目覚めて最初に思ったことは『今何時だろう、学校行かなきゃ』で、
次に思ったことは『あれ、今日何曜日だっけ?』だった。
部屋は薄暗く、豆電球程度の灯りがあるが周囲がうまく確認できない。
携帯の時計を見ようと思って身じろぎすると、手が何かのスイッチに触れたらしい。
ぱっと部屋の灯りがついて、ソレの蓋が開いた。
――どこ、ここ。
私が寝ていたのは酸素カプセルのようなものの中だった。
白い部屋はまるで病室のように清潔な空間で、機器からはコードが伸びていた。
着ているのも患者衣のようだ。
頭にかかった靄が徐々に晴れていく。
――そうか。ここは、未来だ。
*
*
*
かつて、ランボが自分に十年バズーカを撃ち、15歳の彼に成り代わった。
『若きボンゴレご機嫌うるわしゅう』
ツナくんに挨拶をしてから、私を見留め、目からぶわっと涙をあふれさせた。
『若き真珠さん、お元気で……っ、外に出ていて大丈夫なんですか!?』
何を言われているのかわからなかった。ツナくんが彼にどうしたのかと問う。
『真珠さんは病気なんです。今ならまだ間に合うかもしれない。病院で精密な検査を受けてください』
未来を変えてしまうかもしれないことを憚らずに彼は教えてくれた。
そのせいで、今は彼のいる未来とは別の未来に繋がったのかもしれない。
『オレの口からはここまでしかっ』
精密な検査を繰り返してわかったのは、未知で不死の病に侵されるということだった。
余命は3年。
不安で堪らず、私は泣き崩れた。
『どうしよう恭弥……』
『大丈夫だよ。なんとかするから』
当時付き合っていた恭弥のその言葉はただの励ましではなく、
ツナくんに土下座して『どうにかして』と 乞うたそうだ。
あのプライドの高い人が。
ツナくんは再び十年後のランボと話をし、十年後には治療法が開発されていること・十年バズーカの効果の間に治療するのは不可能なことを知った。
そして至ったのが冷凍睡眠(コールドスリープ)という方法だった。
世間一般には実現に至っていないが、マフィアの――ツナくんの特殊能力と装置を使えば可能だそうだ。死ぬ気の零地点突破というらしい。
たくさんお金がかかるのも、恭弥がツナくんの守護者だからと一時的に出してくれるといって、一緒に両親のところへ行って、事情を説明し、私を預けてほしいと告げた。
お母さんなど気を失ってしまったりもしたけど、
それしか方法がないとなると藁にも縋る覚悟だった。
恭弥はその場に婚姻届を出して、娘さんをください と言った。
『書いて。十八になったら出しておくから』
そこまでしてもらういわれはない、そんなわけにはいかないと思うのに嬉しくて、声を上げて泣いた。
そのおかげで、眠りにつくときは怖いながらも彼を微笑んで見つめることができた。
『十年後にまた会いましょう』
*
*
*
そして、今に至る。
戸惑っている間に、部屋の入り口から音がして、男の人が入ってきた。
「真珠」
すたすたと私のもとに歩んできて、私を見下ろしたその人は、恭弥に似ていた。
涼しげな目元や声の感じも、恐ろしいほど似ているけれど、背が高くて髪が短くい。
20代くらいの大人だ。
「あの……」
「おはよう、十年ぶりだね」
「恭、弥?」
「うん」
それでようやく私は、本当にここが十年後なのだと実感した。
「今医者を呼ぶから」
てきぱきと対応する恭弥を眺めて、まるで知らない男の人のようだった。
私の知っている雲雀恭弥は学ランを肩に羽織った中学生だ。
声が少し低くなり、いろんなところが骨張って、男の人っぽくなった。
無菌室なので白衣に手袋をしていて、触れることは叶わない。
*
*
*
それからはめまぐるしかった。
医者と一緒にツナくんやランボくん、それにハルも大人になって現れた。
ハルは新体操部の後輩として可愛がっていたのだけど、すっかりお姉さんになった。
ツナくんも、まるで遠い人たちのようだった。
夜にはガラス越しだが両親と面会することができた。
10年分歳を取った父と母には皺が増え、小さくなったようだった。
よかった、よかったと泣く両親に釣られて少し泣いた。
次の日から病の治療が始まった。
正直、それは辛く苦しいものだった。
自分がどこにいるのかもわからない気分のまま、ただ目の前の試練を受け入れた。
恭弥は一日一度はお見舞いにきてくれた。
私は正直彼との距離感を掴みかねていた。
触れがたいほど綺麗な大人のひと。身長差も大きくなった。
「恭弥の大事な十年間を一緒に過ごしたかったなぁ」
同じスピードで歩むことができたら、違和感なく隣にいられたかもしれない。
彼の高校生活も大学生活も、逃してしまった。
実質10歳の年の差が生じたようなものだ。
「僕は静かでよかったよ」
「そーいうこという!?」
「どうせこれから一生いるんだから、いいよ」
恭弥は涼しい顔で、敵わないなぁって思う。
「結婚……したんだよね」
退院したら、私は恭弥と暮らすことになっている。
並盛なので実家とは通える距離なのだけど、
同居でも同棲でもなく、夫婦なのだ。
籍を入れてから、すでに荷物は恭弥の家にあるとのこと。
「入籍はね。式はいつにしようか?」
「私が十六歳になってからだから、来年かなぁ」
「君、今戸籍上は二十五だからね、わかってる?」
サァッと血の気が引いた。
わかっているつもりが、どこかわかってなかった。
十五のときから体は成長していない。心だってそのままだ。
「あくまでも戸籍上。無理しなくていいから。
生活しやすいように十六歳の戸籍を用意することもできるし」
至れり尽くせりで泣きたくなった。
恭弥は素敵な人だ。
昔も素敵だったけど、今はもっと非の打ちようがない人になってしまった。
私に縛りつけていていいんだろうか。
私ばっかり子供のままで、分不相応なんじゃないか。
いつか捨てられるんじゃないかと不安になった。
「何考えてるの」
「恭弥にはもっとふさわしい人がいるんじゃないかって」
「馬鹿なこと言わないで」
恭弥の眼は凶暴な怒りを帯びていた。
「どれだけ待ったと思ってるの」
その時間は煩わしくなかった?
捨ててしまおうとは思わなかった?
眠っているだけの私。
十五歳から変わらない私。
他の誰かを選ばず、娶ってくれた。
急いで追いつきたいのに、一歩ずつしか歩めない。
けれど、精一杯応えたいと思った。