18.(瞬きの後)


光が落ち着いて視界を取り戻すと、外の光景が見えた。
見慣れない、妙な建造物が並んでいる。
人間界、なのだろうか。

私以外の魔物は王を決める戦いのときに人間界に来たことがあるため、郷愁に似た不思議な熱を帯びていた。
誰かが「日本だ」と呟いた。コルルちゃんがいたのも日本という場所のはずだ。
人のいない僻地に着いたりしなくてよかった。

ひとけのない川のほとりを選んで、転送装置の出口を開く。
人間界の地に降り立つと各々から歓声が上がる。
外見の目立つ魔物は外套で身を覆っているし、
転送装置自体は、光学迷彩を作動させておけば人に見つかることもない。
ガッシュ様が王様として皆に告げる。

「みんな。無事人間界に着いたのだ。
ここからは自由行動。各々パートナーに会いにいくとよい。
ただ、くれぐれも人間を傷つけてはならぬのだ。
"王を決める戦い"のときのように人間界で暴れることは許さぬ。
みなを信じて連れてきたのだ。
魔界に帰る時期は、朝に配った鈴を鳴らして知らせる。
それは呼びかけたときにしか鳴らない魔法の鈴なのだ」

ガッシュ様の”治療"がいつ終わるか、人間界への滞在がどれくらいになるかはまだわからない。
帰還日を伝えるために魔物たちへの連絡手段が必要だということで、伝達具である鈴の魔具を各魔物に貸し出したのだ。
全員分あって、秘匿するほどの物じゃないということで選んだ。
呪術に慣れていれば比較的簡単に作れるので、一族の生産品にもできるかもしれない。

解散を告げられても、魔物たちの多くはその場に留まっていた。
どうやってパートナーと連絡を取るか話し合っているのだ。
多くの人間同士はお互い連絡手段があるらしく、一人に連絡が取れれば他のパートナーも見つかるという話をしている。
人間界に来てしまった後は、私は一番何も知らなくて、帰るときに再び転移装置を動かすくらいしか役目がない。ただ話し合いを見守っていた。

「まずは清麿を探すのだ」
「どうやって……?」
「交番に行くのはどうかな」
「恵の電話番号なら覚えてるわ。恵に連絡を取れば……」

意見がまとまりかけたところで、土手の上から、叫び声が聞こえた。

「――ガッシュ!!」

人間の青年、だろうか。
黒い髪と黒い目。角も尻尾もない。びっくりするほど大きくも小さくもない。
とんでもなく奇妙な見た目ということはなくて、ほっとした。魔物にも似ている種族がある。
手には赤い本を持っていて、そのページは光っている。

「清麿!!」

ガッシュ様が叫んだ名前で、ガッシュ様の"王を決める戦い”のパートナーだとわかった。
どうして、こんなに早く駆けつけることができたんだろう?
ガッシュ様たちは人間と連絡を取る手段を持ってないって言っていたのに。
疑問はいくらでもあるけど、再会の抱擁を交わして笑い合う二人を見ると「よかった」と急激な安心感がこみ上げた。

「わははっ、大きくなったな!」
「清麿も大人になったのだ」
「もう大学生だからな。ガッシュは王様の仕事頑張ってるか?」
「当たり前なのだ!」

 * * *

ガッシュ様と清麿さんを引きあわせたのは赤い本らしい。
"王を決める戦い"で使用された本は、パートナーの人間が呪文を唱えて心の力を使うことで、魔物が術を発動させることができる。
他の本は戦いの中で燃えてしまったが、優勝したガッシュ様の本だけは燃えていない。
"王を決める戦い”が終わると共に赤い本も消えたが、以前ガッシュ様が王杖(ワンド)を奪われて危機に陥ったとき、再び清麿さんの元に現れ、一度だけ呪文を唱えることを許したのだという。

