ガクンと大きな衝撃と共に、私は目覚めた。
既に眼は開いていたけど、まるで長い白昼夢から醒めたようだった。
「此処、どこだろう……」
見上げれば、樹齢何年とも知れない大木に囲まれ、
青い空は遠く、鳥の囀りが聞こえた。あまりに穏やかだった。
私は地面に座り込んでいた。
けれど、そんなことに構っていられないほど実は事態は深刻だった。
なぜなら見たところ深い森の奥らしいこの場所に全く見覚えが無いからだ。
せめて今まで自分が何をしていたか思い出そうとして、私は更に愕然とした。
私には何の記憶も残っていなかったのだ。
そんな馬鹿な。自分の名前も思い出せないなんて。
ネジは任務を終え、里に向かっていた。
途中、不意に何者かの気配を感じ、立ち止まった。
その方向を白眼で視ると、其処には女がいた。
女は地面に座り込んだまま呆然と何かを呟いた。
驚いたことに、チャクラに似た何かを身に纏っていた。
暫くどうしていいかわからずに呆けていた。
生温い風が頬を撫でていき、慰められているように感じた。
私は自分の荷物を確認することにした。
すぐにケータイが出てきたが、残念なことに、
使った形跡があるにも拘らず、何のデータも残されていなかった。
しかし財布には現金の札束とカードが入っていて、私はそれで自分の名前を知ることが出来た。
更にハンター証もあったことには驚いた。
私はそれからいろいろな場所を探って手持ちの武器を確認した。
ハンターなら何か持っているだろうと思った。
案の定、数え切れないナイフと、体中に仕込まれた暗器が出てきた。
ナイフには血がついていたが、怖いくらいに手に馴染んだ。
服装は黒が基調で動きやすいようになっていた。
と言えば聞こえはいいが、シンプルすぎるくらいシンプルで、街を歩くための服ではないことがわかる。
中途半端に長い髪も黒く、闇になら溶け込むかも知れないが、この森の中では浮いている。
怪しい上に、よっぽど趣味が悪いと思った。
次に解決すべきことは此処がどこなのかだ。
正確に言えば人里の位置。
これくらいのお金とハンター証があれば、きっと記憶が戻るまでくらい生活できる。
そのためには人里を探す必要があるのだ。野宿の用意は何一つ持っていなかった。
周囲の様子を探るために“円”をしようと思い、
自分は念能力者であり、知識を持っていることに気付いた。
わからないのは系統などの自分自身についてのことだけで、
その記憶がすっぽりと抜け落ちていた。
女が動作を止め、静かに眼を閉じると今度は女のチャクラが膨らみ始めた。
まるで風船に次々と空気が入っていくように、チャクラが急速に空間に広がる。
そして数百メートル離れたこの地点まで殆ど一瞬で飲み込もうとしていた。
ネジは近づいてきたチャクラの風船から逃れたが、一瞬触れたせいで女はこちらに気付いてしまったようだった。
見えていないはずのこちらを真っ直ぐ見つめ、立ち上がって歩き出した。
ネジは白眼で警戒してそれを待つ。
白眼を使わなくても姿が確認できるほど近づいた時点で、女は尋ねた。
まるでこちらには全く警戒していないかのように。
「此処はどこですか?」
「何者だ」
彼は私の質問には答えず、文字通り白い眼で私を睨んでいた。
「怪しい者じゃないの。名前はティア。ハンターなの」
自分が何者かなんて私が知りたいことだけれど、
ハンターだと告げればある程度の信頼はされるだろうと思った。
ハンターとはそういう職業なのだから。
けれど彼からは予想外の回答が返ってきた。
「ハンター? なんのことだ」
「ハンターはハンターよ。あなたも念が使えるんだから、知らないわけないでしょ?」
彼は淀みないオーラを纏い、凝で私を視ていた。
本人も気付かずに能力が作られる場合もあるけれど、
彼は明らかに自分の意志で鍛えているのがわかる。
此処はよっぽど田舎なのだろうか。
しかし、彼は念という言葉にさえ疑問符を浮かべ、なぜか警戒を強めている。
「念よ。念! これが見えるでしょ?」
私は人差し指を立ててその先にオーラで鳥を形作った。
ネジはチャクラで出来た鳥の形を白眼でしっかりと視覚できた。
そして驚いていた。
さっきの気配を察知するために膨らんだチャクラといい、
今までこんな風にチャクラを操る人物を見たことがなかった。
そもそも、特殊な瞳でも持っていない限り、他人のチャクラを視ることは難しい。
視えることが当たり前の様に言ったということは、彼女にもチャクラが視えているのだろう。
しかし彼女の瞳に血継限界は見受けられなかった。
「見えるが、なにが言いたい」
「これはオーラで、オーラを操るのが念よ」
オーラとはチャクラのことだろうか。
ならば念とは忍術に似た力ということになる。
「お前は、どこから来た」
「……わからない。私、記憶が無いの」
「記憶がない?」
「そう。気がついたらあっちにいて、
自分が誰なのか、どうしてここにいるのかわからなかった。
手掛かりは自分の所持品と、常識としての知識だけ。
せめて此処がどこかだけでも教えてもらえないかしら」
観察しても、彼女が嘘をついているようには見えなかった。
まるで躊躇いもなく真実を語っているようだ。
「此処は火の国の国境だ」
「ヒノクニ……、知らないな。あなたはその国民なの?」
「俺は木の葉の忍だ」
「シノビ……。よくわからないけど、そうなのね。
ハンターの存在が浸透していないみたいだけど、入国には手続きが必要?」
「それを聞いてどうする」
「情報が欲しいから、人里に行きたいの。
地図くらいあるでしょ?いつまでも此処でこうしていたって仕方がないし……」
ネジはこうしていても埒が明かないと思った。
不可解な存在は忍として、まず報告すべきである。
「それは火影様と相談するんだな」
「ホカゲさま?」
「この里のトップだ。ついてこい。
放っておいてもどうせ里に入ろうとするだろう」
ネジの突然の申し出を、断る理由がティアにはなかった。