■ 13話


 昨日の帰り道での事だ。業務を終えて悠々と地獄の門をくぐろうとしている所で、門を開いてくれた牛頭さんがそういえばと口を開いた。内容はすっかり忘れていた牛頭の角の件で、そろそろ削っても問題ないくらいには角が成長したから明日にでもナイフを持ってきてという話だった。その話を聞いて真っ先に思い出したのは、小瓶一杯分の角の粉末を分けてくれた黒いあの人だ。あの時は目先の欲に目がくらんで何も考えず頂いてしまったが、正直この牛頭の角をどうもあのときはありがとうございましたといって同じ量だけ返すのは些かそっけない気がする。何かお礼の一品を添えるべきだろう。牛頭の角の薬効を向上させる薬草とか、何か万能な薬草を明日白澤様に伺おうと心に決め、数日後の休みに備えることにした。



荘厳とたたずむ重厚な門につい足がたじろいてしまう。門はゆうに10mを超す大構えだ。
今回はスマホという最強アイテムを手に入れたため、迷子になることもなく地図を頼りに問題なく閻魔庁までたどり着く事が出来たのだが、いかんせん門が一元さんお断りすぎて中に入る勇気が湧かない。どこか裏口は無いものかと右往左往していると、後ろから背中をツンツンとつつかれた。

「何してんの?」
「す、すいません!入口が分からなくて!」
「あー確かにこの門兎にとっちゃ重いよなあ〜ちょっと待ってて!」
「え?」

急いで振り向くと、身の丈が少年ほどの三本角の白い鬼が興味深そうに私を見下ろしている。入り方が分からないのだと適当に弁明すると、その鬼は頷きながら一人で勝手に納得して向こうに駆けていった。どうしよう不審者だと思われたかもしれない。出なおすべきか?と考えていると、白い鬼がこれまた小柄な黒い鬼を連れて戻ってきた。

「何だよ茄子!俺はあっちの仕事があるんだよ!」
「ちょっと手伝ってよ唐瓜ぃ〜この門一人じゃ開けられないんだって」
「当たり前だろ!これはテコで開けてんだよ!腕力じゃ無理に決まってるだろうが」
「えっそうなの?俺知らなかった!」
「バカ茄子」

茄子と呼ばれた鬼は唐瓜という鬼に怒られている。しょんぼりとした様子の茄子さんに怒りすぎたと反省したのか、唐瓜さんはまあ間違いは誰にでもあるよな、と必死でフォローしていた。なんだかほのぼのとした二人である。
しかし二人の話の内容は私が門を開けられなかったから開けようというものなのだが、完全に私は蚊帳の外である。なんか居づらいし、好意は申し訳ないけど帰ろうかなと踵を返した瞬間、小さな手が私の首の皮をつまんだ。

「ぐぇ」
「えー門開いたのに帰るの?」
「おい茄子、なんだよその兎」

手が小さいためか指先で皮を摘んでいる状態になり、爪で抓られているような痛みが走る。けっしてどこぞの黒い鬼みたいに乱雑に摘んでいるわけではないのだが、いかんせん接触面積が小さすぎて痛い。

「ちょ、指先で摘むのは止めて下さい痛い…」
「あ、ごめん。でもさ、門開いたよ?入んないの?」
「おいお前どこの兎だ?」

左右から交互に疑問が飛んできて返答に困る。とりあえず無難に、天国の薬局で働いている兎で、鬼灯さんという方に届け物があるのだと言うと、唐瓜さんは顔を青ざめながらこちらへどうぞ!と門の中に案内してくれた。急な変わり身に少し驚きながら彼を見ると、その表情は硬く挙動も不審であった。ちなみに茄子さんは配達物に興味があるのか、手に持った袋をきらきらした瞳で見つめている。白と黒という見た目通り、対極な性格のお二人だなというのが印象だった。



こちらでお待ち下さいと残されたのは、大きな執務室の隅っこだった。これといって豪華な調度品が置いている訳ではないが、どことなく漂う荘厳な雰囲気に圧倒される。
私とて察しが良い方ではないが、ものすごく鈍感というわけではない。うすうすそうではないかと考えてはいたが、官吏様に手を上げようとしたかもしれないという事実から目を逸らしたい一心でその考えから逃げていた。芥子さんやいろんな人から聞きかじった情報と今の状況を照らし合わせて見ると、あの鬼灯さんはかの有名な第一補佐官殿だという結論に至るのが最も自然な流れだ。一般車両に乗車する政府高官など聞いた事も無いが、あの電車のドアをこじ開ける腕っ節ならSPなど要らないのかもしれないとふと思う。うわあ会いたくないなぁとゲッソリしていると、入口のドアがぎぃと開いた。

