中学生なんて大人から見たらまだまだ子供である。だがそれが分かるには"中学生"を卒業しなくてはならない。よって現在"中学生"の俺たちに、自分たちが子供であるという認識は大変薄いものであった。大人の世界を知っているような気分にはなるし自立している錯覚もするし、恋愛だって端から見たら笑い者でも当事者は本気だったりするわけで、とにかくどうでもいいことにマジだった。


<変わらない繋がり>



「不動は何を怒ってるんだ?」

イナズマジャパンが利用する宿舎の食堂で、俺は佐久間と口論になっていた。

「そうやって何も分かってねぇとこが嫌なんだよ!」

周りのまた始まった、と言わんばかりの視線はもう馴れた。そのときは空気を読むとか、みんなに気を遣うとか、そんなこと考えもしなかった。それができる余裕なんかない。

「そんなこと言われたって分からない!気に入らないことがあるならちゃんと言えばいいだろ。鬼道さんなら絶対――」

佐久間の言葉を待たずに突き飛ばしてやった。外野がやりすぎだとか何とか言っているが聞こえない。俺は

「そんなに鬼道が好きなら鬼道と付き合えバーカ!」

と捨て台詞を吐いてその場を去った。


*

"不動君と佐久間君って付き合ってたの!?"

やたらそういうことに敏感なヒロトや吹雪でさえつい最近まで俺たちの関係を知らなかった。それもそうだろう、当事者である俺ですら付き合っているのか分からないくらいの酷い状態だったのだから。男同士だからかなのかは知らないが、まだ手すら繋いでいない。毎日、夜寝る前に俺の部屋で一緒に過ごすようにはしているものの話題は必ず鬼道のことだし、髪を触ろうとするとサッと立ち上がって自分の部屋に戻る。そのくせ鬼道が"ゴミが付いてた"とか言って髪を触っても嬉しそうにするものだから、俺は鬼道の代わりのような気がして本当に腹が立った。
確かに好きだと言ったのは俺だ。しかし向こうだって付き合うことに了承したのだからもう少し俺を見てもいいんじゃないかと思う。
今日だってまただらだらと鬼道の話をし始めたから、わざと不機嫌にな態度を取ってみた。すると今度は佐久間が不満そうな顔になった。

"鬼道の話はするな"

"どうして?"

毎回こんな感じ。俺が"嫉妬するからやめて欲しい"とでも言えばよいのだろうか。冗談じゃない、言えるかそんなこと。
今までもそのことでかなりストレスが溜まっていたが、それが積もりに積もって今日のようなことになった。もう知らねぇ。いつもならこれから佐久間とこの部屋で一緒に過ごすのだが、佐久間はまだ来ない。それすら苛ついた。そして、たかが佐久間にこんなむかついている俺自身にもむかついた。

*
苛々しているうちにいつの間にか眠っていた。そしてよく分からない夢を見た。
誰かが鬼道さんってすごいね鬼道さんって完璧と、ひたすら鬼道を誉めちぎっているのを俺が聞くという不思議な夢だった。その誰かというのは佐久間ではないような気がしたが、その誉め方からして佐久間のように感じた。
そしてそいつは俺に尋ねた。"君は鬼道さんになりたい?"と。

俺が鬼道に?あんなマントとゴーグル着けてサッカーする奴なんかになりたいわけがない。第一俺が鬼道になったら折角見つけたライバルもいなくなってしまう。俺は俺のままでいい。そう思っていた。
だが、佐久間のことを思い出すとそうも考えられなくなってしまった。佐久間は鬼道が好きだ。俺じゃなくてあの鬼道のことが。それなら、俺は鬼道になった方が……

夢の中であれこれ考えていたが、目が覚めるとそんなことはほとんど忘れてしまった。


*

朝、佐久間は何か言いたそうな顔をしていたが俺は無視した。どうせまた鬼道の話をされるくらいならこの方が良い。隣に座ったヒロトから、早く仲直りしなよと言われたがそれも放っておいた。仲直りも何も佐久間の鬼道好きは治らないだろうから、いっそ別れた方が良いとすら思えてしまった。今夜にでも切り出すか。
佐久間は俺のことを気にしつつ、鬼道と楽しそうに喋っている。
俺が"別れよう"と言っても、"分かった"としか言われそうになくて、それはそれで堪えるものがあった。




「いけー!」

「そこだ!決めろ!」

午前の練習でミニゲームをすることになり、俺は敵チームである鬼道と一対一で激しい攻防戦を繰り広げていた。
昨日の一件があったせいで鬼道は関係ないものの、つい余計な対抗意識をもってしまう。だが強引なプレーでボールを奪おうとしたとき、鬼道と思いきりぶつかって俺たちはそのまま倒れた。
激しい目眩がする中、自分の名前を遠くで呼ばれたような気がしたが、俺はそのまま意識を手放した。

