08.もしも、いつか信じてもらえたなら、嬉しい


「なんの集まりだ? これは」

仙蔵君の後ろから声をかけたのは、制服から見て六年生だった。
どうやら彼らは普段から一緒にお昼を食べているというわけじゃないらしい。
そういえば、食堂はそんなに広くなくて、生徒も先生も入れ替わり立ち代りだ。
六年生ともなれば忙しいだろうし、授業によっては片付けなどが長引いたりするのかもしれない。
組を越えて大人数で仲良くお昼を食べるというのは少なかったりするのかな。

「あ、文次郎」

小平太君が何気なく名を呼んだので、わたしは驚いてその人を再度見てしまった。
潮江文次郎君、だろうか?……知らない人かと思った。 
同名ってこともあるだろうか、と思ったけれど、留三郎君が宿敵に対するように睨んでいるから、間違いないようだ
言われてみればたしかに似ているかもしれないが、一見して記憶とかみ合うことはなかった。
どうしてだろう。他のみんなはすぐにそっくりだと思ったのに。
徹夜明けかなのか、眼の下の隈が濃い。心配になってしまう。

「ん……?」

目が合って、今更ながら視線が不躾だったと気づく。
文次郎君は仙蔵君に尋ねた。

「それは誰だ?」
「お前は先生の話を聞いてなかったのか? 昨日から学園に身を寄せることになった、真珠さんだ」
「ああ、そんな話もあったな。しかしどういう事情なんだ」
「山道で困っているところに私と伊作が通りかかった。行くところがないと仰るから学園にお招きした」

仙蔵君は、おそらく食堂にいる他の生徒にも聞かせるつもりで説明したのだろう。
けれど文次郎君は不審げに眉を寄せた。

「招いたって、部外者をわざわざ学園に入れたのか」
「学園長の許可は得ている」
「行くところがないといっても、どう見ても家がないほど貧しくはないだろう。それとも追われてるのか」
「いいかげんにしろよ、この野郎っ!!」

もともと仲が悪いということもあるのだろう。
言い草にかちんときたらしく、留三郎君は立ち上がって文次郎君に掴みかかった。
そんなふたりを、仙蔵君は「食事が不味くなる」と言って引き剥がした。

「事情があることくらい察せ。阿呆が」
「お前はその事情を知っているのか?」
「いや? すべては聞いていない」
「つまり素性の知れない人間を学園に置くのか」

文次郎君は警戒心に満ちた目でわたしを睨んだ。
さすが、学園一忍者しているというだけあって、怖い。
それがあくまで敵意であって悪意ではないのが救いだ。
こうもまっこうから疑われると、いっそ清清しいとさえ思った。
伊作君が弁護してくれる。

「文次郎! 真珠さんは女性だぞ!?」
「それがどうした。どこかのくノ一という可能性だってある」
「そんなはずない!」

仙蔵君と伊作君は、わたしが山賊に襲われかけて危機的状況だったことを知っている。
だから多少ならずわたしが怪しくても、すべてがわたしの意志による策略だとは思わないだろう。
けれど、その出来事と経緯については触れないでいてくれるから、それ以外の情報を繋げるとたしかに怪しいこと極まりないのだ。

「本当にないと言い切れるのか?」
「言いきれるさ!」

伊作君は、わたしの治療をしてくれたから、きっとくノ一のように鍛えてはいないことをわかっている。
けれど文次郎君の目にはただ偽善として庇っただけに映ったようだ。

「仙蔵、お前ともあろう者が忍者の三禁を破るとはな」
「理解しようともせず切り捨ててどうする?」

仙蔵君も、他のみんなも、きっとわたしのことを疑っていないわけではない。
だって彼らは忍術学園の六年生なのだ。もしも何か不審な動きをすれば容赦ないだろう。
伊作君や小平太君はともかく、食事をしていても、話をしていても、たまに真意を探られているような視線を受ける。
けれど、いざというときにどうにかするからということで、表面上は親切にしてくれる。
それは山本シナ先生やくノ一教室の子たちも同じで、どこかでわたしに綻びがないか調べているようなのだ。
潔白にわたしは単にわたしでしかなく、これからもなにか不審な動きことをする予定はないので、問題はない。

