結局佐久間の言ったことをまとめると、佐久間が鬼道の話をしたの俺が楽しめそうな話題がそれだからであり、鬼道に恋愛感情があったからとか悪意をもって比べていたとかそんなことは一切なかった。
そして、俺の前で無愛想な面しているのは緊張のせい。恋人ができたのも初めてで、意識し過ぎた結果あんな顔で接していたそうだ。
鬼道に対してあんな笑顔になれるのは鬼道と付き合いが長い上、鬼道に恋慕の感情はなく、友情や尊敬にとどまっているからとのこと。
それ、俺が不動明王のときに言えよと二発くらい殴ってやりたかった。照れ屋もここまで来ると厄介だ。

「佐久間、それを不動に――」

「それで――」

ほぼ同時に話してしまい、佐久間が譲ろうとしたが俺が先に話すよう促した。

「だけど昨日、不動がすごく怒ったからどうしたらいいかなって風丸やヒロトに相談したんです。そうしたらもっと素直になればいい。いっそ思いきって抱きついてみろって言うから――」

そこまで聞いて青ざめた。

「抱きついたのか?」

「……はい」

鬼道の奴、絶対許さねぇ!俺の心の中は壮絶な修羅場を繰り広げていた。俺の体とはいえ佐久間に抱きつかれるなどうらやましい限りだ。こっちは手すら繋いでないというのに。だが俺の姿をした鬼道は俺たちの関係を知らないのだからさぞかし驚いたことだろう。
すると案の定拒絶されたとのことだった。

「驚かれて、突き飛ばされたんです。だから不動はもう俺のこと嫌いなのかなって思って……それで」

泣きそうになった佐久間を俺は思わず抱きしめていた。佐久間の本音を知ってしまった俺は、今自分が鬼道だということも忘れ、不器用で鈍感で面倒くさいほど恥ずかしがり屋な佐久間をただ抱きしめたいと思った。
なかなか触らせてくれなかった柔らかい髪からはいい匂いがする。野郎の分際でこれは反則だ。
このままキスくらいしてやろうかと、完全に自分が誰なのかを忘れたときだった。

「……ちょっと鬼道さん!離し、て!!」

佐久間は思いきり暴れ出しやみくもに手や足をばたつかせたせいで俺の、いや、鬼道の股間に足が直撃した。

「あー!鬼道さんごめんなさい!!」

佐久間のキックは強烈だった。
俺は何も言えずそのまま倒れ、今本当の自分に戻りたいと心底願った。やっぱり俺は不動明王でいたい。佐久間に想ってもらえるしこの痛みから解放されるし。
そして、タイミングがいいのか悪いのか分からないが佐久間が名前を呼びながら俺の体を揺さぶっているところに鬼道がやって来た。

「佐久間、さっきのは――って!」

倒れている俺を見て、鬼道はいそいで駆け寄ろうとしたが、やはり自分の体ではないからどこか動かすのが難しいのだろう。あり得ない感じに滑って転け、そのまま俺とぶつかった。

「不動!!鬼道さん!!」

本日二度目の気絶だった。


*

「……さく、ま?」

花が咲き乱れたヤバそうな川とかベンチに座った久遠監督が手招きしてる光景とか、ひたすらバナナとトマトを食ってる影山とか、変なものを大量に見ながら、俺は意識を取り戻した。

「気がついたみたいだな、不動」

「不動……?」

横を見ると鬼道が、ゴーグルとマントを着けたあの鬼道が倒れていた。ということは俺たちは元に戻ったのだ。

「……ここは」

鬼道も目が覚めたのか体を起こした。ところがすぐに自分の体の異変に気付いたらしい。

「……何でこんなところに激痛が走っているのか説明してもらおうか」

「鬼道さん、本当にごめんなさい!」

急に抱きしめられてびっくりしたんですと佐久間は必死に訴えていた。それを見て、不謹慎にも俺は思わず笑ってしまった。

俺は鬼道と軽く目を合わせて頷いた。信じてもらえるか分からないがこれは佐久間に言った方がいい。

「佐久間、実はさ」


*

始めは怪訝そうな顔で聞いていたが、俺がトマトを喜んで食べたのも俺たちの言葉遣いも不自然だったし、何よりも鬼道に抱きつかれたことが一番納得できたようだ。だから信じてはくれたが、佐久間は自分の本音を誰に言ったのか、嫌でも気付かされることになってしまい、俺を見て熱でも出したかというくらい真っ赤な顔をしていた。

