■ 24話 下

 
「そりゃ残念。地獄で可愛い生き物ってそんなにおらんからなぁ」

地獄に居るのは厳つい生き物が多い。もちろん、仕事内容が亡者の叱責がメインであったり、何らかの理由で地獄に落ちてきたものばかりだからだ。そんな者たちが愛らしい容姿を有する訳が無い。
こりゃあ手強そうじゃな、と檎がウンザリしているのを横目で見た鬼灯は、これ好機とばかりに、話についていけず呆けた顔をしている名前の腕を掴んだ。もちろんこの場からとっとと退散するためだ。腕を掴まれ、行きますよと声を掛けられた名前は、檎と鬼灯を一通り見比べ、ポソリと呟く。

「いいんですか?ほったらかしちゃって」
「興味のない面倒事に割く時間はありませんから」

そういうなり、ひっそり名前を伴って場を離れようとしていた鬼灯だが、この時ばかりは意外と目ざとい狐の方が早かった。
おもむろに顔を上げた檎の目に飛び込んできたのは、存外大事そうに名前を扱っている鬼灯の姿だ。その様子をみて、先ほどまで地の底まで落ち込んでいた檎のテンションが急上昇する。もしかして、このツーショットを納めて小判にゃんに流せば今までの借金がチャラになるんじゃないか?
そこまで考えてからの檎の動きは素早かった。すぐさま着物の袖口に手を突っ込むと、猫からの預かり物であるそれを手の内に納める。それを横目で確認した檎は、準備はできたとばかりに口角を吊り上げ、鬼灯の背に声をかけた。

「しかし補佐の兄さんも隅に置けんなぁ、彼女連れで買い物なんて」

『彼女』という単語に、連れの女が肩をびくりと震わせたが、そんな事は檎には関係のないことだ。
鬼灯と女がゆっくりと振りかえり、丁度二人の顔がこちらを向いた、その瞬間に手元のカメラのシャッターをきる。前方から撮った姿を納めてしまえば、捏造写真だと買い叩かれる事もない。むしろ高値で引き取ってくれるであろうと考えたからだ。バッチリと二人の姿を写真に収めた檎は、先日湯上り姿を撮ってやったと鼻息荒く武勇伝を語っていた猫を思い出して、臨時収入の種に笑みを深くした。
湯上り姿に、お忍びデートの写真か。これだけ材料があれば、想像を膨らませた下世話な記事を山ほど書けるだろう。後は勘付かれる前に立ち去って貰えば仕事終了だ。
内心思わぬ臨時収入に、ほくほくしている檎をじっと見つめていた鬼灯だったが、ポカンと口を開けて放心している名前を見て、その口を開いた。

「彼女は恋人ではないですよ」
「まぁた隠さんでもええのに」
「いえ、隠している訳では」
「ははぁ、お忍びな訳じゃな」

勘ぐる様な視線を寄こす檎に向けて放ったのは、名前との仲を否定する言葉だ。しかし下世話な笑みを浮かべた檎は、その言葉の一片すら信じていないらしく、にやにやとした笑みを浮かべるばかり。
これ以上何を言えば誤解が解けるんだろうか、と一瞬思考を巡らせた鬼灯であったが、途中で面倒になったのか、

「ですから………まあいっか」

投げやりに肯定とも取れる言葉を呟いて閉口してしまった。
その言葉を聞いて、驚きに目を剥いたのは、横で様子を静観していた名前だ。口を開いた時までは、自分との仲を否定する様な口調だったのに、最後の方にはもうどうでもいいや、といった風に結果を投げてしまったのだから。
一体どこをどう見たら、第一補佐官様となんの変哲もない地味女が恋仲に見えるのか疑問は尽きないが、これはうれしくない状況だ。
誤解を受けただけでも嫌な状況なのに、知られた相手もこれまた悪い。なんたって相手は、花街なんていう、数多の情報渦巻く拠点に居を構える狐なのだから。地味に花街の中で噂が出回るのは避けたい。
すっかり閉口し、半目で檎をねめつける鬼灯は頼りにならない、とばかりに口を開いた名前の顔は、恐怖と焦りで真っ青になっていた。