*

「大丈夫ですか!?」

「しっかりしろ!」

さっきから俺の周りがうるせぇ。やかましいその声で俺は目が覚めた。
視界には俺の顔を覗いていた円堂や豪炎寺が入ってきたものだから驚きを隠せなかった。
どうやらずっと俺のことを見ていてくれたようだ。円堂に豪炎寺、吹雪、立向居、染岡、木暮、壁山、土方、虎丸。他の奴らは鬼道のところだろう。それにしても俺の方にこんなに見舞いが来たの予想外であった。鬼道より俺の方が人望があったってことだ。そんなどうでもいい優越感に浸りつつ、佐久間がいないことにとてつもない虚しさを感じた。
こんなときも俺より鬼道かよ。

「気が付いたみたいだな」

「ああ……」

まだ多少頭がぼんやりしていたから、周りの奴らの顔を見ながら先程の出来事を思い返していた。
そうか、俺は鬼道とぶつかって……

「鬼道君、大丈夫?まだ寝ていた方が」

心配そうな顔した吹雪がそう言った。徐々に冷静になっていくと周りの連中がおかしなことを言っていることに気付く。

「いや、大した怪我じゃ」

「無理したら体に毒ですよ鬼道さん」

立向居にまでそんなことを言われる。俺の意識がおかしいのか周りが俺をからかっているのか知らないが、何故みんな俺のことを鬼道と呼んでいるのだろう。

「さっきからお前ら俺のこと――」

「みんな!不動君が元気になったよ!」

部屋にヒロトが入って来ると、その後ろから気まずそうな顔した俺がやって来た。
もう意味が分からない。



*

「つまり中身が入れ替わったってことか」

「そういうことだ」

怪我はなかったものの、もっとおかしなことが起きてしまった。

「ぶつかって中身が入れ替わるって、んな馬鹿げた話あるか?」

「実際こうなったんだからあるとしか言えないだろ」

目の前で自分が悩ましい面してるのは非常に不気味な光景であった。
チームメイトには"大丈夫だから"と言って俺と鬼道は二人で部屋に閉じ籠っていた。
中々現実を受け入れられなかった俺も、鏡を見てしまえばもう認めるしかない。俺は今、鬼道有人になってしまった。

「目の前で自分が喋ってるって恐ろしいな」

「まったくだ」

「これからどうすんだよ」

「中身が入れ替わりましたなんて言ってもみんな混乱するだろうから、元に戻るまで黙っておいた方がいいかもな」

「元に戻るのか?これ」

「さぁ」

お互いに顔を見合わせてため息をついた。俺だってどうしていいのか分からない。
あまり二人で話していてもまた心配されそうだったから、俺たちはそのまま食堂へ向かった。俺たちが倒れたせいで皆は遅い昼食中だ。

「いいか、今はお前が鬼道有人なんだから俺の体で変なことするなよ」

鬼道はくそ真面目な表情で俺を睨んできた。ったく俺の顔でそんな顔すんな。
食堂へ行くと皆心配そうに声をかけてきたから大丈夫だと言っていつもの席に座ろうとした。すると、

「鬼道、どうしてそこなんだ?」

円堂にそう言われて気づいた。そうだ俺は鬼道だった。早くも忘れそうになり慌てて円堂の隣に座る。

「鬼道、これ忘れ物」

豪炎寺からゴーグルを渡された。まさかこれを着けろというのか……
鬼道の方を見ると後ろで"着けろ"と目で訴えているのが分かる。いつも通り過ごすのであればこれも必須だ。仕方なく着けると視界が一気に狭くなった。
これで飯食ってサッカーすんのか。鬼道って意外に面倒なことやってるなとか、ラーメンだったら曇るなぁとか思いながら、豪炎寺と二人で円堂の話に相づちを打っていた。
鬼道もペラペラ喋るキャラではないから、入れ替わってもそこまで大変じゃない。こんな感じなら楽勝だとホッとしたときだった。

「あれ?不動君、トマト食べられるようになったんだ」

後ろからヒロトの声がして、思わず振り向いてしまった。
俺の姿で得意気にトマトを食ってる鬼道を見て、皿に残っていたトマトを投げつけたくなった。もっとも、食い物を粗末にしてはいけないが。

「何で食ってんだよてめー!」

「鬼道、いきなりどうした」

豪炎寺に宥められて口を噤んだ。自分が鬼道だということをつい忘れてしまう。そんな俺を見て面白いのか、鬼道は更に調子に乗った。

「むしろ好きになったな。これからは沢山食べるか」

鬼道のその一言で、俺は自分に戻りたくないと思った。
後で鬼道を絞めてやろうと思いながら食器を片付けようと席を立つと、円堂に止められた。

「鬼道、トマトが残っているぞ。お前はトマト好きだろ?」

戻っても戻らなくてもどのみち地獄だった。








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