「鬼道さん、怪我なくて良かったですね」

午後の練習の際、佐久間が嬉しそうに話しかけてきた。やっぱり鬼道の前だと佐久間はいつも笑顔なんだなと、鬼道になって改めて実感した。このまま一発くらい殴りたいところだが、鬼道の体でそんなことしたら後で何されるか分かったものじゃないから、極力大人しくしていることに努めた。練習中もボロを出さぬよう二人でいるようにしたお陰で気色悪い洒落を言われたがそれを言い返すのもしんどかった。簡単だと思っていたが、他人を演じるというのは相当難しい。根本的に他人の体は不慣れなため動かしにくく、真っ平らなところで躓くこともあった。
性別も年もやっているスポーツも同じだが、やはり他人は他人。それを自分の体のように扱うのは無理だった。



鬼道になってみて、分かったことがいくつかある。
一つは鬼道という人間はとても信頼されているということだ。監督受けも良い。イナズマジャパンでもここまですごいのだから帝国だと更に崇拝されているはずだ。主にあいつにだが。
他にもゴーグル着けてサッカーする大変さや、音無に対しての異常なシスコンぶりや、"イナズマジャパンのゲームメーカー"の肩書きの重さ等々、見ているだけでは分からないものを沢山実感できた。俺だってここの司令塔であるが、やはり鬼道が担っている部分は俺よりもずっと大きい。

そして、何よりも嫌というほど分かったのは佐久間がどれだけ鬼道が好きかということ。
あんな笑顔を不動明王だったときの俺に向けたことなど一度もない。それどころか、何故か付き合い始めてから和解前のような刺々しい表情で俺を見ることが増えた。しかし俺が嫌いかなのかと聞いてもそうじゃないと答える。そんなだから佐久間は何故俺と付き合っているのかさっぱり分からなかった。


「不動、お前大変だったんだな」

夜の最終ミーティングが終わり、解散したあと、疲弊しきった鬼道がそう耳打ちしてきた。

「……そうか?」

夕食のときにヒロトや綱海、吹雪あたりに不動明王として相当いじられたらしい。どう考えても鬼道はあのノリについていけなさそうだし、そもそも鬼道は"いじられる"という経験がないだろう。どうやってかわしたのかは知らないが、かなり疲れたようだった。

「お前はあんなことを言われたりされたりしながらコミュニケーションを取っていたんだな」

「別に向こうに悪気ねぇから慣れだよ慣れ」

俺だってこんなチームに入っていなけりゃあのテンションについていくことはできなかった。おまけにわいわい騒ぐのも前より嫌いではなくなった。慣れというのは恐ろしい。

二人でそんな話をしていると佐久間が険しい顔してやって来た。
夜に二人で話しているときも朝会ったときも、俺の前だとちょくちょくこういう顔をしている。どう見ても敵意があるとしか思えない。
鬼道も鬼道で佐久間には甘いから、仏頂面している佐久間にどうした?なんて話しかけた。俺の顔で。

「不動、俺の部屋に来い」

佐久間がいつも敬語で呼んでる相手に命令口調というのはなかなか面白いものがあるが、却って真帝国を思い出してしまった。
鬼道もいつもの佐久間しか知らないせいで焦っていたが分かった、とだけ言った。

「鬼道さん、お話しているとこすみませんが不動をお借りします」

「……ああ」

俺はものじゃねぇ!と叫びたいのを抑え、二人を見送った。


そういえば今夜に別れるかどうか決めようとしていたんだっけと自室……正確には鬼道の部屋で休んでいたときに思い出した。
もしかしたら佐久間も同じことを考えていて、今頃俺の姿をした鬼道に別れ話でもしているんじゃないか。そう思うといてもたってもいられなかったが、鬼道である俺が乱入できるわけがない。
いつもこの時間は佐久間とどうでもいい話をして過ごしていたせいか、少し寂しい気分になった。あっという間に終わっていたこの時間が今日は恐ろしく長い。話すことなんてどうせ鬼道がどうとかいう話なのに、俺は苛々しながらも佐久間と一緒にいられる時間が好きだったのだ。
もし俺がこのまま佐久間に告白したら佐久間は何て言うのだろう。俺も好きですとか言いそうだ。本当は不動明王を好きになってほしかったが、鬼道有人になったのだからもうこのまま鬼道として生きて、明るい笑顔を見せてくれる佐久間と付き合った方が幸せなような気がした。

