10.(三ヶ月後)



極論を言えば、誰かが使える術の内容は魔力で実現することができる。
その実現の過程が難しいだけだ。

母が残した暗号を読み解き、過去の研究で明らかにされた術の仕組みを存分に盛り込む。
瞬間移動装置を応用して界を渡るようにすること。
莫大な魔力を蓄え、それを取り出して神力に変換して使えるようにすること。
範囲指定・座標指定と光学迷彩も搭載し、念のため私にしか操作できないように保護機能を付ける。
最新技術というよりはむしろロストテクノロジーだ。

材料の採取・加工などを他の方に依頼しても、作業量が多くて目が回りそうだ。
作業自体は楽しく、忙しくしているほうが余計な考えが浮かんで不安にならずに済む。
恐怖を振り払うように無心に没頭し、疲れ果てて眠れるようにする。

昨日『何か隠してない?』と聞いたのはコルルちゃんだった。
『隠さなきゃいけないことがあるのかもしれない。でも、友達が悩んでるのに何も知らないのは嫌だから、ティアちゃんは私の話聞いてくれたから、私も、いつでも頼ってね』
その温かい言葉に泣いてすがりつきたくなったけれど、なんとか「大丈夫」と言った。
私の手には余るけれど、誰にも相談できないことでもある。
全部コルルちゃんのためだなんて言ったら、まるでコルルちゃんのせいみたいだ。
誰に言われたわけでもない、私が選んだ。

主な製作作業は闘技訓練場で行い、宛てがわれた寝室では夜に理論や設計図を練る。
ゼオン様に注意されたので食事と最低限の睡眠時間は確保するようにしている。
調べたいことは溜めておき、ゼオン様の都合が良いときに書庫についてきてもらう。

「ゼオン様、あの……聞いてもいいでしょうか」
「なんだ」
「ガッシュ様は、どのような方ですか」

燭台を持つ後ろ姿に話しかけた。
作業はおおむね順調だからこそ、こちらの調査も進めなければいけない。
果たして私は転送装置を完成させて、王様を助けていいのかどうか。
どの行動を選択するのが最善なのか、迷わずにはいられない。

「なぜそのようなことを訊く」
「私はよく知らないので……」

ゼオン様は訝しげだったが、
"助ける相手のことを知っておいたほうが意欲的になれる"と伝えれば納得してくださり、口を開いた。

「ガッシュは一言でいえば"バカ"だ」

悪口が出てくると思わなくて、面食らった。

「信じられないほど単純で、無邪気で、考えも甘く、隙も多い。
お前も聞いていただろう? この期に及んで呪いの術者を庇うようなことを言う、大馬鹿者だ」

その口調は、ナタが私のことを罵るのに似ていた。

「敵が多いのも、ガッシュが王の特権による選別を行わなかったせいだ」
「選別?」
「王を決める戦いの後、王に選ばれた者は魔物を選別する特権が与えらる。
敵対する勢力を一掃することも可能な、王を守る仕組みの一つだ。
クリア・ノートは別として、過去には即位した時点で魔物を半数にまで減らした王もいたという。
ガッシュはそれを一切しなかった。選別を行わなかったのが悪いわけではないが、身を守る手段を一つ放棄したからには他で補わねばならないという自覚が足りない」

もしも別の魔物が王様に選ばれて特権を行使していたら、私の一族が抹消されていた可能性もあるのだろうか。
依頼がなければ呪ったりしないのだが、誰かに恨みを買っている可能性は十分に考えられる。

「クリア・ノートというのは?」
「知らないのか」
「無知で……すみません」

巷の出来事に対する情報源はナタとコルルちゃんだけだった。
ふたりがたまたま喋ったことのある内容でなければ私は知らない。

「王を決める戦いに参加した者には状況が伝えられていたのだが、他の奴らは違ったか。
――クリア・ノートは"特権"によって魔界の全ての魔物を消滅させるために王を目指していた。それを防いだのがガッシュだ。
あの戦いで魔界の住人でガッシュに命を救われていないものなどいない。……というのに、恩知らずの鼠が」

最後は呪いの首謀者に宛ててだろう、思い出すように吐き捨てられた。
ゾクリとした。恨みの有無にかかわらず、私たちは知らぬ間に滅びるところだった。

「王としてはまだまだ未熟だが、あの戦いが終わってから勉強を始めたのだからよくやっているほうだろう。
貧救院を提案したり会議を開いて平民や敵対勢力の意見も広く取り入れたりと、"やさしい王様"という目標を実現しようとしている。
身内贔屓でなく、俺はガッシュが王になってよかったと心から思っている」

コルルちゃんとゼオン様が保証する優しい王様。
私も、ガッシュ様は悪い王様ではないと思う。
仮に100年後ガッシュ様が斃れたとして、次にどんな王様が選ばれるかは誰にもわからない。
それこそクリア・ノートのような魔物が勝ち抜く可能性もある。
今より良くなることがあるのだろうか。誰にとって?



 main 
- ナノ -