14.(十日後)


爪に血を滲ませて、脱いだ服の裏側に文字を書く。
転送装置の作り方は複雑だ。
噛み砕いた説明を考えるのに苦労する。
この極秘の件で、彼らはどれくらい専門家を集められるんだろう。

ナタに虐げられ詰られ反省を迫られながら、
不思議と惨めな気持ちにはならなかった。
何も出来ない無能だと罵られても、昔とは違う。
私はたしかに誰かに必要とされたのだ。

私はきっともうお城には戻れないけど、転送装置を作るのは絶対に私じゃなきゃいけないってことはない。私以外のひとが無事に転送装置を完成させられる方法を、必死に考えていた。
今まで作った分は、私が触らないと動かないようになっているから、それを解除するのは難しいかもしれない。
でも、材料も文献も置いてきたのだから、研究に向いている人を探して、必死で作れば、一から作り直すのも可能かもしれない。まだ時間はある。

ナタは依頼遂行後だから警戒で神経質になって苛々している。
私がガッシュ様に協力してるって確証を持っているわけじゃなくて、八つ当たりなのだ。
いつもは飽きたり溜飲が下がれば解放してくれる。
今回は事が事だから、自由の身にはなれないだろうけど、きっとおとなしくしていれば、手紙を送る隙くらいは作れるはずだ。


転送装置で人間界に行って、封印を解くまで、見届けることができないのは残念だけど、ナタに捕まってしまったのは私の失敗なのだからしょうがない。
せめて、成功を祈って、私にできることをしよう。
ナタはきっと私が秘密の知識の多くを提供するとは思っていないはずだ。
必要なことだと思うから、私はこれにすべてを投じる。
この魔界の王様はガッシュ様じゃないとダメなんだって思うから。

「行ってみたかったなぁ……人間界……」

コルルちゃんがしおりねーちゃんに会って喜ぶ姿が見たかった。
広い世界、未知の世界に行ってみたかった。いろんな道具を見てみたかった。
それはもう叶わない願いだ。





ナタは私の家の周りに厳重な結界を張って、一歩も外に出られないよう閉じ込めた。外部に連絡する手段もない。
転送装置の情報、設計図を紙に書き写すことはできたけど、送る手立てがない。
そんな生活がひと月もふた月も続くと不安で押し潰されそうだった。
ナタは本当に宣言通り、ガッシュ様が最期を迎えるまで私をここに留め置くつもりだろうか。

「ティア! こんなところにいた」
「ティオちゃん……? どうしてここに」

光の声がした。
紅髪の少女が窓から覗いているのを、幻覚・幻聴かとさえ思った。

「急にいなくなって心配したのよ。キャンチョメは知ってる魔物がどの方向にいるかわかるし、ウマゴンに乗せてもらって探しまわってたの。こんなところに捕まってたのね。ガッシュのところに帰りましょう」

「……だめ。私、この家から出られないの。だからもう協力できない。ごめんね。これを持って帰って。伝えたいことは全部書いたから」

「――悪い魔物に捕まってるの?」

「ううん、根は優しい、私の一族の魔物なの。私が勝手なことをしたから、今罰を受けているだけ」

「そんな! ティアはガッシュのために働いているんじゃない! 王様なのよ!? 話せばわかってくれるわ」

「言っちゃだめ!」

自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。
ガッシュ様のために転送装置を作ろうとしていることを、ナタにはまだ知られていない。綱渡り状態だけれど。
情けなくて視界が歪む。こんな無責任なことをするなら、最初から名乗りを上げなければよかった。
症状を知らせたりしなければ、希望なんて持たせなければ、誰も思い煩わせることもなかった。

「……助けないで。どうにもならないの。私はこれでいいの。私には最初から無理だったんだよ」

「でも転送装置はティアじゃなきゃ!」

「私じゃなくても、きっと誰か得意な人がいるよ。ここに転送装置の作り方を書いたから、これを見て、みんなでどうにか、頑張って。わからないことがあったらまた聞きにきてくれていいから……」

「そんな……ティアはそれでいいの?」

「よくない!」とはもう、言えなくなってしまった。
私が頷いたのを見て、ティオちゃんはすぐに説得することはできないと思ったのか、今日はひとまず帰ると言って、窓から設計図を受け取ろうとした。
手を伸ばすとバチッと結界に触れる音がしたけれど、痛がっている様子は無い。
ナタは私を助けにきてくれる誰かがいるなんて想定していないはずだ。私だって驚いたもん。きっと本来はナタしか出入りしないという前提があった。
だから私が内側から出るときには痛みが走っても、外側からの侵入は許されていたというわけだ。

「できるだけのことはやってみるけど、ティアが戻ってくるの待ってるからね!」
「うん、お願い。……みんなはどうしてる?」

久しぶりに友達に会えて、姿を見て話すことができて、私は懐かしさでいっぱいだった。
もうここから出られないかもしれないのだから、せめて様子を知りたかったのだ。

――本当は、一刻も早く立ち去ってもらうべきだったのに。





「"それ"に何か御用ですか?」

その声で、いつのまにかティオちゃんの後ろにナタが立っていることに気づいた。
手遅れになってから、瞬時に理解する。
きっとティオちゃんが結界に触れたのを感知してやってきたんだ。
ナタが見えないところにどれだけの細工を施しているのか、私はいつも把握しかねる。
ティオちゃんを見つけてからしばらく状況を認識するために隠れて聞き耳を立てていたんだろう。
ばかな私を睨む眼光は鋭いが、ティオちゃんに喋りかける口調は紳士的だ。

