トワイライトワールド

上空をトリが飛んでいく。弧を描くその姿に追跡者を重ねて、男は加速した。
研ぎ澄まされた六感が、危険を叫ぶ。壁に張り付いて、リロード。空薬莢の音をBGMに、気が向くたびに名前が変わる(ちなみに今はジャクリーン)相棒片手に、男は惜しげもなく視界に入った影に撃つ。生憎空振りだったようで、男は周囲を気にしつつ、路地を曲がる。んの野郎、とぼやいた。一発がうん千ベリーに聞こえてくるあたり、拠点のボロホテルの支払いも危うい。それもこれも悪友の上司がつけを連発しているからで、今日こそははったおしてでも何とかしなければ、と乗り込んでみれば、誰が好きで追っかけっこをしなければいけないのか。走馬灯のようによぎる出来事に、男はいらだちを滲ませた。

ぼろを着た子供が駆けていく。男の不機嫌さと武器に仰天して去っていく。軽くショックを受けつつ、男は空を見上げた。空は雲ひとつない晴天。ああ、腹減った、ちくしょう、と給料日前の社会人のような不安を抱きつつ、余裕などあろうはずもなく、朝食がリンゴ一個とおなさけのパンだったことを思い出し、すこししょっぱい気持ちになった。






しばらくして。




「!」


かしゃん、といういやな音がした。降ってくる赤。あわてて男はよけた。勘弁してくれ、今、この服しかまともにきれる奴もってねーんだぞ、こら。幸い裏路地にべしゃりとつぶれたトマトのような、真っ赤なペンキが広がっただけ。服にはついていない。ほう、と溜息をついて、周囲を見渡した。こんころころ、という音がバラックの屋根から転がり落ちてくる。しかも尋常な数じゃない。身の危険を感じた男は、思わず全力で走った。路地が虹色に染め上げられていく。屋根を見ると、子供たちがきゃっきゃと笑いながらこちらを見ていた。げ、と男は走る。路地を左に曲がろうとしたとき。


「チェックメイト」


べしゃり、と最後の青のペンキが、道端に広がる。
ひたりとつきつけられる鉛の冷たさに、思わず男は手をあげた。顎で指されて、ジャクリーンを捨てる。オレの勝ちだな、と笑う悪友に、男は舌打ちした。ふと視界を屋根に向けた男は、ますます不機嫌さを募らせ、沈黙する。


「買収ありかよ、金持ち」

「ダメとはいってねえだろ」


悪友は、悪く思うなよ、という。男は悔しげに顔をゆがめた。救いを求めて、視界を空に向ける。トリが先ほどよりも低空飛行していた。にやりと、男は笑う。悪友はその変化に気づいて空を見上げた。


「勝手に決めんな、ばーか」

「は?」

「女神さんは、オレに微笑んでくれちゃってるみたいだし?期待にゃ答えなきゃだめっしょ。借りはまとめて返させてもらうぜ」


不敵に男は笑った。げしっ、とがら空きな足をけり飛ばし、下がった腕に手刀を落として銃をけり飛ばす。顔をゆがめた悪友から全速力で逃げながら、男はありったけの声を張り上げた。


「ふっとばしちゃって、ディーテちゃん!」


空に響いたラブコール。大きく翼を広げた何かが、一気に急下降する。悪友はようやく、トリらしき影が、あきらかに鳥ではないことに気づいて逃げる。放たれる、ニトロマイト。どかーん、と豪快な風と絶叫が、あたりに吹き荒れた。










「卑怯にも程があんだろうが、カズ!」

「ダメたぁ、いってねえだろーが、ヤソップよう」

「うっ・・・・・でもな、カズ。誰がトリに銃持たせて飛ばそうなんて思うかよ!」

「愛されすぎて困っちゃうね。いででででっ」


滑空していたそれが、主人の元に帰ってくる。ずしりと右肩にとまったそれに、擦り寄せられ、耳に銃口がかんかんと当たる。時折なく奇妙な声に、ヤソップは疑問を投げた。アフロディテというらしい、くちばしから胴体までまるでマシンガンな
鷹のようなわしのようなそれは、さっきからべったりとカズにくっついている。


