11.疑心暗鬼なわたしの悪い癖だ


「留三郎君」

と呼んでいると、あるとき「それ、長くないですか」と言われた。
とめさぶろうくん。長いかもしれないけど、あなたの本名でしょうに。
一人だけ苗字呼びというのも、わたしが寂しい。
すると隣にいた伊作君がフォローしてくれた。

「僕は、留とか留さんって呼んでますよ」
「そうですか。じゃあ留くん、で、どうですか?」

それで満足してもらえたようで、留くんはにかっと笑った。
そのとき、後ろからドンッと抱きつかれた。
衝撃で前のめりになる。少し痛いのは内緒だ。
いつものことだから誰かはわかっている。

「食満ずるい! 姫、わたしもあだ名で呼ばれたいです」
「小平太君が姫って呼ぶのやめてくれるなら」
「えー」

小平太君は不満げに口を尖らせた。
あの目立つ着物では、姫扱いも仕方ないと思っていたけれど、
今ではおとなしい格好をしているのだし、学園にも少しは馴染んだはずだ、と思う。

「……真珠さん?」
「じゃあ、こへ君」

呼び名を変えるのは、もっと仲良くなれる気がして嬉しい。
にっこりと微笑むと、ぎゅうっと痛いくらいに抱きしめる力が強くなった。少し苦しい。
やっぱり姫……と、惜しむような呟きは聞かなかったことにする。

「ちょっと小平太、怪我に響いたらどうするの。真珠さん大丈夫ですか?」
「ええ、だいぶ痛みは引いていますから」

足の怪我が治ってしまったら、わたしはどうなるのだろう。
ひとつ障害を失う代わりに、外に出ていかない言い訳をひとつ失う。
わたしはいつまでここにいることが許されるだろうか。
誰にも、出て行けと言われたり責められたことはないけれど、疑心暗鬼なわたしの悪い癖だ。


* * *


その日、一年生は授業が半ドンで、きり丸君は町に行ってきたそうだ。
わたしとの約束も果たして、夕食のときに渡してくれた。
ジャラリと見せられた予想以上の小銭の束に、さすがに驚いた。
金銭感覚はよくわからないけれど、視覚的なインパクトが強い。

「これ……全部?」
「だからあれだけにしておいてよかったでしょ?
もともと凄い品だったし、ドケチの名にかけて一番高く買い取ってもらったんですから」
「頑張ってくれたのね。ありがとう」

お礼を言って、頭を撫でて。
小銭を受け取ろうとすると、すいっと避けられてしまった。
あれ? おかしいな、と思って、もう一度手を伸ばすけれど、やっぱり逃げられた。
もしかして、銭を人に渡すという行為を体が拒絶しているのだろうか。困ったな。
乱太郎君としんべヱ君が頑張って押さえつけようとする。

「きりちゃん!」
「うう……すみません、おれ、俺ッ」
「ごめんなさい。わたしが酷なことを頼んでしまったのね」

わたしはきり丸君の手の上で、小銭を束ねていた紐をほどいた。
バラバラになった小銭の、約一割をきり丸君の片手に握らせる。
即座に固く閉め切られた拳は、さすがというところ。
乱太郎君としんべヱ君の協力もあり、なんとか残りのお金は手に入れた。

「真珠さん、お礼ってそんなに奮発していいんですか?」
「いいのよ。またお願いすることになるだろうから」

きり丸君は、報酬にご満悦だ。幸せそうでよかった。
今度頼むときは、引渡しの方法もなにか考えなくてはいけないだろうか。
これくらいのことで済むなら、それはかまわないのだけど。

「そういえば気になってたんだけど、後ろのその包みは何?」

きり丸君は、抱えるのがやっとだと思えるような大きさの包みを背負っていた。
乱太郎君としんべヱ君が苦笑する。

「これは内職のアルバイトっすよ」
「内職……?」
「ついでにいろいろと請けてきたんですけど、ちょっと多かったかな」
「ちょっとじゃいよ! 調子に乗りすぎ。三人で終わるかどうか」
「ははっ 悪いな」

きり丸君はちっとも悪びれずに笑った。
わたしは提案する。

「じゃあ、わたしにも手伝わせて?」
「え、いいんスか?」
「いいわよ。どうせ暇だから、お役に立てるなら!」
「助かります」

持ちつ持たれつって言えばいいのかな。助け合えるなら素晴らしい。
きり丸君は、遠慮なく たんまりとお仕事を任せてくれた。
わたしは単純作業が苦にならない。
それから、また新たな売り物を渡した。

図書委員だそうだからきり丸君でもよかったのだけど、
やはり許可は委員長に取ったほうがいいだろうと思って、長次くんに、
「わたしが図書室を利用することってできるかしら」と尋ねると、肯定が返ってきた。
本の返却は早い目に、だそうだ。期限を守るのは大事よね



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