二つ目



「ティアが死んだ? それはたしかなのか」
「うん。心臓と脳波を含むあらゆる生体機能が止まってから丸3日。
明後日、あの村で葬儀が執り行われる」

クロロはシャルナークの淡々とした報告を聞きながら、
そんなわけがないという思いに急き立てられる。

「だがあいつは――……」

言いかけて口を噤む。
省みることで、それが馬鹿げた単語だという可能性に気付いた。

「"不老不死の魔女"なのにね?」

放棄した単語を、シャルナークが拾った。
高名な占い師で、念能力者。医者で薬剤師。千里眼の持ち主。妙薬の持ち主。
総じて得体の知れない術を使うから、魔女。
老いず死なないから、不老不死。

「俺もすっかり信じてたけど、今思うと刷り込みだったんじゃないかな。
本当に不死身なのかどうか、クロロだってちゃんとたしかめたことはなかったでしょ?」
「確かめるには命がいくつあっても足りなかったからな」

出会った頃――クロロやシャルナークが念を知らなかった頃から、
ティアは誰に聞いても年齢不詳で、見た目が変わらず、
たまに怪我を瞬時に治すようなパフォーマンスをしてみせた。
何をしてもどんなときも不敵な笑みを絶やさず、
付け入る隙がなかったから、そういうものだと思い込んでいた。

「なるほど。不死身として振る舞うだけの実力があっただけ か」
「念じゃ完全な不死身の実現は無理だろうし、せいぜい"不老長寿"じゃない?
死んだのは制約と誓約に引っかかったのか、精神的に寿命だったのか……」

”精神的に寿命”
身体を排除した妙な言い方に引っかかりを覚える。
あらゆる生体機能が止まっていることを3日も観測した理由は?

「ティアの死因は?」
「原因不明の突然死。あらゆる検査で原因は見つからず。
お察しの通り、遺体は切り開いても数日置いても劣化変色なし」

言うまでもなく、生体反応のない身体は朽ちるものだ。
常温でありながら冷凍保存のように、
まるで時間を切り取ったかのように鮮度が保たれているのだとしたら常軌を逸している。
いびつな時を刻んで生きた身体は、死してもいびつなままのようだ。

「まるで神の左手悪魔の右手〈ギャラリーフェイク〉で作った人形だな」
「じゃあ遺体は偽物で、ティアはまだ生きてるかもね?」

そうであってほしいというように、シャルナークが笑む。
表面上でいくら考察をしても、事実は受け入れがたい。
クロロも、ティアは殺しても死なないような存在だと心のどこかで信仰していた。

「いや、死を偽造する理由がない。村を出たければ力づくでも出られたはずだ。
それよりも、ティアが死んだことによって、自身の身体にかけていた不老の能力が死者の念と化した可能性がある」

たとえばコルトピの神の左手悪魔の右手〈ギャラリーフェイク〉には24時間という制限がある。
それより長時間保たせる念能力者が存在してもおかしくはないが、希少だ。
それほど精巧なレプリカを作る能力者の協力を得てわざわざ死を偽造したと考えるよりは、
元々不老だったティアの身体が、死者の念で強化されたという考えのほうが自然だ。

「じゃあ永遠に朽ちない可能性もあるんだ」
「ああ。燃やしてしまうには惜しいな」
「”魔女”を燃やすのは畏れ多いって言って土葬かもよ。
そのうちゾンビみたいに復活しないとも限らない」
「燃やしても燃えない可能性もある」
「そうなったら博物館行きだね」

魂なんてものがあるとしたら、それが抜け落ちて不老の血肉だけが残った。
死しても老いぬ身躯。他ならぬティアの。
傷がついていなければ、あるいは塞ぐことができれば、美しいままのはずだ。

「――欲しいな」
「言うと思った」

ぽつりと呟けば、当然と返ってきた。

「今から移動すれば葬儀には十分間に合うよ。
召集かけてる暇はないけど、死体一つ運ぶのにそんなに人数いらないでしょ」
「ああ。暴れる必要はない」





遺体は美しかった。
まるで生きているよう とは言わない。
見ても触れても、たしかに死体だった。
ただし、到底死後5日目のようではなかったが。

見事な美術品には生命力さえ感じるものだ。
人形とも違う、唯一無二の、崇高な秘宝。
念の効力がいつまで続くのかわからないが、保存の方法はいくらでもある。
そこに残る彼女の意志の面影を、飽くまで愛でた。



パターン2.魂の死から始まる躯の命
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