「なんだ、こりゃ」

「前の仕事んときに、処分されそうだったのかっぱらってきたんだよ。かわいいのなんの」

「相変わらず頭おかしいよな、お前」

「世界政府に喧嘩売ったな、シャンクスにちくろー」

「なんでそうなるんだよ」

「だってこいつ、もともとトリですらねーんだぜ?例の博士の研究の一環だとよ。けったいなもん作るよな。まるでキメラだ。とりとりのみの、モデルなんとかっていうやつを、「食った」んだとよ」

「へえ」


あいかわらずだな、武器の収集癖。絶対一軒家を持ったらゴミ屋敷を作るタイプだと思いつつ、ヤソップはシャンクスたちの待つであろう港に歩みを進める。


「いい加減はらえや、5000万」

「・・・・・また今度」

「ディーテちゃん」

「ごめんなさい」


ちなみにディーテちゃんはお気に召したらしい船長の元に嫁入りしたのは、別の話である。


「で、わざわざ部下の借金を肩代わりするために呼んだんじゃねーんだろう?旦那。さっさと言いな、何の用だい?」


きっちり借金分の価値があるらしい宝石を袋に渡されたカズは、さっそく勧請し始めた。アンタがおふくろ経由じゃなく、直接呼び出すなんて珍しいじゃねーの、とカズは胡坐をかいたままいう。昨日の酒盛りで二日酔いのくせに、カズが来たなど適当な理由をつけては酒樽を空にしようとするシャンクスは、一杯あおった後、豪快にジョッキを空にした。まさかまた何となくとかいうんじゃねーだろうな、と言われ、失礼だな、今回は立派な依頼だよ、と相変わらず無邪気な子供のような笑顔でシャンクスは言った。
へえ。ベックマンに確認の意味も込めて視線をよこすと、聞いていないらしく肩をすくめられた。つまみよこせ、と横からカズの分をかっさらおうとするルーを銃でけん制(ち、はずしたか)しつつ、カズはするめいかをほうばる。裂くのが面倒になってきた手をやすめ、噛みちぎったまま口を動かす。ヤソップはディーテちゃんの餌食になっていた。どうやらあの巻き毛が巣を連想するらしい。


「いくら出す?」

「んじゃあ、言い値だな」

「やめとけ、船長。んなこといったら、骨の髄まで巻き上げられるぜ?」

「返さねえお前がわりいんだよ、悪友。四皇の一角がオレみたいな一介の何でも屋を贔屓にしてくれてんのに、んな恥知らずなことできっかよ」

「まあ、姉御にゃ世話になったしな」

「あの人に比べりゃ、お前のほうが手数料安いしな」

「あの女と比べんなよ、だいたい3しか仕事しねえくせに、10も20も請求する悪徳業者と一緒にスンナ」

「あはは、んなこと言えんのはお前だけだよ」

「まったくだ」

「で、なにすりゃいい?」

「墓参りしてきてくれねーか?親父の」

「ドッジのか?」

「ああ」

「そりゃまたなんで。結構立つじゃねーか、死んでから。しかもずいぶんと中途半端な周忌だってのに」

「いやあ、久々に思い出してよ。カズはグランドラインから出たことねえんだろう?だったら一度いってみたらいいと思うんだ。いいぞ、あの海は。今でも時々懐かしくなる」

「世界最弱の海にか、興味わかねーんだけどねえ」

「わかってねえなあ、だからこそのよさってもんがあんだよ、カズ。行くんなら、シロップ村に行って来いよ、オレの家内と息子がすんでっから、元気でやってること、伝えてくれ」

「ああ、そういやお前そっち出身だっけ?おう、了解。まあ赤髪直々のご依頼だしな、受けてやろうじゃねーの。じゃあ代金はあんたのその命に掛けられた値段っつーことでよろしく」

「ずいぶんと格安じゃねーか、へえ、やっぱ乗り気だったんだな、お前」

「まあ、ドッジが生まれ育った海とか町も見てくるのも悪くねえかなあ、と思いまして?」

「じゃあ、ついでにフーシャ村にもいってみるといい。10年も前だが、いいとこだったぜ」

「うし、じゃあ行きますか。じゃあほかのやつらに、瓢風は無期限休止って宣伝よろしくな」

「おう、任せとけ」

「海のもくずになったっていっといてやらあ」

「はっはっは、死んでこい」

「やっぱ赤髪の賞金首の総額にすっか・・・」

「冗談ですやめてください」


じゃあ、いってくっか、となんとも軽いノリで、カズのイーストブルーひとり旅は幕を開けたのである。



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