練習の休憩時間に、阿部がぽつりと口を開いた。
「なんか朝よりもグラウンドの草減ってねェ?」
唐突な言葉に、なんだそれ、と部員の注目が集まる。
それぞれがさっきまで汗を流していたグラウンドに目をやった。
そう言われてみればそんな気がしなくもないが、雑草の量なんていつも一定なわけでもない。
いちいち気に留めるなんてどんな神経質だと思われたが、代表して花井が律儀に応答した。
「マネージャーが草刈りしてんだろ。ありがたいことによー」
「しのーか 今日の昼は俺らとミーティングしてたじゃん」
「そうりゃ、そうだけど」
たしかにそのとおりなのだが、それ以上議論して原因を解明するようなことではない。
けれど阿部は一度気になったら気がすまないタチらしい。
野球のことだからこそこんなにも口うるさくなるのだろうか。
スポーツドリンクを配りながら会話を聞いていた千代はのんびり答えた。
「ああ、これはわたしじゃなくて、いつも手伝ってくれる子がね」
「いつも手伝ってくれるって、草刈りを? しのーかの友達?」
「もとから知り合いだったわけじゃないんだけど、野球部を応援したいんだって」
誰ともなく、おお!と声が上がった。
彼らは高校生男子、女の子からの応援が嬉しくないはずがない。
しかも草刈りなんて重労働、大変な分、ありがたい。
「ハイハイ! オレそいつに会った!」
三橋と会話していた田島が、こちらに首を突っ込んできて元気よく挙手する。
「会ったって、いつ?」
「だから今日の昼! オレ、しのーか探してグラウンドまで来たんだぜ」
「あー、そういや探してたな」
阿部が納得したところで、栄口が田島に尋ねた。
「どんな子だったの?」
「んー、三橋みたいだった!」
「おっ お おれ……!?」
「女の子だろ?」
「だから喋り方とか、雰囲気とか」
名前を挙げられた三橋は心配になるくらい挙動不審になっていた。
その様子をみて、意味を察する者数人。
わかるわかる!と、千代が頷いた。阿部は密かに顔を顰めた。
「おとなしい子ってこと?」
「うん。すごく良い子だよー」
「練習見にきたりはしねーの? 連れてきたら?」
「部に貢献してくれてんだったらお礼言っておきたいしね」
「どうかなあ。たまにこっそり見に来てるとは思うんだけど……聞いてみるね」
そして次の日、千代がどうやって泣かせないように見学に誘うかを考えていると、
顔を赤くして、いっぱいいっぱいな様子で、意外にも彼女から話しかけてきた。
「ち、ちよちゃん」
「なーに?」
ちなみに、笑顔で待つことが会話を成立させるポイントだ。
「野球部の人って、差し入れとか貰ったりするの?」
「んー、個人的にはけっこう貰ってると思うよ」
「迷惑がったり、しない?」
「成長期で、あの運動量だからねー、食べ物はたいてい喜ばれるよ」
そう答えると、迷いあぐねるような呻き声が聞こえた。
これは良い傾向じゃないだろうか。
「差し入れ……すっ、するとしたら」
「今からの時期だったらアイスとかがいいかも。部費じゃあなかなか手が回らないからさ」
「アイス……は、どんなアイス?」
「どんなアイスでも。クーラーボックスが必要なら貸し出すよ!」
「あ、うん、ありがとう……あのね、渡すのって千代ちゃんに預けてもいい?」
不安げな問いに、普段ならすぐ頷いてあげるところだが、それでは勿体無いような気もした。
千代だって、この懸命な女の子の気持ちと頑張りを人に誇りたいのだ。
「じゃあ、部活のはじめくらいに預けにきてくれる?」
「わかった!」