「おい遅いぞ白……おや、あなたでしたか」
「遅れて申し訳ございません鬼灯様!」
「いえ、別に取り立てて急ぎの物でもありませんし、いつでもかまわなかったのですが…わざわざ悪いですね」
「いえいえいえ!今日はどうせ暇だったんです!お気になさらず!」
「そうですか。何にせよここまで遠かったでしょう、御苦労さまです」

ドアが開いた瞬間そちらに顔を向けると、額に皺をよせ瞳孔がカッと開いたまさに鬼の形相をした鬼が立っていた。目が合った瞬間いつもの無表情に戻ったが、あの顔は夢に出てくるほど恐ろしいものであった。やはり角をお届けするまでに間が開いたことに怒ってらっしゃるのだろうと察し、ただ死を免れたい一心でひたすらに謝る作戦を決行した。
額が地面と擦れるすれすれまで頭を下げつつ、持参した牛頭の角が入った袋を差し出すと鬼灯様はそれをヒョイと持ち上げ、小瓶の中身を確認していた。そんなにジロジロみなくとも、あなたにお渡しする物に何かを混入させるなど命知らずな事私には出来ないので大丈夫です。小瓶に細工が無い事が分かったのか、それを再度袋の中に入れると今度はお礼のつもりで持ってきた牛頭の角の効果を底上げする薬草を入れた袋をつまみ上げ、興味深そうに眺めている。

「これは?」
「それは牛頭の角の作用を向上させる薬草です。向上と言ってもほんの少しですが…」
「ほう…そんなもの、どこで入手したんですか」
「今朝摘んできました。仕事が薬草採集なので割と得意なんです」

鬼灯様は顎に手を置きながら、少し悩んだ様子でそれを上から下まで眺める。と、急にそうだと一言呟いた。

「私も漢方には興味がありましてね」
「そうなのですか!」
「で、相談なのですが、よければあなたが集めた材料を私に配達してくれませんか」

代金なら払います、と割と真剣にこちらを見つめてくる鬼灯様。お金は確かに大事だ、いつまでもマキちゃん家にお邪魔になる訳にもいかないからお金が溜まったら新居を探そうと考えているので、出来るだけ貯金は増えた方がいい。しかし、相手は鬼灯様だ。無いとは信じたいが、恐ろしい材料を指定されたら集めてくる自信が無い。返事を渋る私に鬼灯様はさらに好条件を提示してきた。

「無茶な物を要求するつもりはありません。主に天国で採れるものだけで結構です」
「……天国だけでいいのですか?」
「ええ、主に天国だけで良いです。引き受けて貰えますか」
「難しい物があまりないなら…お引き受けします」

そう返事をすると鬼灯様は手元の金魚型のメモ帳にさらさらと何かを書き込んだ。それを千切ると、ではこちらが私の連絡先です、といいながら私にそれとメモ帳とペンを寄こした。きっとここに私の連絡先を書けということだろう。急いでそれを受け取ると、最近決めたばかりの電話番号とアドレスを記入する。それをみた鬼灯様は胸元から携帯を取り出すと、目にもとまらぬスピードで連絡先を入力した。あ、鬼灯様ガラケーなんだ。

「集めて欲しい物はまた追々連絡します。忙しい時はかまいませんので」
「いえ、そんなにハードな仕事じゃないので大丈夫です!」
「まあ、あまり負担になるようなら言って下さい。これは私の趣味の範囲なので優先度は低いですから」

ではこれからお願いしますね、というと鬼灯様は私の背をひたすら撫でて去って行った。よくよく見ると、前に比べて薄かったものの眼の下に少し隈が出来ていた。どうもお忙しい身のようだ。白澤様と桃太郎先輩にリラックス効果のあるお茶とお菓子の作り方を習って、配達の時に一緒に持ってこようかなと思いつつ、恐ろしく重厚な門を潜った。


[ prev / next ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -