12.(五日後)


「ひとつ、不安なことがあります」
「言ってみろ」

取引によるものだとはわかっているが、
ゼオン様は私にとっての不足を補おうとしてくださる。
言葉は厳しくとも優しい方だ。
だからこそ賭けへ踏み込むと決めた。

「私は呪いを生業とする一族の者です。
私が知らないだけで、今回の件に一族の者がかかわっている可能性が、ないとは言い切れないです。
もしも万が一、そうだったら、私は呪いを解くわけにはいかない。
それをしてしまったら、依頼主から契約違反を責められることになって、術者と一族全体に身の危険があるからです」

ナタが、それどころか私も呪いにかかわっているという真実は伏せる。
嘘を吐いた実践経験はあまりないが、ナタからは厳しい教えを授かった。
こんなに回りくどい言い方をしても内容はなお十分に不遜だ。
王族の方から見れば私たち一族の命など比べるに値しない、塵に等しいはずだ。

「一族からお前を保護しろと?」
「いいえ……勝手な行動を取っているのは私なので、私が罰を受けるのはいいんです。
それよりも一族の他の者を許して、助けてほしいんです」

呪った相手を許せなど、都合のいいことを言っているのはわかっている。
解呪法である転送装置を作るのと引き換えにしているのだから、脅しに近いのかもしれない。

「杞憂ならいいのですが、万が一術者が私の一族の者だとわかっても、私は呪いを解く手助け――転送装置を全力で製作します。
だからどうか、万が一のときは助けていただくことはできないでしょうか……」

転送装置製作の成功報酬にはすでに金品を要求している。
材料や環境を揃えていただいたり、最高の待遇を受けている。
これ以上の望みを述べるなんて、我ながら恥知らずだと思う。
ガッシュ様は罪なき被害者だというのに、さらに搾取しようとしている。
私は加害者側なのだから、まるで詐欺だ。

「"助ける"に望む内容を具体的に言え」
「……呪術士が私の一族の者なら罰しないでほしいです。そして依頼の失敗によって依頼人から一族全体が報復されるのを防いでほしいです」

厚顔無恥とはまさにこのことだろうか。
あまりの無茶に顔が熱くなった。

「呪いを実行した者と命じた者が別というのは確実か?」
「わかりません……が、もしも私の一族の者なら、自発的に誰かを恨んで呪うことはないです」

依頼を受ける選択をし、報酬を受け取った時点で"命令されただけ"とは言い訳できないだろう。
恨みの連鎖から抜け出せない、業の深い職業だ。

「王に危害を加えた者を庇うなど言語道断だ……と言いたいところだが、お前にとってはそうもいかないのだろうな」
「すみません……」

ゼオン様は忌々しげに私を見たので恐ろしくなったが、その後に続いたのは親切だった。

「――実行者を全く罰しないことは無理だが、温情をかけてやることはできる。
ガッシュは一族の殲滅を望みはしないだろう。
封印が解けてからもしばらくはガッシュに術を使わないようにさせて事実を秘匿し、事件の公表は首謀者を突き止め、罰し、お前たちに報復しないよう処置した後にする。それなら満足か?」
「……はい!」

あの封印は幸いにも進行が緩やかであるが故に、
掛けられたことも解かれたことも外からはわかりにくい。
王様が術を使うべき機会はそれほど多くないはずだし、他の方が代理することも可能だろう。
封印がかかったままならいずれ老いるから違いが出るが、数年ならごまかせるはずだ。
その数年間にゼオン様が対処してくださることを、祈るしかない。

「喜ぶな。決まったわけじゃない。もっと物事を疑え」
「……冗談だったのですか?」
「いや。ただ、お前の単純さはガッシュに似ていて心許ない」
「そうですか……?」

王様に似ているというのは不遜じゃないだろうか。
私がゼオン様はナタに似ていると思ったのと同じ感覚なのかな。

「ガッシュのそれは長所でもあるが、呪術士まで簡単に信用するようでは戒めなければいけない」
「そう……ですね……」

仮にガッシュ様が今より警戒深くても、
優秀なナタが呪いに失敗していたかどうかはわからない。
――私こそ、疑われるべきだ。

「お前は何故ガッシュがあのような呪いをかけられたと思う? 直接命を奪うのではなく、魔力だけを封じる呪いを」

呪いの専門家として意見を求められているんだろうか。
ゼオン様が問うたので、私は一所懸命答えた。

「もしかしたら、依頼主の一族には現在次の王様候補となる子供がいないのではないでしょうか……。
王様が斃れれば新しい王様が選ばれるかもしれないと聞いたことがあります。
時期がわかっていれば、それに合わせて後継者を育てられると思うので……」
「ありうる話だな。それが確かなら首謀者を特定しやすい」

呪術士が依頼人の名前を明かすのはタブーだが、ナタは私に依頼内容を教えなかった。
契約上の共犯にはしなかったのだ。
外部から情報を集めて依頼人が明らかになったとしても、ナタの非ではない。

ゼオン様は信じるなと言ったけれど、私は藁にも縋る思いだった。
尊重されることに慣れていないせいで、涙が出るほど嬉しい。
意見が肯定される。罵られない。無力でもない。頼られる。その魅力に溺れてしまいそうだ。

誘惑でなく、私はちゃんと正しいものを選べているだろうか?



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