「よ…良くないです!全然良くないです!そんな恐れ多い!」

顔の前で両手をぶんぶんと左右に振り、全力で事実無根であることをアピールする名前の様子を見た檎は、これは本当にただの知り合いだな、と自分の中で結論を出しはした。
しかしそれは別の話。檎の金の元である三流記者が求めているのは、事実に裏付けされた出来事ではない。むしろ彼が求めているのは、清廉潔白・質実剛健な人物からは想像できないような、薄汚れた裏の顔だ。勿論それが事実無根のガセネタであろうと厭いはしない。記事が売れればそれでいいのだ。ならば悪いがこの女には、ゴシップ記事のネタになってもらうよりほかない。
青ざめた顔を浮かべながら、必死に誤解です、と声を上げる名前に心の底で合掌しながら、檎は標準装備である人好きのする笑みを浮かべた。勿論、笑顔で話を誤魔化してさっさとこの場から逃げるためである。

「隠すんヘタじゃなぁ。まあ、兄さんらよく目立つから気を付けてな」

特に写真には、と心の中で付け加えながら、檎は話は終わったとばかりに片手をヒラヒラと振った。
そしてそのまま何もなかったように立ち去って終わり。後はこの写真を小判に売りつけて、後は従業員探しをちょっと頑張ればいい。
その算段で鬼灯に背を向けた檎だったが、無情にもその背に地獄の低音が掛る。
名前を呼ばれば振り返らない訳にもいかず、しぶしぶそちらに振り返ると、そこにあったのは、視線で己をまっすぐに射抜く無表情の鬼灯の姿であった。

「御忠告痛み入ります。ほんの少し前に付きまとわれたばかりですから」

良く知った猫にね、といつもの鉄仮面を崩さず告げられた事実に、肝がひやりと冷える。
おいおい小判にゃん、隠し撮りっていっとったがバレバレっぽいぞ。夜道には気を付けろ、とこっそり小判を憐れんでいると、それまで鋭く檎を射抜いていた視線が移動した。それにつられるようにして、檎の視線も移動する。と、そこにあったのは、こっそりカメラを隠し持っている右手であった。

「言い忘れてましたけど、私パパラッチって嫌いなんですよね」
「さいで…」
「意味はよくお分かりでしょう。無駄な足掻きは止めてはいかがですか」

表情こそ変化はないが、その声色には徐々に彼の不機嫌さが滲み出ている。
シャッター音が出ないよう改造されてる小さなカメラなのに、一体どこでバレたんだか、と檎は冷や汗を垂らした。せめてメモリだけでも手元に置いておこうと考え、懐に仕舞おう試みるが、鋭い眼光に睨まれてしまっては手を迂闊に動かせない。
どうすれば金を逃さずにいられるか、と必死で頭をフル回転させる檎に留めを刺すように、鬼灯の口から紡がれた声は、まさに地獄の底から響く様な低音であった。

「早く出せ」

そういいながら右手を指さす鬼灯に冷や汗が止まらない。この恐怖は感じたことがある。そう、妲己にお仕置きされる寸前に感じたあの恐怖だ。いや、その時に感じた威圧感を数倍に膨らませたぐらいの、息苦しさがあるかもしれない。檎は生唾をごくりと飲んだ。
さてどうする?生き残る事を考えるならば、これをさっさと目の前の鬼神に差し出すのが賢い選択だ。しかし、これがもたらす利益を考えると、むざむざ差し出す気になれないのも事実。檎の脳内で、金と生物としての本能が天秤の上で鬩ぎ合う。
しかしその決着はすぐに着いた。なぜなら眼前の鬼神の眼光が尚鋭くなったからだ。物言わぬその瞳と目が合えば、喉元に刃を当てられている様な恐怖感が全身を覆う。
恐れに呑まれた檎は、ほぼ無意識的に手の内の小型カメラを鬼灯に差し出していた。

「始めからそうしていればよかったんです」
「はは…兄さんに隠しごとは出来んなぁ」
「挙動不審なあなたの態度を見れば、誰だって不審に思いますよ」

隠しごとは上手い方なんだが、と内心冷や汗を流す檎を知ってか知らずか、檎のカメラを取り上げる事に成功した鬼灯は、少し満足げな表情でそれを懐にしまいこむ。それをポンポンと上から数度叩いて存在すると、置いてけぼりにされていた名前の腕を取り、では、と一言残して立ち去ってしまった。


鬼灯と名前の姿が米粒大まで小さくなった頃、ようやく恐怖の呪縛が解けた檎は今日一番大きいため息を吐きだした。

「怖えぇわ……やっぱりあの兄さんはワシには捌ききれん」

第一補佐官の名は伊達じゃねぇな、と顔を青ざめさせた檎は、二人が向かった方向とは逆の方向に身体を向けた。
デートの写真は駄目で、風呂上がり姿は許容範囲内なのはなぜだろう。あとあれ、何に使うんだろうか、とひっそり考えながら。



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