11.(夜)



その夜、私はいつもより遅くまで作業をしていた。
ふと 隣の闘技場からなにやら物音がするのが気になった。
こんな時間に誰が何をしているのかと気にかかり、入り口からそっと覗いた。

「ザケル!」

聞こえたのはガッシュ様の声だった。
続いて、紺色のマントと金色の御髪が見える。
お一人のようだ。夜な夜な何をなさっているんだろう?

「ザケル! ザケル! ――なぜだ!? ザケルッ!」

叫んでいるのは術の名前のようだが、魔力が封じられているので術は出ない。
封印のことは理解なさっているはずだけど……。

「ラシルドッ! ジケルド! ザケルガッ!」

何もない空間に向かって叫ぶ、それはまるで咆哮だった。
喉が嗄れ息を切らすほどになって、ガッシュ様は地に膝をついた。

「……ふがいない。わたしはなんのために王になったのかっ!」

無念を嘆き、涙を零す。
その光景に胸を打たれた。
私は、この方の絶望を考えていなかった。

魔術を使えず、寿命を奪われる。
老いる前に解けばいいというものじゃない。
力がなくては満足な統治が行えないこともあるだろう。
王様がこんな状態だと知られれば、謀反が起きるかもしれない。

私という解決の糸口が存在するとはいえ、不安を抱かないのは無理だろう。
転送装置の完成も絶対ではないし、人間界に行けば解決するというのも絶対ではない。
ガッシュ様は確実さが欲しいはずだ。
何か努力しなければ狂いそうな心境だったのかもしれない。
私も、忙しく動いて頑張っていればひとまずは責められないんじゃないかと考えてしまうから。

自力で解決することができるならガッシュ様にとって一番いいのだろう。
強い魔力を捻出すれば珠が吸収する分を上回るかもしれないと考えたのだろうか。
今までにも他に何か試したのかもしれない。

自らの油断が招いたとんでもない事態で、どれだけ悔いて自分を責めたのだろう。
私が一族の運命を背負っているとすれば、ガッシュ様は魔界全土の運命を背負っている。
ゼオン様が好条件を提示するわけだ。
そんな状態でも、ガッシュ様は自分の寿命ではなく王様としての責務を惜しんでいる。

やさしい王様。
本当に、やさしい王様なんだ。
最初はコルルちゃんに悲しんでほしくなくて、願いを叶えたくて、
コルルちゃんのいう「やさしい王様」を信じたいだけだった。
役に立ちたかった。悲しい顔を見たくなかった。褒められたかった。

あの月の夜、全てを明かして・あるいは 何も言わずに去って、
コルルちゃんと二度と会わない選択肢だってあった。
それを選ばなかったのは単に、何もしないで見殺しにする勇気が出なかっただけだ。
今でも、何もなかった・知らなかったと目を逸らして森に帰る選択肢がすぐ隣にありながらも、それを選べない。

今はどうだろう?
私たちを救ってくれる王様だと、信じたいこの気持ちは私自身のものだ。
ガッシュ様の味方をしたい。
コルルちゃんの、ゼオン様の。
それは途方もない茨の道で、成し遂げるために命を懸けなくてはいけない。
私の命ひとつで足りれば安いくらいだ。

やって後悔するか、やらないで後悔するかの問題ではない。
どちらにもそれぞれ覚悟と犠牲がつきまとう。
裏切ることで追いつめられ、
人を傷つける勇気も苦しめる勇気もないのにこんなものを抱えて、棘が全身を貫いている。

それでも、懸ける価値を見出すことができた。

その想いを胸に、私はそっと作業場へ戻った。



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