鬼道になりたかった。こんなにも佐久間に想われている鬼道に、心の底からなりたいと思った。

「鬼道さん!」

ノック音と同時に佐久間が入ってきた。いつもなら絶対に鬼道の返事が来る前に開けるなんてことはないはずだ。動揺を隠せないまま半泣きの佐久間を座らせ、なるべく鬼道らしく装ってどうしたと尋ねてみた。

「俺、その……鬼道さんに隠してたことがあるんです」

どこから話していいか分からないと言いながらも佐久間は必死に言葉を探し、やっと出てきたのがこれだった。

「隠してたこと?」

佐久間が鬼道に隠し事をしていたことは驚きだった。てっきり何でもかんでも話しているのだと思っていたからだ。

「軽蔑するかもしれないんですけど、俺、不動と付き合ってるんです」

「そ、そうか!」

付き合い始めた頃、"鬼道さんに引かれるの嫌だから言うな!"と言ったのは佐久間だ。にもかかわらず自分で言いやがった。俺は平常心を保とうとしていたがそれどころではない。まだ目を直接見られないからゴーグルに感謝したくなる。

「……引きました?」

「いや、そんなことはない。恋愛は個々の自由だ」

鬼道なら何て答えるかを考えても分からず、結局俺も鬼道も言わなそうなことを棒読みで言う羽目になった。"恋愛は個々の自由だ"なんて俺が言ったのをヒロトたちが聞いたら一生ネタにしてくるだろう。

佐久間は良かったと一安心したあと再び不安そうな顔をした。

「それで、付き合いはしているんですけど……その、何話していいのか分からなくて、不動につまんないとか思われたら嫌だと思って鬼道さんの話をいっぱいしたんです。不動も鬼道さんのことは好きだから。だけど最近話してる最中に怒るようになって、理由聞いても答えてくれないしもしかしたら俺といてもつまらないのかなって思って」

佐久間は一気にそこまで喋った。
佐久間は俺が鬼道のことを好きだから話題にした。恐らく映画が趣味な奴に映画の話をする感覚で鬼道の話題を提供したのだろう。確かに鬼道のことは好きだ。しかしいくら好きだからといってライバル兼友人である鬼道の話を恋人の佐久間と話すのは嫌だ。というより佐久間が俺と鬼道を比べているような気がして不愉快だった。しかしそれを直接言うのも恥ずかしいというかダサい気がして、俺は何も言わずに不貞腐れた態度を取っていた。
鈍い佐久間のことだ、俺は鬼道の話をすれば楽しんでくれると本気で思っていたのかもしれない。

「……もしかしたら、不動はお前が俺のことを好きだと思っているから怒るんじゃないのか?」

折角鬼道でいるんだから聞けないことを聞けばいい。そう思ったものの自分で"不動"と言う違和感はすさまじいものがあった。

「え?それはないですよ。だって俺が好きなのは不動ですから」

真顔でそう返されるとこちらも困る。マジかよ、と言いそうになるのを抑えた。

「けどいつも不動の前で無愛想な顔してるよな。和解した後もそんな顔で――」

「あれは……その、俺って緊張するとああいう顔になるじゃないですか」

入学式のときもすごい顔してましたよね、と佐久間は恥ずかしそうに笑った。

「今までは普通に接することができたんですけど、付き合う、とかなっちゃうとやっぱり意識しちゃって、どうしても自然体になれないんです」

鬼道さんくらい付き合い長くないとこんな風になれないですし、と佐久間は言った。

「つまり、照れ隠しか?」

「はい……」

顔を赤らめて頷く佐久間は最高に可愛かった。








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