枯れ木の花


眼鏡と三つ編みのおさげ。
本ばかり読んでいたせいで視力の悪くしてしまい、癖の強い髪は三つ編みにするしかないと思わせた。
それはステレオタイプの"委員長"だそうで、
私は図書委員になりたかったのに、似合うからという理由で学級委員長に選ばれた。
その呼び名はもはやあだ名で、小学5年生のその半年間だけでは飽き足らず、中学に進学して他校と混ざってもなお受け継がれた。

流行やお洒落に疎く、大胆に自分を変える勇気もない。
両親も昔気質な人で、私の古めかしさを悪いと言わなかった。
先生に叱られないだけの無難さを選び、真面目が取り柄と言われることに甘んじた。
本当は真面目になりたいわけじゃない。不真面目のやり方を知らないだけだ。

「委員長!」

廊下で野太い男の人の声が聞こえて、びくっと体が揺れた。
思わず振り向けば、学ランにリーゼントという 私でも古めかしいと思ってしまう格好の不良。
この学校の風紀委員はみんなそういう格好をしている。
彼らが委員長と呼ぶのは、私ではない。

「何?」

風紀委員長の雲雀恭弥くん。
うちのクラスのもう一人の風紀委員も私のことを委員長と呼ばないのは彼を憚ってだろう。
1年生のときから委員会の委員長を務めているのは彼だけだ。
不良の頂点に君臨している、らしい。
尾ひれがついているのかわからない噂ばかり聞こえてくる。
私とは縁がない。

同じ"委員長"なのに、正反対だ。
不真面目が自由のことなら、彼は不真面目の頂点にいるように見える。
私には学校が窒息するほどの檻に見えるけれど、彼にはどう見えているんだろう?

「服装検査の日程が確認しました!」
「いつ?」
「来週の火曜日です」

月に1度ほど、抜き打ちで服装検査が行われる。
朝、校門の前で先生と風紀委員が服装の乱れなどを取り締まる。規定のブレザーでなく旧制服の学ランを着て不良のような髪型をしている風紀委員に言われたくないと思うが、それは暗黙の了解らしい。生徒手帳にはたしかに、旧制服ではいけないという記述もない。
どちらにせよ私はスカート丈を測られる手間もなく一瞥で校門を通ることができる模範生だ。

本来、内密であるはずの検査の日程を偶然聞くことができたのは、
通りすがりが私ならば聞かれてもかまわないと思われたのだろう。
信頼されたといえば聞こえがいいが、等閑視されたのは路傍の石になった気分だった。
もしも誰かに言い触らせばそのときは世にも恐ろしい目に遭うのかもしれない。
服装検査は毎月のことだ。怒られてもしぶとく繰り返したり、その場で服装を直したり、各々どうにかしていると知っているので、危険を冒してまで誰かに教えようとは思わなかった。

彼らとすれ違ってからも歩み続け、目的地の手洗い場についた。
持っていた花瓶の水を捨て、新たに注ぐ。
掃除当番の仕事だが、誰もやらないので私の日課と化している。

こうして毎日水を換えても、花はじわじわと枯れていく。
摘み取られ、この檻に入れられて。
少し色の衰えた花を眺めながら、きっと私もこんなふうだと思う。
真綿で首を絞められて、息苦しさに殺されている。

いっそこのまま枯れた花も飾ればいい。
枯れた瞬間になかったことにするなんて不条理だ。
茶色い塊になっても、私は毎日水を換えよう。
そう思うけれど、教室に飾るものだから、そういうわけにもいかない。
枯れたら捨てて、新しい花を入れる。
花を枯らし続けることにどんな意味があるのかわからないが、
きっと教室でたまに視界に入れる程度の人にとっては美観を保つことになっているのだろう。

この花は明後日には捨てよう。そう決めて、また花瓶を抱えて来た道を戻る。
黒の学ランとすれ違った。今度は一人だ。

「ねえ。さっきの、聞いてた?」

周囲に他に人がいなかったので、私に話かけているんだろう。
要件はわかった。口止めだ。
思考でどれだけ落ち着きぶっても、突然のことに声は震えた。

「き……聞いてましたが、誰かに言ったりはしません」
「そう。君は模範的だね」

雲雀くんは私の格好を眺めて、言った。
褒められているのかどうか判断に困った。
この人も、学ランを肩にかけているくらいで、髪は黒くて普通だ。
驚嘆するほど端正な顔立ちをしているし、喋り方も乱れていない。
風評を知らなければ不良とは思わなかったかもしれない。
風紀委員としての発言なら素直に受け止めるべきだが、ふと、疑問を口にした。

「模範的っていいことですか?」
「風紀を乱してないってことだからね」
「風紀って、なんですか?」
「――馬鹿にしてるの?」

ひんやりとして鋭い、氷柱のような声。
手には愛用のトンファーが構えられている。

「いいえ」

殴られるならそれでもいいかと思ったわりに怯えて目を閉じたが、そうはならなかった。
おそらく、私が抱えている花瓶を割らないためだろう。

「……僕の作った秩序だよ」

雲雀さんは答えた。
そうか。私は秩序の中に収まろうと息を潜めて息を殺していたのに、この人は自分で秩序を作ってしまったんだ。
違うはずだ。そして接点もないはずだ。
私はこの人に包含されて生きていた。
それならもっと手足を伸ばしていいはずなのに。

「もう一つだけ。雲雀くんは、花が枯れたら捨てますか?」
「なんなの」
「お願い」
「興味ないな。生きてても死んでても、邪魔なら捨てるし、邪魔じゃなければ置いておく」

生死で語られると人間か動物の話みたいだ。
雲雀くんはあくびを手で押さえる。

「もういい?」
「ありがとうございました」
「意外と変人だね。"委員長"」

あなたに言われたくない と思うより先に、それを呼ばれるとは思ってなかった のほうが強い。
教室ではたしかにその名で声をかけられることが多い。クラスメートとして認識されていたのか。

「従順な草食動物から脱したいかい?」
「そういうわけじゃないけど……」
「草食動物は所詮草食動物のままだ」

雲雀くんは薄く笑う。
彼の語る草食動物というのがなんの喩えなのか、正確にはわからない。
きっと雲雀くんは獰猛な肉食動物なのだろう。
私も、肉食になりたいというわけじゃない。草食がお似合いだと思う。
檻の中で草を食べる。
草を食べるのは、檻の外でもできる。

「そうだね」





火曜日の朝。
切ったばかりの髪は肩につくほどの長さで、飾りのついた明るい色のピンで前髪だけ留める。
スカートを2段折り、第1ボタンを空けてリボンを緩める。
唇に色のついたリップを塗って、爪にも薄いピンクのマニキュアが塗られたままだ。
これくらいならみんなフツーにやっている。
もっと奇抜な格好ができればよかったんだけど、思いつかなかった。

眼鏡はそのままだし、中途半端で不格好かもしれない。
変で面白いとは思うが、決して綺麗ではない。格好良い変身じゃない。ばかみたい。
笑い者になって、居心地が悪いかもしれない。視線に耐えられないかもしれない。
それでも。

ただ、一度だけ花をこの手で枯らしたくなった。


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