16.(半年後)


「転送装置が完成したそうだな」
「はい。あとは使う直前に、転送に必要なエネルギーを充たすだけです」

装置が完成したという名目で、ガッシュ様とゼオン様に面会を申し込んだ。
取引を持ちかける前に装置を完成させてしまったのは、設計図を一度見せている以上、「作らない」というのはアドバンテージにならないというナタの判断だった。

「すごいのだ! ティア、大義であるのだ!」
「はい。あの、それで、ガッシュ様、ゼオン様。どうか、お願いがあります」
「なんなのだ?」
「あの装置は、私にしか使えないようになっています……」
「――何が言いたい」
「それは、えっと……」

"呪術士が私の一族の者なら罰しないでほしい”
"依頼の失敗によって依頼人から一族全体が報復されるのを防いでほしい”
それはすでにゼオン様に願って、温情を頂けると約束したことだ。
それだけでも十分にありがたいと思うのだけど、ナタは不十分だと言った。
口約束ではナタは納得しない。
呪術師はその身に刻印を加える契約しか信じないのだ。
ガッシュ様やゼオン様に契約の呪いを交わしてもらうことは可能だろうか?
言いよどんでいると、私の首から顔にかけて入れられた黒い刻印――刺青のようなものが、ぞわぞわと動き、熱を持つ。

「『王陛下、王兄殿下』」

口が勝手に動き、自分のものとは思えない低い声が響いた。
――ナタだ。
この刻印は他人を操る呪術なのだ。
ナタは一度会っているガッシュ様の前に姿を現すわけにはいかないから、私の体を依代にした。

「貴様は誰だ?」
「『これと同族の者です。尤もこれは二度と”呪いを扱う一族”を名乗ることはないでしょうが』」
「どういう意味だ」
「『これは今回の勝手な振る舞いによって一族から追放されたのですよ』」
「本当か!? ティア!」

操られている状態では自力で頷くこともできず、ナタに右手を操られて、私は被っているフードを外す。

「『折れた角がその証』」

追放というか、ナタに言われて自分から出る選択をしたのだ。
怒りが冷めるまで決して近づくなと言われた。どうせ今はみんなに合わせる顔もない。
将来的には、外部の者として立ち入ることもできるはずだけど、
まずはナタの怒りが解けなければ帰る場所なんてない。
長老の次に力を持っているナタの一存で私はどうにもなってしまう。
成し遂げたいと思った代償だ。

「『それでは、契約の話を致しましょう」」
「……十分な報酬は用意した。此度の事件の実行犯だとしても温情をかけ、首謀者からの復讐を防ぐ配慮もする約束だ」
「『それはこの者と勝手にした約束でしょう?』」

あれ? ナタは私の口約束の内容をそのまま呪い付きのたしかな”契約”にしようとしているんじゃないのだろうか。
私はガッシュ様やゼオン様が言ってくれたことをそのまま信じられるけど、ナタにとっては違うから、契約の呪という形にしたいんだと、そのためにこの場を準備したのだと思っていた。
口だけじゃなくて私の腕まで乗っ取れるようにしたのは、遠隔的に印を刻むためかと。
それなのに、約束すべき内容から違うみたいなことを言う。
私が考えなしだから、条件が甘かったのだろうか?

「では何が望みだ?」
「『それは、今回の件が解決した後も、"これ"を、――ここにいるティアを、王宮で取り立てていただきたいのです』」

えっ!?という驚きは声にならない。
開いた口が塞がらない、とは、きっとこのことを言うのだ。
私はただナタが操る自分の口から出る声を聞いていただけで、ナタに操られて、ちゃんと口は閉じられたのだけど。
寝耳に水、青天の霹靂。こんなこと聞いてない。

「まっ、なんっ、」

無理やり口をこじ開けて声を出したけど、呪いの影響下では、舌がうまく回らない。
口が半分縫いつけられているようにうまく動かなくて、喋りにくい。

「『他人を呪うしか能のない一族で、誰も呪うことができない出来損ないゴミで、どうしようもないグズです。ただでさえ"呪いを扱う一族"の特徴の現れた容姿では町で平凡に暮らすことが難しい。
王陛下を救うために一族を抜けるだけの忠義があり、魔具師という魔界でも珍しい知識と技術を持っています。お役に立つこともあるでしょう。
……あなたがたが誑かしたのだから、責任を取って生を保証していただきたい』」

私はナタがなんでこんなことを言うのかちっともわからなくて、
何を言っているのか混乱するばかりなのに、ガッシュ様はあっさりと頷いた。

「うぬ。ちょうど、ティアには古代の魔法の道具について調べてもらいと思っていたのだ」
「まって……! 何か、ちがっ、間違いで、」
「嫌なのか?」
「おい、貴様。ティアにまともに喋らせてやることはできんのか?」
「『……』」

呪印の動きが止まったかと思うと、ようやくまともに口が動くようになる。
慌てて声を出した。まだ繋がりは切れていないから、ナタにも聞こえるはずだ。

「待って、ナタ!
 ガッシュ様、ゼオン様、これは何かの間違いなんです。だって、お願いするなら一族のことのはずで、ナタは一族が大事で! っ、――」

さっきよりも薄くなった刻印が、再び熱を持って動く。
一度発動してしまったからには長くは保てない。そういう術だ。
再びナタが私の声を奪い、両手は耳を塞いだ。
そして私にしか聞こえないナタの声が体の内側から響く。

『いいか。今の王なら、お前が彼らの懐にいる限り、我が一族を滅ぼすことはないだろう。依頼主からの保護も、王は俺たちとの契約がなくとも政敵を突き止めるくらいはするだろう。
念のためしばらくは一族ごと王や依頼主の手の届かないところへ隠れるが、そう簡単に滅びはしない。
呪いが行えずとも、魔具の実用化を進める指示を出す。
万が一があるとしたら――実際に依頼主と契約を交わし、契約の呪を受けたのは俺だけだ。
元よりひとを呪わば穴二つとわかって務めてきた任だ。
王に呪いを施したときから死ぬ覚悟はできていた。
だから、もういい』

ナタから伝わってきたのは覚悟と、深い諦念だ。
ナタはずっと一族のことを考えていて、私の行いを――裏切りを――考えを知ったとき、自分に危険が降ることを諦めたのだ。

ガッシュ様の封印を解くなら、契約違反の責任はナタに降り注ぐ。
今回の場合は予測されない方法での封印解除だから、その罰を防ぐことができるのかどうかは今の時点ではわからない。
できるかぎりのことをして防ぎたいけど、絶対じゃない。

『そもそもお前のようなぐずを面倒見ると決めた時点で自分でこうなることは決まっていたらしい。
呪いを行わなければ一族存続の道はないと思っていたが、生き延びる道が拓かれるならそれでいい』

思えば、私がやったことは、ナタにとっては理不尽な裏切りだった。
ナタはいつもどおり一族として正しく依頼を全うしただけなのだ。
これまでずっと生活の面倒を見てもらって、守られていたのに。

『後に残すことがあるとすれば、俺が養わずともお前が飢えないことだ。せいぜい己の任を全うしろ』

私がしたいことがナタにとって良いことじゃないんだから、
腕に呪印を刻んで城に帰ってからは私を操って転送装置の制作を邪魔することもできたのに、そんな騙し討ちのようなことはなかった。
ナタが私に嘘をついたり、騙したり、裏切ったことなんて一度もなかった。守秘義務のあることを「教えない」と伏せられたことはあっても、それだって私を守るためだ。
ずっと守られていた。最後にもまだ、守ってくれた。

――私は、この仕事が終わった後の自分のことなんて考えていなかった。
分不相応な、身の丈を越えたことを成し遂げるために、私のすべてを尽くして、すべてを失って朽ちるつもりで覚悟して、向かってきたのだ。
それなのに、他ならないナタが私に未来をくれるなんて。

「ティア、大丈夫か?」

ガッシュ様に声をかけられて、自分が泣いていることと、ナタの声が――私の体から呪印が消えていることに気づいた。
さっきの話は多分二人には聞こえていないのだ。
ナタとの繋がりは切れた。後始末は私が自分でしなくてはいけない。

「あの、わ……私が王様の傍で仕事をさせてもらったら、ガッシュ様はきっと私の一族を滅ぼしたりしないから、そのほうが信用できるから、ということでした。
たくさんのことを望んでしまってすみません。分を超えた願いだとはわかっています。
でも、私、お役に立てるように今よりもっと頑張ります。転送装置も、その後も、なんでも! 頑張りますから、どうか、お願いします……!」

自分のためのことを願うつもりはなかったのに。
ナタが願ってくれたことだから、私も叶えたくて、叶ってほしくて、願う。

ガッシュ様の魔力封印が解けてほしい。
やさしい王様に魔界を治めてほしい。
コルルちゃんに笑っていてほしい。
どれも本当の願いだ。

それからもう一つ。
ほんとうは私も、ナタを守りたかった。
裏切らず、いつまでも言いなりでいたかった。
私に心をくれたのはコルルちゃんだけど、命をくれたのはナタだから。
大事なものがたったひとつだったら、一緒に滅ぶことも選べただろうか。

私もナタに未来を捧げたいと強く思った。
彼の助命を願えるくらい、頑張らなくては。

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