時制はイタリア戦前辺りです。





<不動side>

「鬼道、影山の事が気になって元気がないみたいなんだ」

長かった練習も終わり、皆疲れを癒す為に宿舎に戻っていた。
俺も同じくその予定だったのだが、佐久間から「相談がある」と言われわざわざ佐久間と二人でグラウンドに残っていた。
俺に何の用だと思えば、こいつの第一声を聞いて後悔する羽目になり、残るんじゃなかったと言わんばかりに溜め息を吐いてやる。すると佐久間はあからさまな俺の態度に少し眉を寄せたが、以前のようにぎゃんぎゃんと口煩く怒ったりはしない。それにしてもどうして俺はこいつの為に残ってしまったのだろう。

そうだ、佐久間が相談する事と言えば鬼道の話に決まってるじゃないか。

一瞬、ほんの一瞬、期待した俺が馬鹿だった。









<佐久間side>

鬼道の元気がない。いつも思い詰めたような顔をしていて、俺が話し掛けても上の空。
俺じゃ鬼道の気持ちを共有出来るほど影山に近くないから、俺を頼ってはくれないのかもしれない。

確かにそうだけど、
もっと頼ってくれたっていいのに

他に誰か相談相手がいればまだ良いのだが、円堂や豪炎寺、そして不動にも話してる様子は見られず、円堂と豪炎寺には逆に鬼道から何か聞いたか?と聞かれる始末であった。
どうすれば鬼道が元気になるか、俺がどんなに考えても思い付かないので相談する事にした。不動に。

不動には、練習終わったら少しグラウンドに残ってくれ、話がある、そう言った。その時は少し驚いたような顔をしていたが了承してくれた。だから何も気にすることなく相談を持ち掛けたのだが……


「だから、鬼道が少しでも元気になって欲しいんだ。どうすればいいかな?」

「…………」

「……不動、聞いているのか?」

「ああ」

「じゃあどうすればいいんだ?」

「知らね」

話始めてすぐ、不動の機嫌は悪くなった。別に不動が嫌がるような事を言った記憶はないし、練習中も至って普通。それなのにどうして急に……
こっちは必死に考えているのに隣でベンチにどっかり座って明後日を向いている不動を見ていると相談を聞いてもらってる立場とはいえ、我慢はしたが腹が立ってきた。

「おい、俺は真剣なんだ、少しは真面目に考えてくれ」

そう言って不動を睨み付けると、少しの間、沈黙が流れた。さぁっと流れる風の音が心地好い。すると不動は俺の顔を見てフッと笑った。

「は?なんだよ」

「お前、本当に鬼道クンが好きだよな」

「はぁ!?」

突然そんなことを言われて、俺はすっとんきょうな声を出してしまった。
不動はそんな俺の声が面白かったのか平気で笑っている。

「い、今のなし!!忘れろ!!鬼道の事もそんな風に思ってないし!」

「いや無理だろ……なんだよ今の声……腹いてぇよ」

どっからそんな声出んだ、とまだ馬鹿にしてくる不動にムッとしてしまう上に、悪い悪いと反省の欠片もない謝罪をもらった。
ただ、その瞬間、不動が少し寂しそうな表情をしていた、そんな気がした。


「鬼道クンはさ、悩んでもしょうがないって分かってんだろ」

「影山の事をか?」

今始めてアドバイスらしい話が出てきて驚くが、しっかり聞く体制を作る。

「ああ。だから自分の中で解決するべき問題であって、相談して他人の意見を聞くとかは必要ねぇと俺は思う」

「じゃあ俺が話しかけるのは迷惑なのかな」

「バーカ、んな訳ねぇだろ。お前はさ、ここにいる誰よりも鬼道クンと付き合いが長い。お前なら鬼道クンが悩んでるとき、どのくらいの距離感で接すればいいかわかってるはずだ」

「そっか……」

「お前さ、鬼道クンが転校してから色々あって
、昔接していた感覚を忘れちまってんだよ。だからさっさと思い出せ。鬼道クンにとってはその距離感が一番落ち着くんだ」

「そうなのか?」

「そうだよ、じゃなかったら俺にわざわざ『佐久間は昔から自慢の参謀なんだ』とか言わねーよ」

鬼道が俺の事をそんな風に言ってたなんて知らなかった。そして不動が鬼道のそんな話を覚えていたなんて意外だ。

「アイツ、俺に自慢話なんかしてきやがって。兎に角、いざって時にアイツが頼れんのは円堂でも豪炎寺でもない、お前なんだよ」

不動に言われて気が付いた。
俺は確かに鬼道に気を使っていたと思う。以前のようには話せなくて、どこか他人行儀になっていた。鬼道にとってはそんな俺に心を開くのは難しかったのかもしれない。

「つまりお前は変に親切にしなくとも、昔みたいに接すればいいんだよ。そうしてりゃ鬼道クンは頼りたいときにお前を頼るから。……これで解決したろ、はい終わり」

「……不動、ありがとう」

「別に当たり前の事言っただけだ」

「ううん、俺不動に相談して良かった。お前、本当にいい奴だよな」

ありがとう、ともう一度礼を言い、俺と不動はベンチから腰を上げ宿舎へと向かった。
すると不動が突然立ち止まり、

「いい奴か……」

そう呟いた。

「不動?」

気分でも悪いのかと思い、近づいて様子を伺う。するといきなり両肩を掴まれた。

「おい、どうしたんだよ」

「お前って本当に無防備だよな」

「え?」

「俺はいい奴なんかじゃねぇ。だから今がチャンスだと思ってる」

「何の事――」

そこで俺は何も言えなくなった。



俺は今何を…………



不動とキスしてる?
どうして?

