09.ほんとうにいい子たちだと思う


頼まれたことを終わらせられたので、小松田さんを探しに行こうと、事務室を出た。
このあとは、放課後になったから先生方に挨拶するんだっけ。
じゃあその後は……。
まるで止まり木を探して彷徨っているみたいだと思った。

松葉杖で廊下を歩いていると、後方がなんだか騒がしいことに気づいた。
こそこそと視線を感じるのだ。しばらく付いてきているので、尾行されているのだとわかった。
けれど……気配がわたしにもわかりやすいということは、上級生や先生方ではないのだろう。一年生とか、かな?
お話しようと思い、角を曲がったところで立ち止まって振り向いた。
水色の生地に井桁模様の制服の子供たちが、さまざまに隠れてわたしを窺っていた。

「こんにちは」

声をかけると、わっと一斉に尻餅をついて驚いてしまった。
それから、声を揃えて「こんにちはー!」と笑顔で挨拶を返してくれる。
一年は組の子たちだ。可愛いなあ。

「お姉さん、どこから来たんですか?」
「なんてお名前ですか?」
「どうして学園に来たんですか?」
「お姫様って本当ですか?」
「足、怪我してるんですか?」
「くノ一って本当ですか?」
「六年生と仲が良いんですか?」
「ナメクジは好きですか?」
「なんで僕らのことわかったんですか?」
「いや、それは僕らの隠れ方が下手だったからだろ」
「庄ちゃん冷静ねえ」

ぐるりと取り囲まれて、ほどんど同時に言い放たれたそれらの音声に、唖然としてしまった。
あらためて、土井先生って凄いなあと感心する。まだ直接会ったことはないけれど。
一度に聞こえた音をゆっくり脳内でバラバラにして、ようやく理解できた。
さて、何から答えたらいいだろう。

「ナメクジは好きですか?」

迷っていると、もう一度聞かれたので、それが微笑ましく思った。

「ええとね、嫌いではないよ」
「ほんとうですかぁ!?」

嬉しそうにナメ壷からナメクジを取り出して、一匹ずつ紹介してくれる喜三太君。
ナメクジは、虫や爬虫類と同様に『平気』なのであって、残念ながら『好き』とは言ってあげられない。
特別なこだわりを持っているわけではない。『平気』なのは、慣れてしまっただけだ。
慣れなければ、虫や爬虫類を使った嫌がらせに耐えられず気を狂わせてしまうから。
生物に罪はないのだ、と受け入れるように努めたのはいつのことか。
けれどまあ、あえてそれを補足する必要はないだろう。
喜三太君は喜んでいるし、自分が好きなものを人に否定されるのは悲しいから。

「わたしの名前は真珠といいます。みんなの名前も聞いていいかな?」

すると、やはり一斉に自己紹介してくれる。
名前は元々知っていたので、聞き取れなくても大丈夫だ。
わたしは微笑んで、確認した。

「喜三太君、団蔵君、兵太夫君、三治郎君、乱太郎君、
庄左ヱ門君、しんべヱ君、きり丸君、伊助君、虎若君、金吾君、ね?」
「すごーい、真珠さんって土井先生みたいですね」

ちょっと余裕ぶってみると、尊敬の目でそんなことを言われた。
ひょっとしてこの子たちはわかってやってるのかな?
ああでも、無邪気な笑顔は憎めない。
気を取り直して、他の質問に答えていくことにした。

「ええとね、わたしが居たのは少し遠いところなの。
行く宛てがないのを六年生の仙蔵君と伊作君に助けてもらったのよ。
くノ一教室にお世話になっています。残念ながら、お姫様でもくノ一でもないの。
ちょっと事情があって……」

質問が多いというのはわたしにとってむしろ好都合だったかもしれない。
次々と話題を移すことができるから。
言葉を濁すと、すぐさま手が上がった。

「事情ってなんですか?」
「よせ、聞くなよ」
「ごめんなさいね、うまく説明できないの。みんなに気づいたのは偶然……かな?
足は、骨にひびが入っているそうなんだけれど、右足だけだから、松葉杖があればどうにか歩けるわ」

これで全部だろうか。にっこりと笑って誤魔化す。
説明になっていないのがほとんどだけれど、ひととおり反応を返せたはずだ。

「わー、よくわかんないけど、大変なんですね」
「僕たちに出来ることがあったら言って下さいね!」

ほんとうにいい子たちだと思う。
手を伸ばして、学級委員長の庄左ヱ門君の頭を撫でた。
すると、他の子が羨ましそうな顔をしたので、順番に次々と撫でた。和む……。

「ええと、それじゃあ……ちょっと相談に乗ってもらってもいいかな?」
「なんですか?」
「急いでるわけじゃないけど、今度町に行くことがあったら、お使いを頼みたいの」
「はい! それってお駄賃出ますか?」
「よせ、きり丸」

これも『知っている』やり取りで微笑ましい。
むしろこういうのが得意そうな きり丸君に頼みたかった。

「ふふ、できるだけお礼はするわ」
「じゃ僕やります!」

勢いよく立候補してくれる。
他の子も、こうなったらきり丸君に任せるようだ。

「ありがとう」
「それで、何を買ってくるんですか?」
「買ってくるんじゃなくて、わたしの手持ちの品を、売ってきてほしいの」

ここに来たときの着物は家賃として学園長に献上したわけだが、
帯や簪や扇子といった小物はまだ手元にある。
単に身に付けるには価値が余ってしまうような代物だ。
衣食住にはひとまず安心できるけれど、現金を少しも持っていないというのは問題だ。
いざというとき、何か少し困ったときに自分で解決できない。
生きていくためには、『必需品』以外にも必要なものはあるのだ。
自分のお金がないと、感謝しようにも贈り物だってできない。
これからの生活にとって少しでも足しになるなら、不要な所持品は全て売り払う覚悟である。

「そういうことってできるかしら」
「余裕っすよ」
「じゃあ、夕食のときに持ってくるわね」
「わかりました」

それから、わたしは小松田さんを探していたとか、
先生方に会いたいのだと言うと、みんながそれぞれ案内してくれた。
小松田さんは、頼まれていたことは終わったというととても驚いていた。ずっと苦戦していたのだそうだ。
何度か確認したから、おそらく不備はないだろうと思う。
お手伝い程度にはなっているといいな。

生方の反応は、六年生たちと同じような感じだった。
表面上親切にしてくれる人もいれば、警戒の目で見てくる人もいる。
そんな中、土井先生はまるで一年は組の保護者さんのようだった。
「すみません、この子たち迷惑かけてないですか?」と。


夕食のときに、食堂できり丸君に会って、約束どおりの品々を渡した。
けれど、きり丸君はそれらを一つ一つ眺めると、目を丸くした。

「……ほんとにお姫様なんですか?」
「え?」
「や、詳しくはわかりませんけど、これって相当大した品ですよね?」

たしかにそれなりの物だとは思っていたけれど、
この時代でも評価されるのだったらそれはよかった。
きり丸君は、帯飾りと二つの簪だけを取った。

「悪いんですけど、最初はこれだけにしてもらってもいいですか?」
「かまわないけれど、どうして?」
「あんまり目付けられても困るんで」

慎重にならなければいけないくらい、面倒な頼みごとをしてしまっただろうか。
どうしよう、取り消したほうがいいのだろうか。けれど必要だし……。
不安が顔に出てしまったらしく、きり丸君はにっと笑って見せた。

「心配いりませんよ! 僕が責任を持って高く売ってみせます」
「うん……。よろしくね」

お礼は弾もう、と決めた。



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