「なんにしろ、俺は忍として不審な相手を信用することはできない」

文次郎君は「ふん」と鼻を鳴らして、遠い席に歩いていった。


「ええと、文次郎はああいう奴なんで……」
「真珠さん、気にすることないですよ」
「ふふ、どうもありがとう。わたしは大丈夫」

フォローしてくれなくても、文次郎君が悪いわけではないとわかっている。
その主張は正論で、概ねの生徒が同意するところであると思う。
それでも、何故ここにいるのかと聞かれても、わたしは、此処に居座らせてもらう他にない。
本当のことを言われて気分が悪くなったかと聞かれれば、仙蔵君たちが庇ってくれることが嬉しかったと答えたい。
ああやって面と向かって言われると、受け止めがいもある。

何も根拠のない状態で信じろとは言わない。
根拠を見出そうとしてくれる人がいるなら、とてもありがたいことだ。。
これからわたしが何か築いて、いつか認めてもらうことができるだろうか。
もしも、いつか信じてもらえたなら、嬉しい。


昼休みが終わり、みんなは授業に戻った。
わたしは調理場に置いてもらった椅子に座って、食器を拭くお手伝いをしていた。
自由に動き回ることができないからそれくらいしか仕事がなくて、
むしろ邪魔なくらいかもしれないけれど、おばちゃんは快く手伝わせてくれた。
わたしが拭き終わったお皿を、おばちゃんはあっという間に棚に仕舞った。

「どうもありがとうね」
「いいえ、こちらこそです」

すべての仕事が終わると、さすがにそれ以上食堂に居座れない。
おばちゃんに一礼して、食堂を後にする。
さあて、どこに行こうか。

これが今までの日常のとおりだったのなら、今日は平日で、今頃は学校にいるはずなのだなあ、と思う。
昼休みが終われば、やはり午後の授業がある。
部活には入っていなかったけれど、家に帰ればお稽古があって、予習復習をして……。
すべきことによって枠組みが形成された日々だった。

それが、自分を縛るものが何もなくなったというのは案外に落ち着かないものだった。
常になにかに励んでいるというのが普通だったから、暇を与えられてもどうしたらいいのかわからない。
足の怪我による不自由さがさらにもどかしくて、じっとしてなどいられない。

けれど残念ながら、知り合いがいないから、向かう先がないという問題があった。
先生方に挨拶しておきたいところだが、今は授業中だ。それは放課後がいいだろう。

小松田さんとは学園に入るときに一度会っているから、探してみるのもいいかもしれない。
事務員さんなら、何か手伝える仕事を持っているかもしれない。
そんな考えで、わたしはまず正門にむかうことにした。

正門にいる、という印象がなんとなく強かったのだけれど、
よく考えてみれば小松田さんの仕事は入門・出門票のサインだけではないはずだ。
それに気づいたのと同じ頃に、偶然にも廊下で出会うことができた。
挨拶を交わして、仕事を手伝いたいと申し出ると、喜んで手伝わせてくれた。
どうやら言いつけられたきり手をつけていない仕事がいくつかあるらしい。
座っているか松葉杖で歩くかの二つしかできない、というと、書類の整理を頼まれた。
事務室に案内されて、溜まりに溜まった書類を机に積まれた。

「これをそのうちに整理しなきゃいけないんですが、どうすればいいのかわかんないんですよねー」
「ええと、内容順と日付順でいいですか」
「多分それでいいと思います。あ、できる範囲だけでいいですよ」
「わかりました。やりがいがあります」
「じゃあ あとよろしくお願いしますね」

そう言って、小松田さんは別の仕事に行ってしまった。
取り残されたわたしは、あまりの無防備さに呆れて困った。
重要書類も、あるというのに。
警戒心を剥き出しにされるよりも、実は警戒心をまったく持たれないほうが、後々面倒なことになるかもしれない。
くノ一が忍び込んだということにならなければいいけれど……こういう手伝いは断るべきだったのかもしれない。

ああ、でも、暇潰しと居場所を確保できたのはありがたいと思ってしまった。



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