ナイフより鋭いトランプが皮膚を裂く。麻酔はない。
神経に触れ肉を斬り骨を断ち血を撒き散らすたび、激痛に吠える。
私のからだは木片でできているわけでも腐食した金属ででできているわけでもないので、斬られたり裂かれたり折れたりすれば脳髄に響く。
致命傷は貰えない。嬲られるときの、私の表情が好きなのだという。
イイ声で啼くこと。壊してもまた遊べること。それがここにいられる理由。
力尽きた獲物はつまらないというから、なんども立ち上がって、ふらふらと近づく。
一歩も動かないヒソカに触れることができたら私の勝ち、動けなくなったら私の負け。
そういう、愉しい遊びだ。
獲物を追いかけることを得意とする彼の、趣向を変えた狩り。
限られた枚数のトランプをどう使うかは彼の自由。
四肢が落ちても内臓が見えても、後でマチが縫ってくれる。
パーツさえ揃っていれば、何度でも元に戻る。つぎはぎだらけの糸繰人形。
切断面がそのままじゃないと困るから、試合が終わるまで自己修復は我慢する。
ゲームクリアの報酬なんてこの戯れの口実に過ぎない。マチを説得するための。
これは私たちにとって必要な"会話"の儀式。
張り裂ける。砕ける。割れる。響く。斃れる。零れる。崩れる。滴る。濡れる。垂れる。滲む。腫れる。膨らむ。膿む。まとわりつく。跳ねる。痙攣する。
芋虫のように這ってばかりでは彼がおもしろくない。
どこにも残っていない気力を搾り出して、歯の根が合わないまま恍惚に口を歪めば、愉快そうなピエロの嗤笑が返ってきた。
唇の端から血泡が零れて、最後の脚を失う。
それを愛玩だと信じていた。
彼の加虐心を満たすことが奉仕なのだと、信じていた。
そんな、懐かしい記憶。
*
*
*
「ねえ、どうして私を捨てたの」
どうしてもそれを聞きたかった。重傷のまま遠い街に置き去りにされて、その地に縛られた。
「だって君はもうボクに近づけないだろう」
返った答えに、そんなことないとは言えなかった。
目を合わせると頭痛がして、動悸がして、どうしようもなくなる。
彼の声が耳の奥へ届くと頭蓋が痺れて、眩暈がする。
一歩近くへ進むと、身体がぶるぶると震えて吐き気がする。
逃げ出したいという衝動がからだの中で暴れ、怖くて恐くてたまらない。
寝ても覚めても五感を支配する悪夢。
からだが勝手に主張する恐怖の記憶は、全身全霊で以って彼に拒否反応を示す。
それを面白がるように、彼のほうからこちらに歩んでくると、喉の奥が痙攣して、息の吸い方も忘れた。
立っていられなくて、ついに蹲る。
からだの傷は、まるで損傷がなかったかのように綺麗に治った。
そのたび、いつでも生木を裂くように新鮮な激痛が齎された。
痛覚が麻痺することはなく、きっと何度も気が触れた。
外になんて出たくなかった。ずっと一緒にいればよかった。
傷口に塩を塗り続けて忘れなければよかった。
狂いそうな激痛の連続に慣れているままがよかった。
銃弾を取り出さなければ余計な血は吹き出さない。刺したナイフは、抜くときに一番血が吹き出す。
抜けない楔を刺してもらえばよかった。私は彼への執着以外の何も知らない。
あいしているのだ。
たとえこころとからだのすべてがあなたを忌んでも。
たとえあなたがわたしに失望さえしてくれなくても。
それが愛なのかどうかすらもうわからなくても。
脚を切り落とされたのは、きっと身動ぎして逃げないため。
鮮やかな手際で施術の瞬間は知覚しないが、一拍遅れて、喉の奥から悲鳴が迸るほどの熱に焼かれる。
そんな異常にはおかまいなく、彼は私に近づき覗きこんで「いいカオだ」と舌なめずりし、強く顎を掴む。
頭の中が白く弾けた。
ふしぎと、右の腕はまだ動きそうだった。
きっとこれで最後だから。
震え暴れる手に命じて持ち上げ、その彼の頬に、ぺちん、と平手を触れさせた。
ね、私の勝ち。ちゃんとそう言えただろうか。
( 題名提供: 13さん )