13.(五ヶ月後)


ガッシュ様の体調は変わらないまま、表面上では平穏に時が流れた。
城での生活にも慣れて、作業は順調だ。
みんなが協力的で、心地よく過ごせている。
役に立っていると思える体験は私にとって珍しい。
魅了されてしまいそうなほど香しかった。

けれど、忘れてはいけない。そう自分を戒める。
私の勝手は、私だけの結果にならない。
ナタを裏切り、一族を滅ぼすかもしれない道だ。
ちゃんとすべてうまく収めることができるの?
わからないまま、手を動かしている。

コルルちゃんに悲しんでほしくなかった。
やさしい王様に魔界を治め続けてほしかった。
あのとき、見捨てることができなかった。
王様なら私の一族もどうにかしてくれるって信じたかった。

きっと大丈夫だよね?
この道であってるよね?
うまくいくよね、みんな無事でいてくれるよね?

私は決断の猶予を消費しながら、息をしていた。

 * * *

作業から帰った寝室で、窓の外に鷹がいるのが見えて、血の気が引いた。
ナタの鷹だ。
金色の目がぎらりと光って、私を認識したのがわかった。

窓を開け、鷹の足に結ばれた手紙を外し、合い言葉を唱えて開封する。
用件は"至急帰れ"。
私は荷物をほとんど持たずに城を抜け出した。

 * * *

「ティア、今までどこにいっていた?」
「採集に……」
「収穫物は?」
「量が多くて。至急と言われたから、置いてきたの。その場で作業できたほうがいいから……」

城にいる間、ナタは私に手を出しようがないが、私も採集などで外に出ないわけにはいかない。
一度呼び出しを無視すれば怪しまれて、発見され次第囚われかねない。
不審に思われないようできるだけ速やかに応じたつもりだ。

「――怪しいな」

なんて考えは甘くて、ナタは鋭かった。
ナタは大口の依頼の後で、警戒心を強めているのだとわかった。
ぴりぴりしているのはよくあることだ。

「あ、あやしくなんか、ない!」

図星をつかれて、つい声が上擦った。

「むきになるのはますます怪しい。どこで何を作っていたか言ってみろ」
「い……言えない! 内緒! お母さんの残した魔具だから」
「あの人の魔具の作り方はお前しか知らない、それでいい。
だが何を作っているかは言えるはずだ。それを使うのは俺なのだから」
「それは……だって、」

ああ私は考えが足りない。
言い訳用の魔具を作っておくべきだったんだ。

「言えないなら調べるまでだ。――"バテンド"」

ナタの拘束の術に手足を絡めとられる。
折檻には慣れていて、抵抗しようという気も起こらない。

「しばらくそこにいろ」

ナタは言い捨てて、地面に縫い付けられた私をそのままに別の部屋へ消えた。
そして。

「なぜ王宮にいた?」

鷹の見た光景を解析してきたのだろう。
経路を惑わすことはできても、手紙を受け取った瞬間のイメージは残ってしまう。
もっとうまくごまかさなきゃいけなかったのに。

「偶然知り合った人が……城の書庫を見せてくれるというから……」
「のこのこついていったのか」
「……うん」
「なぜお前に城の書庫を見せると?」
「わからない……じゃなくて、えっと、困ってるところを助けたから、です」

困っているところっていうのが何かって聞かれると思ったのに、ナタの関心は別のところにあった。

「書庫には珍しい書、禁書などもあったか」
「うん。見たこともない資料がたくさんあって、」
「――城には王族の同伴がなければ入れぬ書庫があると聞く。入ったのはそこらしいな。お前に許可を与えたのは誰だ?」
「それ、は……」

ナタは淡々と弾ずる。

「ティア、お前は俺の任務対象を知ってるな」
「知らない! だってナタが言わなかったから、」
「いつ俺が言わなかった? どの依頼のことだと思った?」

声を詰まらせる。鎌をかけられたんだ!
私が黙っていると、もう証拠は十分とばかりに決めつけて喋る。

「俺たちが王の魔力を封印した。その王に近づいてどうする?」

王取りゲームのように、ナタは逃げ場がないように一歩一歩と私を追いつめていく。私は選択肢を消費しながら、応じるしかない。

「何も……。私、呪いのことは何も喋ってないよ。うちの一族じゃないとも言った。ガッシュ様――王様がナタを庇ってた。犯人は大柄な毛むくじゃらの魔物だったって」
「そうか安心した」

ナタはにっこり笑みを浮かべた後に、声を低くした。

「二度と会うな。いっそ王が死ぬまでここにいろ」
「そんな!」
「食事や必需品は運んでやる」
「っ、」

口答えできない。ナタの罰が厳しいのはいつものことだ。
私を反省させるための脅しやハッタリって可能性もある。
数週間後に心から赦しを乞えば赦されるかもしれない。
少なくともこんな野ざらしからは、1週間程度で解放されるはずだ。
でもその先、ナタの目を盗んで王宮に戻ることは、たぶんできない。監視下に置かれる。

ガッシュ様の身体に変化が出るのは、きっとあと10年は先のこと。
20年もすれば老いは始まってしまう。何もしなければ、100年ほどで――。
ああ結局何もできないのか。

――何もかも至らずにごめんなさい。私にはできなかった。
呪いの一族でありながら希望を見せてしまって、ごめんなさい。
遠いどこかで、裏切ったと言われるんだろうか。
老いていくガッシュ様を見て、コルルちゃんは泣くだろうか。
想像することしか、できない。



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