トワイライトワールド2

おだやかな、朝。早朝から腹減ったとはやし立てる少年がいなくなってから、マキノは酒場をあける時間帯がやや遅くなっていた。兄と連れだって祖父とともにぼろぼろになりながらカウンターに席を並べ、恨みつらみを並べてはマキノに聞いてもらいたがる彼の姿はもうない。さみしくもあるが、シャンクスというもう旅立ってから10年になる船長を追いかけ、旅に出てしまった少年を思うと、微笑ましくもある。穏やかな人柄でのんびりとした時間の流れるフーシャ村の朝は、日の出とともに始まる。今日もまた停泊している旅人や村の男たちを裁くため、彼女は仕込みを始めていた。女手一つで切り盛りしてもう長くなる。すっかり顔なじみになった漁師の老人に、新鮮な魚介類を分けてもらうために、さっそくバスケットと財布をかかえて向かう。



「ああ、マキノさん」



いつもの漁船が見当たらない。探していると、見慣れない船が一層片隅に停泊している。そこから、漁師がだれかと会話しているのが
見えた。

「すまんな、マキノさん。商売道具がやられてな、今日は獲物はなしだ」

「むしろ生きてたことに感謝しろって、旦那。おれが通りかからなかったら死んでたじゃん」

「はっはっは、まったくだ」

「・・・どうかしたんですか?」


どうもこうもねえよ、と男は笑った。


「なあ、じいさん。ものは相談なんだけどさ、もし俺がこいつを追っ払ったら、フーシャ村まで案内してくんない?」


大破した木片にしがみつきながら、死を待つばかりの初老に男は声をかけた。手を差し伸べる。彼は否応なくうなずいた。


「へえ、あんたが近海のヌシってやつか。なんだ、旦那の腕を食ったとかいうからどんな亡者かと思ったら、ただのカイオウ類 じゃねーか。バナナワニのがよっぽどおっかねえ」


つまんねえの、と男はぼやいた。少しは骨のあるやつかと思ったのに・・・とあからさまにため息。男の眼光に射抜かれた近海の主は、蛇に睨まれた蛙のごとく身動きを封じられていた。しってっか?井戸の中の蛙ってさ、大河を知らずっていうけど、リアルな話、浸透圧の影響で実際に海に放すとしわしわになって死んじまうからやっぱり通用しないんだぜ?自然の摂理って怖いよなー。おれはもっと怖いやつを知ってるぜ。なんだかわかるか?・・・・・人間だよ。

容赦ない、銃声。


「これ以上近づくなっつーのがきこえねえのか?もー、引き際もわかんねーのか、ざこが」


鼻で笑う。リロードして、再びトリガーを引く。やっぱりワニはここが弱点か。わりいけど、オレ、沸点びっくりするくらい低いからさあ、旦那にみたく人にらみで退散させたげるほどやさしくねーの。プライド捨てて亡者のごとく逃げおおせるか、死者の招きに応じて這いつくばっては向かうか、どっちかにしな。挑発するまなざし。こう着状態が、続く。老人はいつだったか少年を救ってくれた、赤い髪をした男と海賊船を思い出した。

ざぶん、と波が立つ。近海の主が降伏した瞬間だった。



「そういやマキノさんって、もしかして酒場やってる女主人のマキノさん?」

「え、ええ、そうですよ」

「おー、マジでほんとだったんだ。旦那の言うこと嘘じゃなかった。じゃあつかぬこと聞くんだけどさ、眼の下に傷があるルフィって子供がいるって聞いたんだけど、知ってる?」

「ルフィならずいぶん前に、海賊王になるとか言って村を出ましたけど」

「あー、元気でやってるか、あの餓鬼。なんだ、あんた、しってんのか?」

「シャンクスっていったらわかっかなあ、オレ、あの人の知り合いでさ、近くに来たからいるかなあって」

「え、あの、船長さんですか?あら、なつかしい」

「ほお、あの男の知り合いか。命の恩人だし、おごってやるよ。ちょっと話でもしようや」


げんきにしてんのか、と言われ、男は笑った。







「うーむ、久々だなあ、カームベルト」

無風地帯だっつーこと忘れてら。怖いねえ、年ってのは。もう、22年かあ。
さーてどうしたもんか、とのんきにカズは帆の靡かない船に揺られていた。
このまま流されるのを待つってのもありだが、何年かかるか分かりはしない。
だいだい・・・今どこら辺にあるのか、さすがのカズでもわからないため、久しぶりに開いた地図の見方は
わかっていても、現在地がわからなければ漂流しているのと同じことにようやくこの男は気づいたのだった。

いきあったりばったりは今さらだが、これは究極的にやばいかもしれない。そんなカームベルト横断を断行したある日のこと。
あんときは、どうやって東の海の海域に入ったんだっけ、とおぼろげな記憶をたどる。


「・・・・・うをっ」


ざっぱん、と視界が大きく空に向かう。激しい揺れにあわてて手すりにつかまったカズは、世界が上昇するのを感じた。
そうそう、思い出した。潮風に充てられてごわごわになりつつある髪をかきあげ、ひょい、と甲板から身を乗り出す。
そして、にやあ、と笑った。




「いやあ、久しぶりだねえ、兄弟。元気そうでなによりだぜ、うんうん」




きゅいきゅい、と無邪気に笑う白イルカ(ただしその大きさはゆうに艦隊や大型船舶を超えている超特大サイズである。一般的にイルカは哺乳類とされるものの、世界最大はラブーンの種であるため、まだ小さい部類に入るのだろう。むしろ魁皇類になるのか、さすがにカズは知らない)。綱をひっぱられつつ、ものすごい速さで突き進む白いるかに船頭を任せつつ、カズはただっぴろい海域を眺めた。海域が安定してきた。さすがに逆走する航路であった、季節を激しくシャッフルされたなかに飛び込んだようなあれ、よりははるかにましである。


「え、なんで来たかって?」


そりゃ、お前。観光がメインにきまってんじゃねーか。お代はお得意さんもちなんでね。いやあ、札付きじゃなきゃ、一遍クルーズとか乗ってみたかったんだけどさ、無理だよな、うん。

魁皇類の中でも比較的理性の発達している白イルカは調き・・・いや、しつけに困らない。そもそも今のっている船自体が、とある闇ルートから入手した特別せいだ。カイオウ類の巣窟であるこの海域でなぜこうやって平然としていられるのか、想像にお任せする。いやあまさか、歯の間に挟まったなにか(自主規制)が気になって暴れているので、なんとかとってやったらここまで懐かれるとは思っていなかったらしい。
彼は、まるで言葉を覚えたばかりの子供のように、何度も何度も単語の羅列を並べて質問してくる彼女(らしい)に、笑いかけた。さすがに地理までは把握していないようなので、知っている陸まで引っ張ってもらうことにする。さっき出てきた巨大なカニはいったい何だったのだろうか。





なんて道中があったのは別の話。



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