その本は、一年以上前――ガッシュ様が魔力を封印された頃に、再び清麿さんの元に現れたのだそうだ。
清麿さんは何事かとずっと心配していて、今日になって本が光って浮き上がったので、導かれるままこの河川敷に来たのだと言う。

それなら転送装置によって日本に、清磨さんの家の近くに降り立つことができたのも、赤い本の導きなのだろう。
少し気になっていたのだが、エネルギータンクの魔力が予定よりも余っている。
赤い本の存在が人間界と魔界を繋いでいたため、転送にかかるエネルギーが少なくて済んだのだ。

「それは、ファウードの転送装置……? いや、似てるだけか」

乗り心地や使い勝手を追求したために装置の見た目自体はそれほど似ていないというのに、
一目でその用途と本質を見抜かれたことに驚いた。

「ティアが作ってくれたのだ!」
「もともとファウードの転送装置は私の母が作ったものなので……」
「そうか! 魔界と人間界を行き来できるようになったのか!!」
「まずは今回だけの予定なのだ。それで、清麿は他のパートナーたちと連絡を取れるか?」
「ああ。知り合いならわかるぞ。会ったことない人でも、調べてみよう」

手段の説明が終わると、清麿さんは他の魔物のパートナーに連絡を取ってくれた。
小さな通信具(携帯電話と言うらしい)でいろんな人と通信をして、
パートナーが近くにいるなら呼び出して魔物を迎えにくるように頼み、
連絡先のわからないパートナーの連絡先を調べ、
家の場所がわかるなら送り届けたり、すぐに迎えに来られないなら家で預かると言ってくれた。

最初に河川敷に駆けつけたのはティオちゃんのパートナーの「恵さん」だった。
「忙しいはずなのにすぐ来てくれるなんて」と、ティオちゃんはとっても嬉しそうだった。
ひとしきり再会を喜んでから、清麿さんと同じように各所への通信を始めた。
その日は魔物をパートナーの元へ送り届けることで、暮れていった。

コルルちゃんは、清麿さんの家と近いなら"しおりちゃん”の家の場所はわかると言って、迎えにきてもらうのでなくて向かうことを選んだ。
ガッシュ様たちと一緒に、人間の住居が立ち並ぶ町を歩く。
"しおりちゃん"の家のチャイムを鳴らすと、出てきた人間のお姉さんはコルルちゃんを見てしばらく呆然とした後、強く強く抱き締めて泣き始めた。
嬉しそうなふたりを見て、私は成し遂げることができてよかったって思えた。
コルルちゃんはしおりちゃんに私が一緒に泊まることもお願いしてくれて、しおりちゃんも「もちろんいいよ」と言ってくれた。

 * * *

「それで、何かあったのか?」

ほとんどの魔物のパートナーと連絡を取ることができて、多くの再会を見届けて、転送装置を保管出来る場所に隠してから、
清麿さんの家の居間で、極秘の本題が切りだされた。
説明は主にガッシュ様が。説明を補足する形で私が行った。

ガッシュ様は第三者の悪意によって魔力を封じられていること。
その原因である珠は心臓の付近に癒着しているのだということ。
今の状態では術が使えないだけでなく、魔物としての寿命もないのだということ。

事情を説明してから、清麿さんの行動は早かった。
ガッシュ様の魔力封印について調べるために、信頼の置ける病院を探すらしい。

「まずはレントゲンを撮ろう。
アポロ、それにシェリー、デュフォーにも知恵を借りよう。
大丈夫だ、絶対、心臓外科の権威の治療を受けさせてやる」

力強い言葉に、本当に大丈夫なんだと思えた。
ガッシュ様のことはこの方に任せるのが一番のようだ。
ガッシュ様も清麿さんをずいぶん頼もしく思っているらしい。

それから庭で、赤い本を介して術が発動できるのかどうか検証した。
清麿さんが本に手を触れて[ザケル]を唱えるとガッシュ様の口から雷撃が迸った。
魔力が封じられていても、パートナーの"心の力”は使えるらしい。

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