1-2. この関係をなんと表現しよう。


あれからもう一年になる。
クロロは私に住処を与えてくれた。
それが、高級なホテルのように広くて綺麗で、しかも部屋数が多くて本屋も図書館も近くて、
外食にも買出しにも困らないマンションなのだから言うことはない。
一人暮らしとはいえ、不必要にお金を与えられているので節約する必要もない。

最初案内されたときは「おいおいおいおいやりすぎだから!」と思ったのだけど、
「こんなに部屋数があってどうしろっていうの」と聞けば、
「本を運んでくるから管理してくれ」と言われるし、
「書物を管理する人間がいると助かるんだ」とまで言われれば、口を噤むしかない。
そう、私の仕事@はどこからかクロロが運んでくる本を管理することだ。

書物庫を埋め尽くす本の数は膨大、中には絶版になった禁書・限定版なども多数。
それらが読み放題。喜ばずにどうしろと?
これ以上好条件の職場があるだろうか。そもそも仕事と言っていいのかどうか。

私の義務はすべての本をジャンル別や作者別に並べ、内容を把握し、
クロロの要求に応じて取り出せるようにしておくこと。
ときどき埃を払ったりカバーを磨いたりもしている。
本についての記憶力は誰にも負けない自信がある。


「口座を用意したから自由に使え」と言われるし、
「さすがにそこまでしてもらうわけにはいかない」と言えば「金には有り余っている」という。
彼はどこかの御曹司とでも誤解させたいようだった。その方が付き合いやすいのだろう。
しかし残念ながら私は、その下ろしていると童顔に見える前髪の下に逆十字が隠されていることを知っている。
でも面倒なことに関わりたくないので、騙されたふりをしていた。
彼にとって はした金で私にとって大金なら、お金も私に使ってもらった方が嬉しいに違いない。
私と、私の幸福な読書ライフのために。

最初は敬語で話していたのもいつのまにか外れ、今では趣味を分かち合った、気を許せる仲だ。
クロロも、私が干渉しないこととかシガラミがないことが楽であるようだ。


ちなみに他の仕事としては、

「まさかこの年になって読書感想文を書かされるとは思わなかったよ」
「不満なのか?」
「まさか」

心外だ。
ただ、高校3年生ともなれば夏休みの宿題なんてないに等しかったなあと回想しただけだ。
ちなみに読書感想文といっても、あらすじは書くなとか自分の体験を交えろとか言われるあれではなく、
あらすじと主観とオススメ所を紹介したレポートのようなものだ。
クロロは私が書いたこれを見て、次に読む本を決めたりする。これが仕事Aだ。

誰だってハズレの本を読む時間ほど惜しいものはない。
というか、私なら他の本を読むのに使いたい。
そこで、クロロの趣味が分かり、有り余る時間のすべてを読書に当て、
読むのも速い私の意見を参考にすることで、有意義な読書ライフを送ろうというわけである。
昔から私のオススメ本にはハズレがないと知り合いに言われてきた。
私としても自分の趣味を買われるのだからこれほど幸福なことはない。


つまり、あれだ。
『どの本読もうかな』という本がある。私はそれのようなものだ。
図書室にどんな本が眠っているか調べるリストがある。私はそれのようなものだ。
私立ルシルフル図書館のナビゲーター。
私はクロロにとって、本棚に並ぶ一冊の本のようなものだ。
必要に応じて求められた情報を提示し、時には物語を語る。
私がいた世界の話や、今まで私が読んだことのある本の話はクロロにとって面白いらしい。

一冊の本にしては維持費を掛けすぎなのだが、
そのお金は私に掛かっているというよりはこの図書室の、ひいてはクロロの読書ライフに掛かっている。
っていうか金は有り余ってるらしいから。
私は『飼われている』状態だが、本を読んで、本に触れて、本について語っていればいい生活とは理想だ。

この一年間、私はひたすら本を読んでいさえすればいいという夢にまで見た幸せな日々を送っていた。
本に埋もれた人生、願わくはこれが一生続けばいいとさえ思っていた。


束になっている読書感想文を目で改めて、
クロロはどういう仕組みになっているのか(知ってるけど/念だ)小さな鞄から大量の本を出した。
私が次に読む本だ。注文しておいたものや、クロロの判断で持ってこられたものもある。
その多くが分厚いが、中には絶版になっていたり、世界に限られた数しか存在しない高価なものもある。
基本的に彼は目の付け所がいいので、とにかく楽しみだ。

私はクロロに読ませるべき本を運んできて、
他にも、長ったらしい本を要約したものとか(仕事B)、
ハンター文字をわざわざ日本語に要約したものとか(仕事C)、
私が昔読んだ和書を記憶と照り合わせて再現したもの(仕事D)を渡した。

ちなみに仕事Cについてはクロロが日本語を学びたいと言ったからだし、
仕事Dについては、前に私の世界のオススメ本の話をしたら、クロロが読みたいと言ったからだ。
そうすれば私が読み直しもできるから快く了承した。
著作権の侵害だが、個人で楽しむ範囲だからよしとしてほしい。

ちなみにこの執筆作業は必要以上に時間が掛かり、読書に当てる時間を奪われるので一番面倒な仕事だ。
私はタイピングも速いけど、本一冊分の文章量は半端じゃない。
まあ食べさせてもらっている身だから、我が儘ばかりも言っていられない。
クロロにはこの上なく感謝している。
彼がいなければ今頃私はこの世界でどんなふうに生きていただろうか。


もしくは、クロロがいたからこそ私はこの世界にやってきたのかもしれない。
神様が幸福な読書ライフを与えてくれたのだ。
感覚な話だが、そんな気がする。

元の世界がどうなっているか気にならないかって?
たしかに新刊が読めない本が沢山あるけれど、それは涙を呑むほど悲しいけれど、
それ以上にこの世界にも魅力的な本が溢れている。

そうじゃなくて?
ああ、行方不明になっているとか突然失踪したとか?
世話好きな弟が恋しいこともあるけど、不思議なことに、私は長く家に帰っていない気がしない。
此処がすでにマイホームと化しているということもあるし、
それ以上に、なんとなく向こうの世界では時が止まっているような気がするのだ。
私の記憶が止まっているというだけの話だけれど。
もしそれが本当だとしたら、帰ったときは逆浦島太郎状態だ。

帰る……。私は帰りたいのだろうか?
さっき逆浦島太郎といったけれど、時が止まっているというのもあながち全否定できないのだ。
なぜなら、なんだかこの一年髪が伸びるのが遅い気がする。
もしかしたら私はいつか帰るのかもしれない。
そのために時を止められているのかもしれない。


「真珠、夕食は?」
「作れとか言わないでよ」
「食べに行くから着替えろ」
「……どこに」

警戒せずにいられないのは、気を抜くとホテルの最上階のレストランとか国外とかに連れ出されるからだ。

「たまには外に出歩くのも悪くないだろう」
「健康のために図書館までは歩いています」
「今度俺の仲間が本を見たいそうだから連れてくる」
「……やめて」

私はクロロの書物庫に住み着いているだけのようなものだから、こんなこと言う権利はないのだけど。
仕事仲間?幻影旅団?もしくはその知り合い?
クロロは私が面倒事が嫌いだってことを知っていて、嫌な笑みを浮かべている。

「わかりました、着替えてきます」

嫌味たらしく私も澄ました敬語で対応した。
どっちにしろ買出しをしなくてはいけない。
クロロは不定期に此処を訪れては、一週間ダラダラと趣味に過ごして帰っていく。

この関係をなんと表現しようか。


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