07.(一週間後)


自宅に戻り、掃除をして、必要な道具・材料・資料を台車に積む作業をした。
あまり多くは運べないので、いるものといらないものを分けるだけでかなり手間取った。
幸いにも魔具に関係ない持ち物はほとんどなかった。

ナタ自身もしばらく身を隠すと思うし、
貰った前金で食いつなげるくらいの間はきっと放っておかれるとは思う。
一応ナタが来たときのために「魔具の材料を集めるためにしばらく留守にします」と私たちの文字で張り紙した。
それから手紙を結ばれた鷹がお城に向かって飛んでは困るから、遠回くで旋回してから私のほうへ辿りつくような呪い(まじない)を残した。
緊急の連絡さえ通じれば、自分の居場所がわからないよう工夫するのは私たちにとって不自然なことではない。
今までだって、息を潜めて生きてきた。

特に母が死んでからは、魔具の材料集め以外で家を空けるのは初めてかもしれない。
誰に強制されたわけでなく、大切な人を裏切って欺いて危険に晒してまで自分で決めたことだ。
ここを出たらもう言い訳はできない。すべて私のせいだ。
考えれば手足が震えるし、うずくまって泣きたくなるし、逃げて消えてしまいたくなる。
どうしようもなく怖いけど、私は、私のために、頑張るの。

長い道のりの末、夜中に大荷物でお城に戻ってきて、借りていた鍵で裏口から入る。
指示通りまっすぐ進んだところに置いてあったベルを鳴らした。
しばらくすると召使いの人が出てきて名前を確認され、部屋に案内された。
この部屋は自由に使ってよくて、明日の朝また王様に面会できるとのことだ。

部屋は存外に広く、絨毯の上には頼み込んだ品々が置いてあった。
木の根や獣の角だけでなく、高価な鉱石や貴石も揃っているのがありがたい。
良質なものを惜しみなく使えれば作れる魔具の幅が広がる。

材料を確認した後には部屋の一角に結界を張らせてもらった。
大事な道具もたくさんあるのでそれに触れられないように。
眠っている間に殺されてしまうことがないように。

その作業が終わっていよいよベッドに入ろうかと思ったのだけど、
いくら外套を脱いで着替えて身体を拭いても、
真っ白で柔らかくて肌触りの良いシーツに泥や皺をつけてしまいそうで怖かった。
だから、荷物から布地を取り出して、くるまって床で眠る。

目覚めたとき、窓から光が溢れて世界が明るかった。
早起きしようと思ったのに、太陽はすでに随分高い位置にあるようだった。
身体が重くなるほど熟睡してしまったらしい。
朝に面会を、という言葉を思い出して青くなる。

急いで布地を畳んで外套を纏って廊下に出て、召使いの人を探した。
お城の中を勝手に歩き回るのと怒られそうで、
部屋から見える範囲を動いて曲がり角を覗いたりしてうろうろしていた。

「ティアか」
「ひっ ゼオン様……! 申し訳ありません!」
「謝るようなことをしたのか」
「朝に面会をとの仰せでしたのに暢気に眠り込んでしまい……」

申し開きをすると舌打ちが聞こえた。

「そんなことはいい。食事部屋に案内してやるから、食事を終えたら執務室に来い」
「はいっ!」

どうしたら不興を買わずに済むのかわからなくて緊張する。
王族の方と口を訊くなんて私には一生……仕事を受けなければ、ないはずのことだった。
言われた通りのことだけして、あとは研究にだけ打ち込めば殺されはしないはずだ。
転送装置を作るために来たのだから、完成するまではたいていのことは大目に見てもらえると信じよう。

与えられた食事は今までのこんなの食べたことない、存在していることが信じられないくらいって夢のようにおいしかった。
いくらでもお腹に入ってしまって、無心で口に運んだ。

――ナタにも食べさせたい。

そう思ったところではっとした。
王様やコルルちゃんを騙して、ナタを裏切っているような卑怯な立場で、
私はなんでこんなにいい思いをしてるんだろう。
いくらきれいごとを言っても、これじゃあまるで自分の幸せのために身内を売ったみたいじゃないか……。

卑しい。

少し味の落ちたような気のするパンは、それでもやっぱり泣きたくなるほど美味しくて、噛み締めて食べる。
身の丈に合わない待遇は全て代償を伴うものだ。
背にのしかかる重圧に身震いして、食事を終えた。


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