20.(そして)


「一人分空いたな。俺が乗る」

デュフォーさんは涼しい顔で転送装置に乗ろうとした。

「えっと……?」
「空きがなくても乗るつもりだったがな。
――ゼオンの顔を見たいんだ。トラブルに巻き込まれているんだろう。俺ならたいていの問題を解決してやれる」
「あの……帰ってこられなくなってもいいんですか?」
「そうだな。一生魔界で過ごしても俺はかまわないし、帰りたくなったらどうにでもして帰るさ。転送装置の構造は理解した。魔界にある材料で作れるんだろう?」
「それ、はっ!!」

禁忌じゃないか。聞き捨てならない。
転送装置を作動させるのは一度だけという約束なのに。
あれだけ苦労して作った転送装置の構造を理解したと気軽に言われると落ち込むけど、きっと本当なのだろう。
デュフォーさんも清麿さんも、答えを出す者(アンサー・トーカー)という特別な資質を持っているのだ。

「ちょっと待って! それなら私も行くわ」
「ええと、あの……?」

名乗りを上げたのは、シェリーさんという人だ。
今回の界渡りに同行していないブラゴという魔物のパートナーだったのは知っている。
金髪の女の人だ。

「向こうが会いにこないなら、私が行くしかないのよ!」
「えっと、でも、あの」
「何か問題がある?」
「人数が増えると転送装置のエネルギーが足りなくなります……。
魔界に人間が来たという例は聞いたことがないので、環境が合わないかもしれないです。
人間界に帰ってこられるかわかりません。
もともと転送装置を一度しか作動させないというのは魔界の問題を人間界に持ち込む混乱を防ぐためで――。
それに、今回の転送はガッシュ様の魔力封印を解くために赤い本が出現していたことで魔界と人間界の境が通りやすかったから成功したということもあって、帰り道も王の帰還なら問題ないと思うのですが、それがなくなった後は、本来隔絶している人間界と魔界の境界を越えられなくなるかもしれないです」

思いつくだけ不安材料を挙げる。
人に意見するのは難しいけれど、シェリーさんのためにも、ずるずると認めることはできない。

「だそうだ。無茶はしないほうがいいんじゃないか? 俺ほど自由な身じゃないだろう」
「馬鹿にしないで。仕事は片付けてきたし、手紙も残してきた。
デュフォー、あなた、空きがなくても乗るつもりだったって言ったわね。何か方法が在るんでしょう?」
「……システムを少し直せばエネルギー効率が上がる。一人二人増えても問題ないはずだ。
魔物たちの様子を見ていると、空気の成分に大きな違いがあるとは思えない。未知の病の存在は否定できないが、俺は魔界で野垂れ死んでもかまわないからな。それより魔界ってモンを見てみたい」
「病気に関してはたしかに行ってみないとわからないわね。一応、抗生物質くらいは持ってきたのだけど」
「システムって……!?」
「ここの回路をこっちに繋ぎ変えればエネルギー循環が変わるだろう?」

転移装置の構造に口を出されて、しかも少し考えるとそれが正しいとわかって、私はもう尊敬を通り越して、デュフォーさんが恐ろしくてしょうがなかった。
もう、説得できる気がしない。

さらに「いいなぁ。俺も魔界に行ってみたいよ。ガッシュが王様やってるところも見たいしな」と清麿さんが言えば、
「それなら私もアースに会いたい」とエリさんが言い、
他にも頷く人がちらほらといる。きりがない。埒が明かない。

「ガッシュ様……!」

すがるようにガッシュ様に助けを求める。
ガッシュ様は清麿さんに頭を撫でられ上機嫌だったので、少し怖い予感がした。

「うぬ。希望する者は魔界に来られるよう、また転送装置を動かすことにするのだ。
ただし魔界に人間が来ることでどんな影響が出るかわからない。今回の転送装置の定員もある。最初は二人だけ、それも短い滞在にしよう」
「そんな……ガッシュ様、だって、コルルちゃんが言ったこと……」

約束したじゃないか。
コルルちゃんは転送装置によって魔界と人間界が繋がって、人間が再び魔物に傷つけられることを恐れたのに。
デュフォーさんが転送装置の構造を理解しているということは、人間界なら材料も動力源となる魔力もないからいいけど、魔界に連れていったら自力で転送装置を作れるようになってしまうかもしれないってことだ。

「人間界に来てからずっと考えていた。
転送装置というものは秘匿すべきものなのかどうか、私にはまだわからないのだ。
たしかに恐ろしい魔物が人間界にくることは絶対にあってはならぬ。
だが、悪い使い方しかできないのか? 隠していれば悪者の手には渡らないのか?
私が王の時代にこの装置があることには何か意義があるのかもしれない。
清麿たちが手伝ってくれるなら、これから魔界と人間界の交流の在り方を模索していきたいのだ。
――それに、私が清麿に会ったのに、ゼオンがデュフォーに会えないのはなんだかズルい気がするのだ……」
「そういうことなら、俺はもちろん協力を惜しまない」

それは本能的に災いを恐れるような私の判断と違って、政治的な決断だと感じた。
それなら、私が王様に異を唱えることなんて、できない。

「転送装置だって適切に管理すれば危険なものじゃないだろう。俺もむやみやたらに製造しようというわけじゃない」
「うぬ。ルールを決めたり制約を課すことも必要だと思うのだ。
だから、ティアと"呪いを扱う一族"で転移装置を管理してくれぬか?」

私は転送装置を作れるし、構造を理解しているから運用できる。
呪術師がいれば、人間界にくる魔物に一時的に呪いを施して枷を嵌めることもできる。
王様直々に役目と仕事が与えられることは大変な名誉だ。
清麿さんが私の元へ歩んできて、目線が合うようにかがみ、ぽんっと頭に手を置かれた。

「”呪いを扱う一族”のことはガッシュから聞いた。一族を抜けてまで、ガッシュを助けてくれてありがとう。俺はお前たちを助けるためにも……今回の首謀者を見つけて政治的な問題を解決するためにも、魔界に行きたいんだ」

そんな、ナタのことを言われたら、私が了承しないわけはいかないじゃないか。
コルルちゃんが願った平穏を守るため、
これから厳しく装置とそれを使う人と魔物を管理していくことになるだろう。
一族の協力を仰いで、ルールを作って……。

でもそれは悪い未来じゃない気がした。
別れより再会のほうがいいに決まっているのだ。

「わかりました……」

魔物たちから回収していた魔法の鈴を、パートナーの人間たちに配りなおす。
再び転送装置で魔界に来たときに合図するためだ。
転送装置には人間界の世界地図を読み込んだから、今度は迷うこともない。

「では、清麿。いってくるのだ!」
「ああ。ガッシュ、またな!!」

とても眩しい光景の中にいた。
もう苦しみはない。
光はあたたかく私を包んだのだ。


光渉り【終】

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