「誰? あ、もしかしてティアをここに閉じ込めてる魔物?」
「語弊のある言い方ですが……そうです。あなたは?」
「あたしはティオ。ティアの友達よ! ねえ、ティアをここから出して」
「それはできません。我が一族の方針です」
「そこをなんとか。ティアには大事な仕事があるの!」
「大事な仕事、ね……"バテンド"」

ナタは至近距離で不意打ちの呪文を唱え、ティオちゃんを術で捕らえた。
さっき私がティオちゃんに渡した転送装置の設計図を奪い取って、玄関から家の中に入り、私に近づいて胸ぐらを掴んだ。

「転送装置というのがどういうことか詳しく話せ」

すべて知られて、絶望でくらくらした。
口を噤んでいると、ナタは捲し立てる。

「俺が何も知らないと思っているのか?
あの人は"王を決める戦い"に人間界へ行く転送装置を提供したんだろう。同じ物をお前は作れるのか。作れるんだな」

「……うん」
「人間界に行けば王にかけた封印を解く手段があると?」

私が頷くと、ナタは力いっぱい私の頬を叩いた。
ティオちゃんが抗議の声を上げてくれたが、ナタは窓を閉め、カーテンを引いてティオちゃんを追い出した。ついでに結界を強化したようだ。
ティオちゃんに向けて叫ぶ。

「大丈夫だから、今日は帰って。来てくれてありがとう」
「ティア……」
「お願いだから!」

どうか設計図を持ち帰ってほしい。
ふたりきりになり、念のため消音の呪いをした魔法陣の上で、私とナタは話しをした。

「転送装置という手段を示した時点で封印は完璧なものではなくなった。お前の落ち度だ。お前の迷いで一族を滅ぼす気か! その安い命で! 恩を仇で返すとはこのことだ!」

「……ガッシュ様は仕えるべき王だよ」

もっと早く話をするべきだったのかもしれない。
ごまかしたり騙したりせずに、最初からナタに話して説得できていたらよかったのだ。
……無理だったから、今に至るのだけど。

きっと今が、私が考えたことを伝える最初で最後の機会なのだ。
ナタはいつも、判断するのは自分の仕事だと思っている。
それが誤りのこともあるのだと、言わなきゃいけない。

「なんだと?」

「ガッシュ様はやさしい王様だよ、きっと魔界をいいところにしてくれるよ。きっと私たちの意見も聞いてくれるし、依頼主からも守ってくれるって約束したんだよ。もしもガッシュ様が斃れてまた"王を決める戦い"が行われても、どんな魔物が王様になるか、これ以上暮らしがよくなるかなんて、わからないでしょう」

「……ほだされたか。いいか、俺が何も考えず依頼を受けたと思うか?
やさしい世界というのは、呪いを扱う俺達にとって住みにくい世界だ。
呪われた我が一族は清廉潔白な王の下では生きにくい。
現に、王が代替わりしてから呪いの依頼は減っている。このままでは飢え死ぬところだ。
呪いがなければ俺たちには何ができる?
体も小さく、力も弱い。魔力も弱い。持っているのは痩せた土地。"王を決める戦い"の候補生に選ばれる前提条件の寿命もない。
呪うことだけが先祖の遺した知恵。俺たちが取る道だ」

「違う……! お母さんは私に魔具を残してくれた。発明品……転送装置も」
「魔具は呪術師がいて始めて役に立つものだろう?」
「違うの。少し応用すれば、呪いと関係なく使える道具はたくさんあるの。使い方次第なんだよ!」

ガッシュ様が飲んだ珠だって、魔力を封印して寿命を縮めるものだけど、元のアイディアは王様を守る王杖(ワンド)から得たものだ。

「……今わかった。お母さんが呪いと結びつかないような道具もたくさん遺してくれたのは、きっと私たちが呪い以外の方法でも生活できるようにするためなんだ。
火をつけなくても魔力を込めると光る灯りだって、便利でいいものだって言われた。たくさん作って売ったら、きっと人気が出るよ。それで生活できないかな。
"王を決める戦い"に転送装置を貸し出したのも、宣伝の意味があったのかも……」

母が研究内容やオリジナルの道具の使い方を私にしか伝えなかったから、私はそれを収入にして生きることができた。
でも、母はきっと娘を生かすためだけに研究成果を遺したわけじゃない。
母の研究は、一族に伝える呪いの技術を呪い以外のことにも使えるようにするようなものが多かった。
こんな日がいつかくるってわかっていたのかもしれない。
きっと一族に別の活路を探そうとしていたのだ。

「なにを馬鹿な。伝統を捨てろと?」
「全部じゃなくてもいい。でも、私たちは変わらなきゃいけないんだと思う。
ナタ。私、お母さんの研究の成果を全部一族のみんなに教えるよ。一族の共有財産にしよう。それで、便利な道具を一緒に売ろう。依頼主が怖いなら転送装置で人間界に隠れたっていい」

「……幻想を語るな」

「でも、このままじゃ、どうしようもないよ」
「――そうだな。お前がヘマをしたおかげで、計画が台無しだ。
転送装置の可能性を知られた以上、放っておいても悪くなるだけだ。引き返す道は、ないのかもしれない」
「ナタ……! わかってくれたの?」

「ただし、確実な保証を得てからな。――これから言うとおりに動けよ」

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