19.(三週間後)


実際に「手術」を行うのは今日明日とはいかないらしい。
遠い地にいた人が相談のために日本に集まるのだけでも数日かかった。
(それでも数日で集まったのはすごいこと、らしい)

ガッシュ様の治療についての話し合いは清麿さんたち人間が中心で、ガッシュ様は言われるままに検査に行ったりしていた。
たとえば清麿さんとデュフォーさんの話し合いは私が関与できる範囲よりもずっと高度で、魔物たちは蚊帳の外にならざるをえなかった。
事情を知っている魔物がガッシュ様の護衛を交代で担ったが、多くの魔物は各々、パートナーと一緒に過ごした。

私ではガッシュ様の護衛にもならないから、他の魔物たちと同様、ただ連絡を待つことにした。
魔具師として封印解除の方法には興味があったけど、
"手術”の結果や様子をあとで教えていただけると約束したのだ。

人間界に滞在している間はコルルちゃんと一緒に遊んで過ごした。
人間界は景色から物珍しくて、便利な道具がたくさんあって、とても興味深かった。
コルルちゃんはしおりねーちゃんと一緒にいてすごく幸せそうで、私のことを友達だって紹介してくれて、
しおりちゃんはピクニックにも遊園地にも電気道具屋さんにも連れて行ってくれた。

 * * *

ガッシュ様の手術が成功したという連絡があった。
心臓外科の"世界的権威"のお医者さんに、封印の珠を取り出してもらったのだそうだ。
ガッシュ様の体内から取り出した珠は魔力を吸って人の血よりも赤かったらしいが、水を満たした容器の中で保管していると、時間が経つにつれて色が薄まり、透明になったらしい。

手術から数日安静にして、傷が塞がったら魔界に帰れるとのことだ。魔力の強い魔物は傷の治りも早い。
養生は魔界でもできるから、王様は一刻も早く魔界に帰らなくてはいけない。帰還連絡用の鈴を鳴らしてほしい、と頼まれた。
魔法の鈴を鳴らして人間界に来た魔物たち全員に連絡して、
清麿さんたちが”電話”で正確な帰還予定日をパートナーを介して伝えていた。

"王を決める戦い"に参加した魔物とパートナーとの親密さを見ていると、別れを惜しむ魔物も多そうだ。
それでも、みんなで一緒に一度で帰ることしかできない。
置いていかれたら人間界に――生き物としての寿命が違う人間の世界に取り残されてしまうのだから、集まらざるをえないだろう。
そもそもこの”界渡り”は特例のことなのだ。

魔界に帰る日、参加した魔物が全員揃っているか確認し終えてほっとした。
見送りにきたパートナーたちが口々に別れを惜しみ、魔物たちの息災を願う。
目に涙を溜めたしおりちゃんを見て、口を結んで嗚咽をこらえているコルルちゃんを見て、罪悪感に駆られた。
二人にもう一度別れを味わわせるなんて、ひどく残酷なことだったかもしれない。
また会いたいという望みを叶えても、どうせ別れなきゃいけないなら余計なことだったんだろうか?
見ていられなくて、震えるコルルちゃんの手を両手で包む。

「ティアちゃん。……ありがとう。叶えてくれて」

コルルちゃんは私の手を握り返して、空いている手でしおりちゃんに向かって大きく手を振った。
泣きそうだけど、笑っていた。
私もつられて泣き笑いになった。
この大切な女の子を、私が幸せにしてあげられたらいいのに。

パートナーとの別れを済ませて魔物たちが一人、また一人と転送装置に入っていく。
ガッシュ様と技術責任者の私は最後だ。整備は終えてある。
怖いのはこの人間界に魔物を取り残すことだった。
全員が転送装置に乗ったら、何度も数を確認するつもりだった。

「ウォンレイさんも、そろそろ入ってください」

この滞在でいろんな人によくしてもらって別れは悲しいけど、
パートナーがいない分だけ一番冷静だと思われる私が声がけを担当していた。
最後にはガッシュ様と清麿さんにも離れてもらわなくてはいけない。

「いや、私は人間界に残る。転送装置は私抜きで動かしてくれ」

ウォンレイさんはパートナーであるリィエンの手を握ったまま、きっぱりと答えた。

「え……? でも、二度と帰れなくなるんですよ?」
「それでいいんだ。私は愛する人と共に生きると決めた。魔界の知人に挨拶は済ませてきた」

リィエンさんは申し訳なさそうに顔を伏せたまま、それでもウォンレイさんの手を離さないようにぎゅっと握っていた。
"愛する"というのがどういうことなのか、私にはよくわからない。
まるで絵本の中みたいだと思うくらいで、言葉が出てこない。

「でも……人間と魔物は……」

寿命が違う。
種族によって差があるが、私の一族だって少なくとも300年ほどは生きる。
ウォンレイさんはきっと千年近く生きて、人間は百年足らずで生を終わらせてしまう。
体の頑丈さ、力の強さも違う。魔力があるというのも魔物と人間の大きな違いだ。

この再会よりも長い時間を一緒に過ごせたら十分ということだろうか?
後悔しないだろうか。本人が決めたことなら応援すべきだろうか。

魔物が人間界に長く留まった例は他にないはずだ。
王を決める戦いだって、数年にはならない。
”人間"という画一的な寿命の種族だけが生きている世界で、魔物が1000年を過ごすというのはどういうことだろう?

転送装置は持って行ってしまうから、いつか孤独からウォンレイさんが帰りたいと願っても、魔界に帰る手段がないのだ。
迎えにくるために転送装置を作動させるとは、言えない。

「わかっている。だから、ガッシュから取り出した珠を壊さず私にくれるよう清麿に頼んだ。
この珠の存在を知ることができたのは天命なのだろう。
魔力を封じれば、人間と同じように老いることができる。リィエンと同じ生を歩める」

「そんなのだめね!」

初耳だったようで、リィエンさんが悲鳴のように叫んだ。
たしかにあの珠を飲めば魔物の魔力は封じられ、人間と同程度の存在にさえなってしまう。
でも、それをしたら、ウォンレイさんは寿命の九割を捨てることになるのだ。

「リィエン。あなたの気持ちに代わりがないのなら、もう一度あなたを守らせてほしい。
術がなくてもこの身を盾にして守ろう。
私は魔界での1000年よりもあなたとの100年を選ぶ。それが私の覚悟だ」

ウォンレイさんは、跪いてリィエンさんに手を伸べた。

「後悔してもしらないある」
「しない。またあなたと離れるほうが後悔するんだ」

すっかり、ふたりの世界が完成していた。
本人たちがいいと言っているものを、私が口出すことはない。
ガッシュ様も、誰も止めなかった。
それならそろそろ出発かな、……と思っていたところに、ひょいと飛び乗ってくる人影があった。

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