鬼道も俺たちの関係を知り、"二人とも素直になれよ"というごもっともなアドバイスを残して去っていった。

「鬼道さん大丈夫かな?」

「なんか悪ぃことしたな」

同じ男としてあの痛みには同情する。俺はちょっとの間だったが、死ぬほど痛かった。
俺が鬼道の姿のまま抱きついたりしなければあんなことにはならなかったなぁと申し訳ない気持ちになった。

しかし、次の日俺の皿に大量のトマトが盛られ、そんな気持ちはどこか遠くへ吹き飛んだ。
佐久間はあの件があってからもしばらくは仏頂面が治らなかったものの、それはそれで可愛いなぁとも思えたから俺も気にしなくなった。それからくだらない喧嘩を繰り返しつつも、俺たちはずっとこの関係を続けてきた。そして――








「で、佐久間があまりにも俺の話をするから出てきたと」

「そういうこと」

「不動、お前はいくつになったんだ」

「二十四。鬼道と同い年だろ?」

この年から見ると中学生はガキだ。あのときはくだらないことでマジになってたなぁと思い返すだけで笑える。
中学生のときは、自分はちゃんとした大人になるんだと思っていたがいざ大人になってみるとまだまだ未熟で、大人もこんなものなんだなと思えた。
結局俺と佐久間は十年近く付き合っているにも関わらず、喧嘩の内容がまったく変わっていなかった。
鬼道が帝国学園の総帥になったせいで佐久間はずっと鬼道の話をしている。やっぱり俺は鬼道をライバル視してしまうからむかつくのだ。単純に。
喧嘩の避難所は鬼道のマンション。途中で酒とつまみを買って上がり込むと鬼道は嫌そうな顔をしつつ俺を中に入れてくれる。帰れと言う割には鬼道も楽しそうだった。

「そろそろ佐久間から電話かかってくる頃じゃないか」

「三回目で出る」

「またそうやってくだらない意地を張るからお前は――」

鬼道の説教に耳を傾けつつ、俺は佐久間からの着信を待っていた。早くしろよ、三回掛けたら出てやる。

すると呼び出し音が鳴り、画面には予想通りの名前が記された。

「本当に出ないのか」

「ああ」

やがて音が途切れ、再び呼び出し音が鳴る。

「前回も三回目で出たからそれまで待つ」

「お前ら少しは成長したらどうなんだ」

鬼道は呆れながらも新しい缶を開けていた。因みに鬼道はかなり強い方だ。

「そういえば昔、俺たち入れ替わったことあったな」

「あー……あったな、そんなこと」

鬼道に飲むか?と聞かれたが俺は断った。多分これ以上飲むと帰れなくなる。俺は鬼道ほど強くはない。

「ぶつかって中身が入れ替わるとかどう考えても非現実的だよな」

「もしかしたら俺たちは相性がいいのかもしれないな」

「なんの?もしかしてセックスの?」

言った瞬間近くにあったピーナッツの袋が顔面に直撃した。冗談くらい分かってほしいものだ。鬼道は完全にスルーしていた。

「なんかお前とは変に気が合うしな。恋愛以外にも深い繋がりというのはあるだろう」

それが中学生の頃からあったからこそ、俺たちは入れ替わったのかもしれない。酔っているせいか、そんなガキみたいな話で盛り上がってしまった。
今ぶつかったら入れ替わるかなとか話していると二回目の着信から、俺の携帯は沈黙状態だったことに気付いた。

「三回目が鳴らねぇ!」

「今回はお前が電話したらどうなんだ」

世話が焼けるだのなんだの言われ、仕方なく俺は佐久間に電話をかけた。いつものようにお互いにごめんだのもういいだの言って、最後にこれから帰ると告げて電話を切った。

「今度は二人で遊びに来たらいい」

「佐久間に蹴られないようにな」

「お前も気を付けろよ」

鬼道と顔を見合わせて笑う。こういうときの俺たちは悪友みたいだった。
俺はきっとこれからも佐久間とどうでもいい喧嘩を沢山するだろう。俺は嫉妬深いし佐久間は鈍いしお互い素直じゃない。だから中学生のときみたいにくだらない喧嘩をして、俺か佐久間が鬼道のところへ駆け込み、一緒に飲みながらそこでもまたくだらない話をすると思う。俺たち三人が今でも深い関係でいられるのは、多分三人がこの生活を楽しんでいるからだ。もちろん、大人になり会う回数自体は減ったものの、いつ会っても昨日まで一緒にいたように話せるのは俺たちがそういう仲だからだ。

中学時代みたいな馬鹿はしない。あの若さはさすがにもう持っていなかった。それでも、その代わりに、あのときマジになっていたものが今生きている。

オフのときしか嵌めることのできないペアリングは、いつもと変わらず、幸せそうに輝いていた。








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