<佐久間side>

俺が来るのが遅かったせいか、既に夕食は始まっていた。
なのでこっそり食堂に入ろうとしたが、音無さんに気付かれてしまい、それによってみんなの視線が俺に集まる。

「あ、佐久間さん大丈夫ですか?」

「え?」

何の話だろうと首を傾げると綱海も、

「いや、お前が気分悪くて休んでから来るって聞いたからみんなで心配してたんだ」

と言った。

「……それ誰が言ったんだ?」

「不動」
「不動さんです」

二人は口を揃えてその名前を口にした。
不動の名前を聞いた瞬間少し動揺してしまったが、みんなを心配させてしまった申し訳なさがあり、不動に対して何もそんな大袈裟な理由を作らなくても、と思ってしまう。
言った本人をちらりと見ると他人事のように食事を続けている。

「そんな大したことはない、心配させてすまなかったな」

「いえいえ、なら良かったです」

「ほら、お前も早く席着いて食えよ」

「ああ……」

何処に座るかで躊躇った。初めは鬼道の横が定位置だった俺も他のメンバーとも仲良くなり、ここ最近は不動や風丸、綱海や吹雪と食べることが多い。
だけど今日は……

「どうしたんだ佐久間、こっち来いよ」

立ち尽くしている俺を不思議に思ったのか、風丸が苦笑いしている。
風丸は悪くない。分かっているけど隣に座っているのは――

「悪い、今日は」

最後まで言わずに俺は前の方に座っている鬼道の横に座った。鬼道は少し驚いたようだが今はそんなことを気にする余裕なんか俺にはない。

夕食が終わるまで俺は鬼道の隣をキープし続けて、不動と顔を合わせる事もなかった。

ところが夕食後、速やかに自室に帰ろうとしたとき鬼道に呼び止められた。

「何か用か?」

「用ではないのだが、お前今日どうしたんだ?食堂入ってきた時から様子が変だったぞ」

「あ、いや別に……」

鬼道には気付かれていたのか。それでもなんとか冷静を装って何事もなかったような表情を取り繕う。
だがその時、後ろから

「へー、自分の事でいっぱいいっぱいの鬼道クンも他人の心配とかするんだな」

今一番見たくない相手の声がした。
不動からいきなりそんな事を言われて流石に鬼道も気分を害したらしく、露骨に嫌な顔をした。

「どういう意味だ、不動」

「おい、お前鬼道に――」

なんて事を言うんだ、そこまで言い切る前に声が出なくなった。不動と目が合ってしまったからだ。
その拍子にグラウンドでされた事が一気に甦り、心拍数が上がる、顔が火照る、とてもじゃないけど不動の顔が見れない。俺は思わず俯いてしまった。
すると鬼道は心配したようで、俺に声を掛ける。

「どうしたんだ大丈夫か?」

「何でもない」

「何でもない訳ないよな−、お前」

不動の声に肩が跳ねた。冷や汗が止まらなくて全身に走る緊張感も未だに解けない。
そんな俺の様子を知ってか知らずか、不動は愉しそうに俺との距離を縮めてくる。

「どうしたんだよ、そんなに顔真っ赤にしちゃってさぁ、どっか具合でも悪いんじゃね?それとも」

さっきグラウンドでなんかあったのか?

最後は耳元で囁かれた。あまりの恥ずかしさに俺は我慢出来なくなり、逃げるようにして食堂を出ていった。

夕食後にあるミーティングは正直出たくなかった。あまりにも気まずすぎる。
風丸に、食堂での事を謝罪して隣にいてもらった。
鬼道と不動の事は見ないようにしていた。だが二人の事が頭から離れることはなく、ミーティング中は上の空になってしまう。

不動の行動が読めない。

普通に仲良く過ごしていたと思いきや不機嫌になったり、キスされたかと思ったら意地悪されたり。
不動は頭が良いし年齢以上に大人びている。それにわざわざ無意味な事はしない性格だ。それなのに、あいつの行動に意味があるとは到底思えない。俺が馬鹿なのかもしれないけど、不動が分からない。

