他に持っている金目のものはなんだろう?
そんなことをつらつらと考える。
せめてハンターライセンスが役に立てばいいのに。

私が悩んでいるとネジも眉を寄せたが、そうしていてもどうにもならない。
「とにかく行くぞ」と言って歩き出し、ホカゲ様のところに案内された。


「その女か」

ホカゲ様と呼ばれた人物、つまり『この里のトップ』は女性だった。
しかも若い――少なくともそう見える。
煌びやかな衣装を着ているわけではないので、王制ではないことを知る。
それどころか彼女は相当の念の使い手らしくで、強さが見て取れた。
血ではなく、実力でその座に上り詰めたのだろう。隣に控えている黒髪の女性も強い。
“不審人物”である私が特に拘束されたりしていないのは、いざとなったらその手で捕らえられると思っているからか。
ネジが簡潔に説明する。

「門の近くで見つけました。妙な術を使い、記憶がないと主張する女です」
「ふむ、どんな術だ?」
「チャクラを自分を中心とした球状に広げたり、形作ったりする」

チャクラとはオーラのことだろうか、とぼんやり思った。
ネジが言っているのは円と、オーラで鳥を象ったことだろうか。
たしかに精度には自信があるけれど、そんなの、このホカゲ様という女性にも簡単に出来ることだろうに。

そう思いながらも、ここでは事情が違うのだろうと思って、
とりあえず人差し指を立てて、その上で鳥を象ったオーラが羽ばたくようにする。
どうやら私はオーラのコントロールが得意らしい。

ホカゲ様はそれをじっと見ていた。けれど、凝をしたわけじゃない。しいていうならただ凝視しているだけ。
凝のようにオーラが目に集まっているようで、あまり集まっていなくて、その精度はこの人の強さに見合わないと思った。
もしかしてここには凝というのもないのだろうか。
いや、けれどネジには見えていた。それが特殊なのだろうか。

「たしかにうっすらと鳥の形をしているように見えるな。それは何かの術か?」
「いえ、"発"かという意味では、ただのオーラ……チャクラコントロールですよ」
「ただのチャクラコントロール、ねえ……」

そう呟いて、ホカゲ様は手元にあったペンを取ったかと思うと、
不意に立ち上がって、それを思い切り私の方に投げた。
恐ろしいスピードで空気を切り、良い音を立てて真っ直ぐに向かってきたそれを、
私は事もなく掴んだ。掴んでしまった。
当然のように目で追うことが出来た。何も考えずに最小限の動きが出来た。
ネジが驚くのが気配でわかった。

「危ないですよ」
「一般人ではないようだな」
「ハンターのようですから」
「ハンター?」

見覚えのある反応に、私はいよいよ諦めを覚えた。
つまり、此処はハンターのことさえ知らない、独自の文化で念のようなものを作り上げた地域なのだ。
ハンターさえも立ち入らないような辺境の地なのだ。
おかしな話だった。辺境の地にこそハンターは立ち入るはずなのに。

私はあまりに遠くにきてしまったようだ。
記憶はないけど常識はある。
つもりだったのに、その常識が通用しないような場所に。

仮説として浮かんでいるのは、
私が此処にいるのも、記憶がないのも何者かの念能力のせいだろう。
ありうる話だ。迷惑極まりないけれど。

「念能力を使う職業のことです」

実際の定義はそうではないが、一々説明するのは面倒だった。
するとさらに「念能力とは?」と問われて、溜息が出る。

「オーラ……貴方たちで言うチャクラのようなものを操る能力のことです」
「先ほどのチャクラコントロールのように?」

聞かれたので、私は再び掌のオーラを弄んだ。

「これですか? これはまあ、おまけみたいなものですね。
攻撃や防御や特殊能力やら、多種多様の欠かせないものですね。
念能力者に対抗するには念を覚えていないとどうにもなりません」
「では、なにか術を見せてくれるか?」
「それは出来ません」

きっぱりと断ると、ホカゲ様の目が厳しくなった。

「何故だ?」
「私には自分に関する記憶がありません。
念の概念は覚えていても、自分の系統も忘れてしまいました」
「系統?」
「まさか、此処には系統がないんですか?それによって発の種類が決まるのに」
「性質変化は "火" "水" "土" "雷" "風" の5つに分けられる。これを『五大性質変化』と呼ぶ」

ああ、分け方が違うのだ。
ここでは水見式が開発されていない、ということなのだろう。
別の方法で区分を作っている。
けれど、

「つまり、区分があるのは変化系だけなんですか?」
「変化系?」
「オーラの性質を変える能力や、それを得意とする人のことです」
「忍は殆どの者が5つどれかの性質に当てはまるチャクラを持っている」

全員が変化系?まさか、そんなことはないだろう。
仮に操作系の能力者でも、40%の精度で変化系の能力が使える。
だから、すべての能力者にも変化系のように、オーラの性質というものがあるのかもしれない。
もっとも、例えすべての能力者が変化系だとしてもその特性はたかが5つ分けられるとは思えない。
具体的には思いつかないが、きっと例外が多すぎる。

それを無理やり変化系のような五つの区分に当てはめて、術を作っている?
そんな、自分の系統を曖昧にしたまま術を使っているのだとしたら、私たちとは大きく外れているはずだ。
少し興味が沸いた。彼らの使う術とはどんなものだろう?

そこではっと本来の目的を思い出した。
念の解説を完璧にしようと思ったら一日じゃとても足りない。
文化の相違点を挙げていったら日が暮れてしまう。

「聞かれたことには正直に答えます。文化の相違は痛いほどわかりました。
私の中にある知識は此処では珍しいもののようだから、欲しいなら差し上げます。
でも、その代わりまずは私の主張を聞いて下さい」
「なんだ?」

冷静で威厳があって強い。
こんな女性がトップにいて、念能力者がうろうろしている。
きっとこの国は強いのだろう。

「私には記憶も、悪意も、お金もありません。
だから、しばらくこの国……里?に滞在する許可がほしいんです。
信じてほしいとは言いません。私も信じられないから。
勿論条件付で構いません。大抵のことには従います」
「許可を得て、どうする気だ」
「まず仕事を探します。
何か手掛かりが見つかればいいけど、可能性は薄そうだから、お金を貯めたら出ていきます」

記憶が無くても、ライセンスがあれば大抵の場所なら生活できるし、自分の情報も調べることが出来る。
自分でも恐ろしいほど冷静だ、と思ったけれど、
あまりにもありえないことが起こりすぎて、一気に沢山のものを失いすぎて、私は感情さえも薄くなってしまったらしい。

私の言葉を聞くと、ホカゲ様はしばらく考えた。それから、「よし、」と呟いて、言った。

「許可する」
「条件は?」
「里の監視下にあること、無断で里を出ないこと、里の人間に危害を加えないこと。
それから、仕事はお前の能力を確認した上でこちらで決める」

前半の条件は当たり前すぎていた。
最後の条件は、果たして吉か凶か。
就職先を見つけてくれるのはありがたいけれど、私が念能力者で、
よっぽど役に立たなくない限りは、きっと明るい職業に就けない。
ハンター、軍人、護衛、暗殺者、スパイ……。
けれどそんな職業の方が楽に稼げることを私は知っていた。

状況が変わるのはいつになるかわからない。
それまで自分の居場所を作っておくのは悪いことではない。

「わかりました」



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