不動の舌が入ってくると思考回路がショートして何も考えられなくなる。
俺は今自分の身に起きている事を把握出来ていなかった。

酸欠で頭がぼうっとしてしまい、不動がそっと唇を離すと俺はそのまま地面に座り込んでしまった。






<不動side>

佐久間にキスをした。
アイツは全くと言っていいほど抵抗してこなかった。
否、抵抗出来なかったんだ。
まさかあれほどガードが甘いと思わなかった。肩を掴まれた時点で逃げると思っていた。それを「おいどうした」じゃねぇよ、アイツは呆れるほど鈍感だ。

俺は真剣なんだ、そう言って俺を睨み付けた佐久間はすごく綺麗で、風に靡く淡水色の髪は思わず触れたくなった。俺を射抜くような強さを秘めた瞳は息を飲むほど澄みきっていた。

そんな佐久間を見ていたら、不機嫌だった自分がアホらしくさえ思えてきて、不毛なことに、俺はこんな鬼道クン馬鹿な佐久間に惚れている事に改めて気付いた。
指摘すると変な声出して否定する佐久間は可愛いし面白い、けど悲しい。

だが俺も単純なもので、頼られている実感が沸けばペラペラと喋る喋る。佐久間は鬼道クン馬鹿だが俺は列記とした佐久間馬鹿だ。
そしていい奴とは程遠い自己中。佐久間の気持ちは知っている。それでも俺は引くつもりも応援するつもりもない。悩みを聞いてやったのは、不機嫌でいるよりも有効なアドバイスが出来る方が俺への印象が良くなると途中で気付いたから。
なんて打算的な事を考えながら佐久間に接した。

だが佐久間は俺の気持ちなんか全然気付かない。それどころか感謝してくる佐久間に、多少の苛立ちは感じた。

『本当にいい奴だよな』

いい奴なものか。俺は身勝手だ。佐久間の気持ちなんか二の次で、自分の欲が何よりも優先される。
鬼道に夢中だろうがなんだろうがそんなことどうでも良かった。

ただキスがしたい。
そう思っただけ。


唇を離すと、突き飛ばされると思っていたが、佐久間はそのまま地面に座り込んだ。
顔は真っ赤に染まり、瞳が揺れている。まだ何が起こっているのか理解できていないようだった。
何か言わねばとは思ったが、そんな気の利いた言葉がある筈もなく、俺は最低ながらその場から立ち去ってしまった。







以前から、佐久間の事が好きだった。

それは俺にとっては初恋でもあったのだが、世界大会という大舞台に立っているにも関わらず恋愛に現を抜かすのは如何せん許せないものが自分自身の中にあり、チーム内に付き合ってる奴は何人かいるが、世界大会中に恋愛など自己管理がなってないとか意識が足りないとか散々軽蔑していた故に、佐久間の存在には悩まされ、自分を責めた。

しかし責めたところで解決する事もなく、そんな事で悩むのも却ってマイナスになると考えて思考を切り替える事にした。

しかし意識し始めるとそれはそれで面倒くさく、欲との戦いが始まる。

佐久間が男であることは真帝国学園にいるときから知っているが、同性と思えないような魅力がアイツにはある。ふとした仕草でさえハッとするようなものを魅せられる。

そんな佐久間と集団行動するのは拷問のような生活であった。
思春期の真っ只中で、好きな奴と同じ宿舎で暮らし、同じ場所で着替え、同じ風呂に入る。普通でいられる訳がない。
佐久間とは、休憩時に仲良く話したり一緒に飯を食う仲にまではなっていた。俺の気持ちなんかこれっぽっちも知らないで、勝手に俺の事を褒めだしたりする。

「不動ってホントすごいよなー、頭良いし考えも大人だし。それに優しいし落ち着いてるじゃん。」

認めてもらえるのは嬉しかったが、そんな風に俺を褒めちぎる佐久間を押し倒してやりたいなんて考えている俺の本性に、あいつは気が付かない。

俺はお前が言うような奴じゃない



もう我慢の限界だった。鬼道に夢中な佐久間を、このまま、ただ普通に友人と接しているのは無理がある。いつか抑えが効かなくなって佐久間を犯すんじゃないかと、友人の仮面を被りながら常にヒヤヒヤしていた。
佐久間を傷付けたくない、でも壊してやりたい、二つの感情が相対し、葛藤が続いていた。

そして今日、俺の中で何かが崩れた。
もう友人でいられなくなってしまった事には気付いている。
鬼道がどうとか佐久間の気持ちとか、そんなの気にならなくった
必死に抑えていたものが外れてしまった今、俺は佐久間に何をするか分からない。

もう止められないかもしれない








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