ミーティング中に考え事なんてしてしまう自分に反省しつつ、やっと終わったミーティングにホッと胸を撫で下ろした。
みんなが帰って行く中、俺は久遠監督に呼ばれた。

「今日、お前が体調不良になったとマネージャーから聞いたのだが」

「すみません、大した事はなかったので……」

「じゃあ明日の練習は問題ないか?」

「はい」

「なら良いが、一応気になってな。後今のタクティクスの事なんだが――」

久遠監督から今のチームの事や必殺技、フォーメーションの事等色々聞かれた。
こういうのは主に鬼道や円堂が聞かれるものだと思っていたから結構驚いた。
上手く答えられたかは分からないが、監督から聞かれるのは素直に嬉しい気持ちがあるものだ。

最後に中々面白い意見が聞けて良かった、呼び止めて悪かったな、と言われ、俺も軽く礼をしてミーティングルームを出た。
監督に呼ばれて何かと思ったが、サッカーについて聞かれたのは嬉しいし、鬼道や不動に話し掛けられる事も回避できたのでいいタイミングであった。







割りと長く話していた為にみんな寝静まったのか静かであった。俺も自室に戻る為、そのシンとした廊下を歩いていると後ろから誰かにいきなり押され、そのまま壁に身体を叩きつけられた。

「いたっ」

誰か、なんて言ってもそんな事をする奴なんてはじめから分かっている。不動以外に誰がいるであろう。
目が合うとやはり身体が熱くなってしまい思わず目をそらしたが、今度は不動に顎を掴まれ無理矢理焦点を合わされた。
必死にもがいても身体を壁に押し付けられてしまっているから動けない。すると無駄な抵抗を続ける俺を見て不動は愉快そうに笑った。

「たかがキスくらいですげぇ反応だよな」

「う……るさ、い」

「そんなに俺としたのがよかったのか?なあ」

唇が触れた柔らかい感触も、熱い舌が何度も入ってきて優しく咥内を愛撫されたあの温もりも、俺の中にしっかり焼き付いてしまっていた。
そして、あの行為に気持ちよさを感じてしまったからこそ鬼道への後ろめたさや、罪悪感のがあった。最も付き合っている訳でも何でもないのだが、ずっと憧れていていたのに不動にキスされて感じてしまい、なんて薄情なんだろう、そんな風に責める気持ちが離れなかった。
でも食堂にいたときも、そして今も、不動にはキスしたときの優しさなんかこれっぽっちも感じられない。

それなのに自分だけこんなに意識して……すごく惨めだ

俺は不動を睨み付け、思いきり本音をぶつけた。

「俺をからかうのもいい加減にしろ!!お前は、こういう事に関しては俺より大人だから大した事じゃなかったのかもしれない。でも俺にとっては冗談じゃ済まないんだ。俺が動揺したのを見て楽しかったか?キスしたり嫌がらせみたいな意地悪したり――。何でこんなことするんだよ!!」

「好きだから」

その言葉に驚いた時には唇を塞がれていて、再びあの感覚が呼び覚まされ、激しいキスに逆上せるような熱さを覚えた。唇が解放されたと思うと今度は首筋を舐められ、そして服の中に手が入ってきて這うように俺の身体を撫でた。

「や……あ」

初めて味わう刺激にどうする事も出来ず、頭がおかしくなりそうだった。
混乱する意識の中で、不動が興奮しているのとこのままではまずいということだけは分かる。
俺は辛うじて冷静さを取り戻すと、やめろ、と言う言葉と共に力一杯不動の身体を押した。そして

「馬鹿な事をするな!」

そう怒鳴った。
すると不動は不機嫌そうに俺を見据えた。今まで見たこともないような表情に緊張する。獲物を狩る肉食獣のような、そんな表情。

「ああ俺は馬鹿だよ!こんな所でお前を襲うような理性の欠片もねぇ馬鹿なガキだよ。今だってお前の事をめちゃくちゃにしてやりたいと思う。壊してやりたい衝動に駆られる。俺はなぁ、お前が思ってるような出来た奴じゃねーんだよ!!」

不動はそう言うと去って行ってしまった。






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