草刈り姫6.



阿部と花井の二人を見て、彼女が青くなることなんてわかりきっていたけれど、
その様子は度を超していたというか、過剰に思えた。
花井を見て、びくりと身体が跳ねたかと思えば、
顔面蒼白で逃げ道を探すみたいにきょろきょろと顔を動かし、田島に腕を掴まれていた。
それが『二人』に対してじゃなくて、花井個人に対して、みたいなんだ。
なんで花井だ? ガタイがでかいから?
阿倍のほうが目つきは悪いはずだけど、彼女はとにかく花井に注目して恐れていた。
顔を隠すみたいに手で前髪に触れていた。それが最大の防護壁みたいに。

「おい、練習……、その子誰だ?」
「例の草刈り手伝ってくれてる子。アイスの差し入れだってさ」

簡潔に答えると、花井は、けなげな応援に感極まったようだ。
まっすぐ向き合うとそれでやっぱり彼女は怯えるが、
花井はそれに気づく前に、脱帽して「応援ありがとうございます」と頭を下げた。
野球部の習慣というかなんというか、阿部も、もうお礼言ったはずの俺たちも脱帽した。
すると彼女は、自分の帽子をかぶっていない頭を抑えて、ひたすた狼狽えて、うめいていた。
「そんな、そんなこと……」と、聞き取れない声で繰り返す。

こういうところがやっぱり三橋を連想させる。
外見じゃなくて態度や行動が似ているのだ。
世の中には自分にている人が三人いるっていうけど、それじゃないのか。ドッペルゲンガー?
いっそ血縁じゃねェの? とさえ思う。ありえないけど。

「こういうときは『どういたしまして』でいいと思うぜ」

田島が励ますように声を掛ける。
彼女は、沈黙の後、蚊の泣くような声で「どういたしまして」と言った。
それが全員に届いたかどうかは保証できない。
代わりに、田島が「どういたしまして、だってさ!」と花井に伝え、貰ったアイスの多さを自慢した。
花井はクーラーボックスの中を見せられて驚いていた。
もう一度お礼を言われそうになると、彼女は何故だか「ちがっ……ちがうの、違うの」と何かを否定し始めた。
見るに見かねたのは泉である。

「花井がどうかした?」

すると彼女は、まさに図星を指された!という顔をした。なんてわかりやすい。
指名された花井のほうも「俺!?」と、戸惑っている。知り合いかと聞くと、否定された。
三人で視線を注ぐと、彼女はうろたえる。田島が隣で「どうした?」と聞いた。
どうでもいいけど、田島の保っている位置関係はおかしい。

「は、花井君にあやまらなきゃ、いけないことが、あって」
「謝らなきゃいけないこと? なにそれ、花井覚えねーんだろ?」
「ああ、多分……」

曖昧な言い方が気に掛かるが、そんなもんだろう。
おそらく彼女は、他の人なら気にも留めないことをずっと覚えていて。
顔を真っ赤にして言葉をつむぐ。

「か、階段で、わたし、前見てなくて」
「ぶつかったのか」
「う、ん。……わたし、が、悪いのに、謝らせちゃって、
立たせてくれて、なのに、わたし、謝りもしないで、逃げて……」

声が尻すぼみになっていく。そして途切れた。
花井は思い出すように声を上げた。

「あー、なんかそんなこともあったような……顔は覚えてないけど。
でも転んだのむこうだったし、男が女を心配すんのはトーゼンで」
「そりゃそーだよな。ほら、花井は気にしてないってさ」

田島はすっかり保護者気分らしい。
彼女は、「でも」と変に渋った。
すると、思わぬところから声が上がった。

「ああもう! 本人がいいって言ってんだからいいだろ!?」

叫んだのは阿部だった。
相変わらず声量をコントロールできないところが短所だ。
たった今、怯えの対象にロックオンされた。
花井が大声出すなと注意する。

田島は、硬直して、泣きそうになったその子を、
花井の前に押しやって、「せっかくだからちゃんと謝っとこうぜ」と笑った。
俯いたまま小さな声でのごめんなさいとありがとうを聞き入れて、
花井はこそばゆそうにしていた。そりゃあそうだ。
「これでよし!」と笑う田島はどこまでも田島だった。

「そういえば、どこのクラス?」

聞いたのは花井だった。
どうにも周辺のクラスにいた記憶がないのだ。
もちろん、一年の一学期だし、率直に言えば地味な印象なので記憶に残っていなくても無理はない。
少なくとも自分たちのクラスではないだろうし、泉と田島の九組だとしたら彼らがそう言うだろうからそれも違う。
答えやすい質問だったので、彼女はすぐに答えた。

「あっ、ななくみ、です」

一年七組。
野球部では、阿部、花井、篠岡、水谷が在籍する。
驚愕の大きさは一緒だったが、まっさきに声が出たのは阿部だった。

「同じクラス!? 嘘だろっ」

嘘だろ、と否定するような言葉は、それはそれは盛大に彼女を怯えさせた。
たしかに驚くべき事実だが、泉と田島は、クラスメートを認識していなかった二人を白い眼で見た。
彼女は責められながらも、小さな声で弁明した。

「う、同じクラス、じゃない、です。にねんの七組だから……」

それこそが驚愕の事実だった。


「年上ぇ!?」


近くにいて耳が痛くなるような声で、阿部は叫んだ。
学習能力のないやつだ、と思う。
その子は、――先輩は、と呼ぶべきか?
あまりの大声に、驚きすぎて腰を抜かしてしまったようで、地面に尻餅をついていた。
まん丸に見開かれた目は、赤ん坊が泣き出す三秒前の表情と似ていた。
案の定、じわりと涙が滲み、それが頬を伝って地面に落ちる。

「ごめっ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

唱えながら、土下座の寸前みたいに跪いて手をついた。
いや、何も悪いことしてないだろ。むしろ感謝されるか敬われるべきだろ。
なんで先輩だったら謝らなきゃいけないんだよ、なんでこんなに何もかもに怯えるんだよ、と。
彼らは理解できなくて、内心でうろたえた。

むしろ謝るのは阿部の方だ、と三人の心情が一致した。


どうしたもんかと思ったそのとき、

「真珠ちゃん!?」

篠岡の声がして、泉は助かったと思った。


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